シチュエーション
![]() ガチャリ。 「わぁ〜生徒指導室なんて初めて入りました!」 「そんなはしゃぐんじゃない!誉められる事じゃないんだぞ」 生徒指導室はやけにカビ臭くて、北側にあるせいか薄暗く、いよいよ寒々しく見えた。 「とにかく座りなさい」 「ハイ」 簡素なテーブルに座るよう指示すると、襟沢は素直に椅子に腰を降ろす。 そして僕はその向かいに座り、開口一番切り出した。 「襟沢、昨日の件だ」 「はい。上原先生にふぇらした事ですね」 「ぶっ」 うっかりペットボトルのお茶を盛大に吹き出す。 「なななななななななんて事を」 「だって…私先生の事好きなんだもん」 僕の動揺をよそに、襟沢は恥じらうように上目遣いで僕を見つめる。 「大好きだから…先生を悦ばせたくて一生懸命やったんですけど…ダメでしたか?」 「いやいやいやいやダメとかじゃなくてな」 ダメどころかむしろ滅茶苦茶気持ち良かっ…じゃなくて! 「いいか?何度も言うけど先生は『先生』だ。襟沢は良い子だし、十分女の子として可愛らしい。 でも先生は、生徒としてしか見られない。だから付き合えないよ」 言った。一気に言い切った。 何だかかなり本音トークになってしまったが、逆に言えば残酷なまでに真実を突きつけた。 そう、僕にとって『生徒』はいつまでも生徒だ。 いくら襟沢が良い子でも、可愛くても、手を出すなんてあるまじき事が出来る筈がない! 「先生…でも私」 「ダメなものはダメだよ、先生は『でも』なんて聞かないぞ」 殆ど意地で突っぱねると、襟沢は見事にいじらしく目を潤ませて、ジッと僕を見つめた。 え、ええい見つめるんじゃない! 「じゃあ…最後に」 少しした後、観念したのか、襟沢はポツリと僕に呟いた。 「最後?」 「手を握ってもいいですか?」 手。 ………また微妙な。 手か…抱き締めるとかなら問題だが…手なら…要するに握手だしな。 10秒程考えあぐね、僕はギリギリのジャッジを下した。 セーーーフ!だ。 「よし分かった!手を繋ごう!」 まるで商談が成立したかのごとく、僕は勢い良く手を差し出し、握手を求める。 あれ、握手じゃないんだっけ。 「あっありがとうございます!」 そして襟沢は嬉しそうに僕の手を取り。 例の笑顔を浮かべた。 このバカ、バカだからすぐに手を出しやがった。 私なら絶対こんなミスは犯さない。 私ならね。 私は逃がさないようしっかり手を握り、「センセ、隣に行って繋いで貰っていいですか?」と尋ねる。 「えっそれは…」とか何とか上原が言いよどんでる間に、既に私は移動して上原のソファーに無理やり座る。 「えっ襟沢何を!」 「センセ…」 ハハハ何を、じゃねーよバーーーーカ。カス、死ね。 「センセ、私先生が大好きだからもう…」 「ダッダメだぞこれ以上は」 「…我慢出来ない」 ピラリ、と私はセーラーのスカートをめくる。 私は何もはいていなかった。 「ハッ!??」 「へへ…」 上原は目を更にして硬直している。硬直している癖に目はしっかりロックオンされてる。 ハイハイ今日は先生の為にノーパンで来ました!実はね! ふふん、今日1日大変だったんだから。特に体育とか。 「触って…」 って言っても、触る度胸はコイツには無いから、私は足を広げて上原の手を私のソコに近付ける。 ぬる。 ムカつくけど私のソコはツヤツヤと愛液を零して、濡れていた。 こんなの何でもない、生理現象だ。 上原に見られてるから興奮してるんじゃない…私が私に興奮してるだけ。 くちゅり。 「ふぁあっ」 見られている事で一層敏感になっていたそこは、上原の人差し指が窪みに軽く沈んだだけで、ふるふると痙攣する。 「えっ襟沢!」 バカそのものの間抜け面で、上原は私に必死で語りかける。 「何て事を!てっ手を放しなさい!」 だったらお前が放せばいーのに。だからお前はクソエロ教師なんだよ。 「上原先生…」 と、悪態をついてはみるものの……。 上原はこれまでの奴と違って『本当に放せない』ようである事は分かった。 