由梨と上原先生
-3-
シチュエーション


「じゃっ私お風呂入ってきますから♪」
「……………」

歩き出し、僅か30分後。
歩美先生がバスタオルを持ってシャワールームへ向かう様子を、僕は呆然と眺めていた。
えっと。

「………」

こめかみに指を当てて、もう一度…もう一度よく考えてみる。
まず第一に。
恐る恐る、下世話なピンク色の壁紙に目をやる。
一緒にティッシュ箱や、謎の天蓋風?ベットが目に入ってしまい、
慌てて目の前の机の灰皿に視線を戻す。

まず、何故僕らは今、ラブホテルに居るのか。
僅か15分前の出来事を、更に今一度思い返してみる。


あの時『帰りは送りますよ』と言ってくれた歩美先生。
しかし不運にも先生は道に迷ってしまい、僕らは間違