何せ顔が本能丸出しどころか、顔面蒼白だ。 口は辛うじて開いているが、体は完全に硬直している。 困ったな…これじゃとれない…。 ……。 「先生、お願いがあるんです」 「なっ…なに?」 作戦を変える事にした。 『本性出させる作戦』から『誘導作戦』に変更。 私はセーラーのスカートの裾をまくり、股を更に広げる。 そうしてトロトロのそこを見せつけながら、潤んだ目で上原を見つめた。 「先生の指で…私のココをくちゅくちゅして下さい」 ビクリとまた中が痙攣し、上原の指を飲み込む。 「そんな事出来る訳がっ」 「して貰えたら…私もう、先生の事は諦めます」 ピクリと、上原の反応が変化した。 「思い出を下さい…ここで何もしなければ、私残りの学生生活、絶対後悔してしまいます」 「それは…」 「指を…進めて下さい」 「………うーん」 そして『生徒思い』の上原は。 なんと生真面目に悩み始めた。 …ここで? 「僕は今最大の難問に立ちはだかっているのかもしれない…」 ブツブツと、私そっちのけで喋り出す上原。 「彼女の気持ちを思えば、後々の学生生活を楽しく過ごす為にしてあげた方がいいのかもしれない…」 「……」 「いやでも、万一彼女の体を傷つけるような事をしたら、僕は一生かけて彼女に償いを」 「…………」 多分。 混乱し過ぎて、思考回路が完全に口に出ている。 「行為が問題なのであって…だな、例えばそう」 「……」 何だかもう、馬鹿馬鹿しくなってきた。 コイツの『僕は純粋ですよー純情ですよー』って嘘臭い態度が気に入らなかったけど。 コイツ多分嘘以前に、マジにバカだ。 …も、いいや。 私が諦念を覚えると同時に、何か思いついたようにぱっと顔を上げ、上原は叫んだ。 「そうだ襟沢!思い出ならよければ僕と放課後クレープでもっ!っうわああ!?」 ブチュ、グチュグチュッ! 「ヒッ、あ、あああっ!」 問答無用で私は思い切り、上原の指を自分の中へ突き立てた。 「はぁっ!んっ…ふああっ」 じゅくっじゅくっ! 上原の指が私の中をうねうねと弄る。 敏感なスポットをつつかれ、ふるふると腰が震えると共に、愛液がじゅぷりとまた溢れる。 上原の、熱に浮かされたような視線がまとわりつく…ちょっと目がイッちゃってるような。 どうやら緊張のあまりか、ようやく本能が解放されたのか、プッツンしてしまったらしい。 「襟沢…っ」 「せん、せいぃっ!もっとっもっとぉおっ」 ジュプッジュプッジュプッ!! 私の声に呼応するように、上原の指が激しさを増し、的確に私の感じる所を突いてくる。 あ、あ、イイ…気持ちいい…! 「イイっイイよう!」 あまりの気持ち良さに、無意識に上原に見せ付けるように股を更に開いてしまい、M字開脚そのものの姿になってしまう。 私のきゅうきゅうの締め付けをモノともせず、上原は私の名を呼びながら指を激しく動かし続ける。 「襟沢…襟沢!」 「ああっはあっ!、先生の指、気持ちいい…!」 グチャッ! 「ッ!ヒッあああっ!」 何の予告も無く、ズボリと私の中に指が更にニ本挿入された。 愛液が拍子にべちゃりと飛び散り、上原の手首までを濡らす。 私のそこは更にキツく指を締め付け、歓迎するように愛液をトクトクと排出し続けた。 「あっあああっああ!」 そして私には、限界が来ようとしていた。 頭が真っ白になる前に、用意していた理性が働く。 何か言わせないと。言質を取らないと…。 「先生っ、私の事…あっ!好き…ですかっ?」 「襟沢…僕は…僕は!」 上原は何故だか泣きそうな顔で、私を見つめていた。 こんな時…こんな顔で見てくる人間は今まで居なかった。 それを見て思う。 上原は、良い奴だったのかもしれない。 それでも編集点に、私は少しずつ喘ぎ声を変えていく。 「ひっ嫌あっああ、うっ」 「君が…好きだ!」 泣き声で上原がそう叫ぶと同時に、自分でも驚く程にそこがキュウウッ!と強く収縮し、上原の指を締め付けた。 そして 「ああああああああっ!」 ビュッビューッ イくっイくっ! ガクガクと痙攣しながら私は、上原の指で絶頂に達した。 「はっ…はぁ…あ…」 潮を噴いてしまったせいで、上原のジャケットはぐっしょりと濡れてしまっていた。 我ながら、自分がこんなにも感じてしまった事に驚く。 特に上原が巧かった訳でもないのに…。 「襟沢…!」 ふと上原を見ると、上原は完全に当初の顔面蒼白状態に戻ってしまっていた。 ああ…ホントにバカな奴。 何でそんなに後悔するのに、やりきっちゃうんだよ。 「……」 愚かだと思うと同時に、何故だかその情けない教師を少し面白がっている自分に、戸惑う。 イった直後だからかもしれないが、何だか妙な気分だ。 「…先生」 「あっ!えっ」 頭を切り替え、意図的に涙声を出すと、面白いように上原は動揺を浮かべた。 そして開口一番。 「襟沢、いっ今のは忘れてくれ!!」 「………」 うん。使うのはココまででいいや。 「忘れません…先生に気持ち良くしてもらった事は、一生の思い出にします」 私はまたいつもの媚び媚びの声音で、上原にすり寄る。 しかし自分の淫行を忘れろだなんて、本当教師失格な奴だな。 『自然と子どもが好きで』なんて言って来た癖にコイツも結局… 「いや、僕が君の事を好きだと言った事を…忘れてくれ」 「え?」 何故かギクリとした。 え…コイツ、いきなり何言ってんの?なんでそっち? ていうかこっちは言われた事すら忘れてたっつの。 「君は僕みたいな人間を、好きになるべきじゃないよ」 上原は私の両肩に手を乗せ、何故か寂しそうな目で私を見つめた。 「僕は、未だ生徒たちの気持ちも推し量る事の出来ない… 教師としても人間としても、襟沢より遙かに未成熟な人間なんだ」 「そんな事」 「現にこうして、君の心身を鑑みず危険な行為を行ってしまった上…」 上原は…… 「君に好意を寄せるなんて……」 泣いていた。 「ううう…ヒクッ」 ……。 ええええええええええええええ。 いやココ泣くところ? え、え?ナニコレ?私?私が泣かせた訳? 予想外、予想外すぎる。今までの奴と勝手が違いすぎる。 「うっ…グス…」 「先生!私嬉しいよっ?だって先生も私の事が好きだなんて夢みたいだし…」 「そんな風に思わせてしまうなんて、先生失格にも程がある…!」 な、何で私が慰めてんの? 上原はもう幼児そのものの体でポロポロ涙を零している。 え、いっつもこんなんじゃないだろお前。 若くて頼りなさげとは言え、やる時はキッチリやるし、しっかりしてる。 上原はそういう奴だ。 距離を詰める期間に、散々コイツにつきまとったんだからその位は分かる。 それが何だコレ。 前のフェラの始末の時から思ってたけど、どうも時たま、上原は社会の常識を越えた行動を取る。 …それって、どういう事なんだ? 「センセ、もうほらしっかりして下さい」 「う…襟沢」 パンツを片手でずるずる上げながら、もう片手で上原の背をさすさすと撫でる。 この光景って本当どうなのさ。 何というか…アホらし。 「もう…パンツもはけないじゃないですか」 「ごめん襟沢、手伝うよ!」 「いやそうじゃなくてさ」 げっ。 気怠げで低温な自身の声に、自分でビックリする。 しまった地が出た! 「あっえとっ」 慌てて上原の顔を見やると、その真っ直ぐな瞳にぶつかる。 「?」 あいつは、何ともキョトンとした表情をしていた。 そして私は 「………」 その表情を見て、何故か唐突に分かってしまった。 世の中には馬鹿と言われる人間が居る。 返せる見込みのない奴に金を貸すお人好しや、人を信じ過ぎて騙される奴、自分より先に他人の事を考える低脳達だ。 まあ大抵の人間は裏切られて「人間」を知るが、 中には何をされても人を信じる事の出来る人間が居る。 つまり根っからの最上級馬鹿だ。 つまり…本当に純粋な奴だ。 上原はどうやら、その部類に入る人間なのではないだろうか。 「襟沢、お腹痛くないか?気分は悪くないか?」 一瞬何の質問か分からなかったが、すぐにどういう事なのか気付いた。 指を突っ込みまくったから、お腹が痛くないか?という事らしい。 「痛いわけあるかっっ!」 ……という突っ込みを堪え、私はニッコリ微笑む。 「大丈夫ですよ先生。ちっとも痛くありません。まだ、ちょっと気持ちいい位」 ちょっと照れながら言うと、上原は顔を真っ赤になって涙を零す。 あーあー…コイツ最早、先生でもなんでもないな。 「いい加減泣き止まないとダメですよ」 小さな子どもの世話を焼くような気持ちで、上原の涙を指先で拭き取る。 ……何か、一応録ったけど、やる気なくなっちゃったな。 大人は皆死んで地獄に落ちればいいのにって思うし、 実際地獄に落としてきたけど、コイツは色々とめんどくさすぎる。 情が移ったのかもしれない。 涙が止まり始め、ようやく私は上原に切り出した。 「じゃあ先生…私帰りますね」 「襟沢、僕が言った事は聞いてくれるか」 「ハイ、気持ち良かった思い出は忘れませんけど、先生の言葉は忘れます。良い生徒になります」 そう笑うと、少しだけ上原も笑った。 上原は、見逃してやる。 良い奴だからじゃない、単に面倒な事になりそうだから、違う手を使うって話なだけだ。 だから今日は、これで終わりだ。 このとき私は、すっかり油断しきっていた。 だからセーラー服が少し乱れていて、ポケットが裏返りそうになっていたのに気付かなかった。 「じゃあ、さよなら。先生」 私は立ち上がって、歩き出す。 と同時に。 カシャン、とポケットからボイスレコーダーが零れ落ちた。 「ーーあ」 「え?」 鈍色に輝くソレは、落ちた拍子に再生スイッチが入ったらしく、 微細なノイズを絡ませて、制止を待たずにその音声をまき散らした。 『ひっ嫌あっああ、うっ』 『君が…好きだ!』 『あ、ああああああああっ!』 ビュッビューッ この時点で、私の些細な感情だとか思考の積み重なりは、全て崩れて消え失せた。 そもそも最初から、引き返す事など不可能だったのかもしれない。 「え?」 上原はやはりキョトンとした表情で、私を見つめていた。 「え、ボイスレコーダー…何で?」 「あ」 授業ででも使ったのか? 最初に浮かんだのはそんな、間の抜けた考えだった。 しかしすぐに頭の中で否定される。 じゃあ何で、ついさっきの音声が入ってるんだ? 僕はごく自然に、落ちたボイスレコーダーを拾い上げる。 「…っ」 その行為に、何故かピクリと表情ひきつらせる襟沢。 「襟沢…コレ、何?」 僕はこの時点においても本当に何が何だか分からなくて。まず何故この場にボイスレコーダーがあるのか、それが分からなくて聞いた。 それなのに襟沢は、僕が何かとんでもない発言をしたかの様に、ビクリと身を震わせた。 「…あ……」 「何でさっきの音声が入ってるんだ?」 さあっと襟沢の血の気が引く。 そして。 ガタッ!ガラガラ…ッ! 「えっ襟沢!?」 物凄い勢いで襟沢は鞄をひっつかんで扉を開け、脱兎のごとく逃げ出してしまった。 な、何で逃げるんだ! 続けて追おうと指導室を飛び出すが、既に襟沢の姿は廊下の彼方にあった。 今追いかければ、完全に周りに不審がられてしまう事もあり、僕は辛うじて足を止める。 そして…疑問だけが頭を巡る。 「…何でだよ」 何でだ。 何でいつも逃げるんだ。 襟沢はいったい何を考えて…僕に関わってるんだ。 あの良い子の襟沢は、あの夜の襟沢は、この指導室での襟沢は… 「考えを遮ってしまって申し訳ないんですけど先生、簡単ですよ」 その声は不意に右手から聞こえてきた。 驚いて振り返るとそこには、B組の藤本が居た。 藤本は部活鞄を背負い、何事もないかのように、ただそこに突っ立っていた。 しかしその光景は、間違いなく異様だった。 「…藤本、部活は?」 基本的な質問を投げかけると、藤本は 「顧問に上原先生に呼ばれてるって言ってるんで、遅刻して行きます」 「僕は君を呼んでなんか」 「でもセンセー、俺が必要でしょ」 軟派な口調で藤本は僕に問いかけ、僕の脇をすり抜けて、勝手に指導室に入っていく。 僕は振り返って、指導室に立つ藤本に問いかける。 「どういう事なんだ藤本」 今度こそ僕の頭がパニック寸前まで陥る。 なんだ?藤本は何を知っていて、僕に何を言おうと… と、やっと一つの考えが閃く。 「そういえば藤本…君確か襟沢の幼なじみって…もしかして襟沢について何か」 「何かどころじゃないっすよ。俺付き合い長いし由梨の事好きだから、大抵の事は知ってますよ」 由梨。 好きだから。 藤本のそんな些細な言葉に、僕の心は激しく乱れる。 襟沢には忘れるよう言っておきながら…僕の方はちっとも彼女を忘れる事が出来ない。 「じゃあ…僕に何か教えてくれるのか?」 「その為に指導室の前で、ワザワザ終わるまで待ってたんですから」 終わるまで? ……終わるまで…って。 「えっ、へ?え、あああ、まさ、え?まさか」 「あっ外からはあんま聞こえなかったっすから大丈夫だと思いますよ」 「〜〜〜〜〜〜〜?!」 「あ、そういう問題じゃないか、ハハハ」 僕の動揺マックスの様子を余所に、藤本は僕に語りかけ続ける。 「まあ、先生滅茶苦茶察しが悪いみたいなんでザクッと言いますと」 先生、騙されてますよ。 「騙されてるって」 「由梨はセンセーと寝て、ヤってる最中の音声をネタに揺すりやってるんですよ」 「……は?」 本当に何でもない顔で、藤本は言い放った。 「先生が今手に持ってるボイスレコーダーで録って、後日教師に聞かせるんです」 「……」 「そしたら大概の教師はビビっちゃって、何でもするんスよ」 体中の血が沸き立つのを感じる。 頭がくらくらと酸欠状態を起こしている。 「由梨何してたかなぁ〜、ブランドバッグ貢がせてた時もあったし。単純に金取ったり変な命令したり?」 藤本は飄々とした体で、指折り数えていく。 その様子に…僕の心の奥底が、フツフツと煮えくりかえる。 何で藤本はこんなに平気な顔で、平気な口調で、自分の好きな人間が傷つく様を話せるんだ? その憤りは収まる事なく、そのまま藤本へ向かっていく。 「仮に君の話が正しかったとして!何で!君はそれを止めないんだ!襟沢を好きならどうしてっ」 思わず怒鳴りつけた瞬間、藤本の表情が一変した。 「止めて…癒えんなら」 「何だって?」 ドン! 「止めて由梨の傷が癒えるんだったら、いつでも止めてやるよ!」 「っ」 藤本は襟首を掴んで僕を壁に突き飛ばし、ドンと拳を頭の横に叩きつけた。 「だけど今の由梨はそれしか自分を保つ方法がないんだ、俺だけじゃどうしようも出来ねーんだよ」 さっきまで「普通の顔」をしていた藤本の顔は殺気だち、同時にやるせなさに歪んでいた。 藤本は射抜くような目で僕を睨みながら、頭に刻みつけるように話し掛ける。 「だからせめて俺は、由梨を見守ってる…今日みたいなボロが出た時の為に」 アンタ察し悪いからいくらでも誤魔化せたけど、 逆に変に誤魔化すといつまでも由梨につきまとって来そうだからな。 「当たり前だ!それが事実だとしたら一刻も早く襟沢を」 「黙れよ」 そして藤本は、とんでもないモノを取り出した。 ドス 「……!?」 藤本は、ナイフを僕の顔の真横に突き立てていた。 「今後由梨に変なちょっかいを出したり、不審な行動を取れば、これでアンタを殺す」 あまりの事に…声を失う。 この一見明るく爽やかな生徒の何処に、こんな狂気が隠されていたんだ。 「俺は本気だよ。実際に切りつけた奴も居る」 「藤本…」 「ハハ、ビビんないで下さいよ」 僕の瞳の怯えを見て、また藤本にあの飄々とした表情が戻る。 「先生明日は休みだ…まあ土日にゆっくり考えてみてくださいよ」 藤本は初めてニヤリと笑みを見せ、ナイフをしまう。 「………」 「じゃ、先生また来週」 そう言って、藤本は後ろ手を振り指導室を出て行った。 そして僕は。 藤本の言葉に、何一つ返すことが出来なかった。 襟沢由梨がカラダを使って教師を脅して、金を取っているだと? あの口振りだと、僕が初めてではないようだ。 歩美先生は、この学校の男の教師が何人も辞めていると言っていた。 つまりそれは……。 それは…。 その答えをくれる人間は、誰も居なかった。 自分の手の中にあるボイスレコーダーだけが、照明を受け鈍色を放っていた。 ピピピピピピピピ! そして混乱の1日が過ぎ去り。 翌朝僕はけたたましいメールの受信音で目を醒ました。 「ん…何だよ」 時刻を見ると、まだ朝の9時だった。 朝と言うにはおこがましいが、休日位ゆっくり目に起床したい所だ。 が、そんなささやかな願いも、メールの文面によって一気にぶち壊される事となる。 ------------------- 09:04 frm中島歩美 subおはようござい ます☆ 本文 隆さんおはようござ いますっ♪♪ 今○○駅降りたすぐ の、広場のベンチに 座ってます(*^o^*) 約束の時間は10時で すけど、ちょっと早 く着いちゃいました( 照) 隆さんは慌てずゆっ くり来て下さいね★ ☆ぁゅみ☆ ------------------- 「は?」 は? 「………」 文面が全く理解できず、もう一度読み直してみる。 差出人は歩美先生。 ちゃんと僕の名前が入っているから、間違って送ってきてる可能性はない。 「え?約束って…は?」 はっきり言って、全く文面の「約束」とやらに心当たりがない。 もしここまで細かく約束しているなら、僕が幾らぼんやりしていても忘れようがない。 ……どうすればいいんだ? とりあえず考える。 これはとりあえず…現場に赴くべきではないだろうか。 歩美先生の性格を考えると、メールや電話での会話は、事態を余計ややこしくさせる可能性がある。 幸い今日は用事もないし…超万が一の話、僕がうっかり忘れているのかもしれない。 「歩美先生…何のつもりなんだろう」 ひとまず「おはようございます。とりあえず向かいます。少し遅れるかもしれません上原」 とメールを返し、慌てて身支度を始める。 こうして僕の休日の朝は、襟沢の事を考える余裕もなく慌ただしく幕を開けた。 「あっ隆さんっ!おはようござぃまぁ〜す」 「おっおは、おはよ…!」 10:03。 猛ダッシュで走って電車に飛び乗った甲斐あり、僕は起きた時間にしては好成績で約束の広場に到着した。 息切れしながら、歩美先生の姿を見やる。 ………。 「あ、歩美先生…」 「はいっ?」 「…いえ、おはようございます…」 歩美先生は、凄い格好をしていた。 文章で言えば、白のカーディガンにピンクのワンピースという至って可愛らしい格好だが。 胸の空き具合とスカートの裾の短さが人智を越える仕様となっていた。 先生、色々と出過ぎやしませんか? 突っ込みたいのは山々だが、話がややこしくならない内に話しておかなくてはならない。 「あの、先生」 「何ですかー?」 ズバリ聞いてみる。 「僕、先生と出掛ける約束なんてしてましたっけ」 途端。 歩美先生の笑顔が一瞬で凍り付き、次の瞬間には悲壮な顔付きで絶叫した。 「たっ隆さん……!!デートしようって言ってくれたじゃないですかっ」 言ってない。 絶っ対、言ってない。 「あの、失礼ですが、それはいつ、どんな状況で?」 「昨日ですよー!昨日お昼休みにデートしたいですねって話したじゃないですかあ!」 「あっちょ、泣かないで下さい!」 歩美先生は早くも滂沱の涙をこぼしながら、僕に決死の訴えを起こしていた。 「○○駅の近くにショッピングモールが出来たから行きたいとか、時間も…!」 なるほど…。 歩美先生の訴えを聞いて、彼女の思考回路が何となく見えてきた。 確かにそういう話はした。 しかし歩美先生が昼休みに話していたのは ・一回二人で出掛けたいですねー ・最近○○駅にショッピングモール出来たんで行きたいんですよー ・先生休日とか何されてるんですかー 全部、歩美先生の単なる話題だった。 僕はそれに 「そうですね」 「そうなんですか」 「大体寝てますよ」 と返しただけなのだが、それがつまり肯定の言葉となっていたらしい……。 …どうやら以前の『お弁当事件』もきな臭くなって来た。 何て恐ろしい話だろうか。 正に歩美先生マジックだ。 「うっうっ…酷いわ…全部忘れちゃうなんて……ぐすん」 話は分かった。 が、分かったところで歩美先生は一向に泣き止まない。 「あー……」 ……。 ………。 「うん」 僕はもうどうしようもなくなって、結局安易な道を取る事にした。 「あの、歩美先生」 「ふ、うぅう…にゃんですか…」 「まあ折角集合したんですし、今日はご一緒しますよ」 「えっ」 1日くらい。 その程度の気持ちで、僕は歩美先生とのデート?を了承した。 瞬間、歩美先生の顔が爆発的な変化を見せる。 「きゃあああさすが隆さん!」 …喜色満面ってやつだ。 「やったー!!ふふふっじゃあ早速行きましょうよ〜っ」 「あ、はい」 歩美先生は手の平を返したかのようなハイテンションで、僕の手を引いて歩き出した。 そう1日くらい。 その安易な考えが、後々の自分の首を絞めていく事になろうとは、このときの僕には知る由もないことだった。 歩き出して暫く経った頃。 「私最近彼氏と別れたんですよー」 歩美先生はふと思い出したように、声をあげた。 彼氏だって? 「へえ、どんな方だったんですか?」 「あっ気になっちゃう感じですか〜?」 いや…。 「ハハハ、まあ…同い年の方ですか?」 「2つ年上の人です☆」 「へえー」 その人は一体どんな風に歩美先生と付き合っていたのだろうか。 失礼な話だが、歩美先生と正面きってお付き合いをするのは、並大抵の事ではないだろう。 「何で別れちゃったんですか?」 「あっまたしても気になっちゃう感じですか〜?」 ……。 「…はい、すっごく気になりますねー」 「もう最悪ですよ〜向こうの浮気です」 浮気か…歩美先生の事だから、めちゃくちゃキレちゃったんだろうな…。 僕はとりあえず、当たり障りのない言葉で応える。 「ああーそれはダメな人ですね」 「そうなんですよーダメなんですよー。ほんと、」 ニコニコとした微笑みを僕に向けたまま、歩美先生は 「マジでアイツ、他の女に目移りしやがって(笑)」 ゾッとするような、世にも恐ろしい声音で呟いた。 「……」 「あっ隆さん着きましたよ!」 「あっああ」 気が付くと、近代的な建築物が目の前にあった。 いつの間にか、例のショッピングモールに着いてしまっていたようだ。 「行きましょ行きましょっ!」 「そうですね」 胸の動悸を押さえ、僕は努めて明るく返事をする。 だが。 「……」 今の声…トラウマになりそうだ。 僕は歩美先生に手を引かれながら、必死で流れた冷や汗を拭っていた。 そして今日のこの1日。 ひたすら歩美先生と買い物をして、お喋りをして、晩ご飯を食べて。 あっという間に時間は過ぎて行った。 「これから、どうします??」 そして辺りがすっかり闇に沈んだ頃。 歩美先生ご推薦のイタリアンレストランを出て開口一番、歩美先生は笑顔で僕にそう聞いた。 「そうですね」 僕は大きく頷き、間髪を入れず応えた。 「帰りましょうか」 「ええええええええええええええええええ」 「え…?だってこれから何をするんですか?殆ど店も閉まっちゃいましたし」 「ええええ……まあ、確かにそうですけど…私は…ぶつぶつ」 僕の言葉に形では同意するも、やはりブツブツと独り言を始める歩美先生。 なんか…歩美先生って本当、独り言癖あるよなあ…。 ぼんやりそう思っているうちに何か思い付いたのか、不意に歩美先生はぱっと顔を上げ、大きく頷いた。 「わかりました!帰りましょう」 「何だかすいませんね」 「いえいえとんでもない!」 なぜだか上機嫌で歩美先生は首を振り、僕の手を取る。 「さあさあ、帰り道は私が案内しますから帰りましょうか」 「あ、ありがとうございます」 僕は全く、何の疑問も持たずに『ご好意』としてその手を握り返し。 そして。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |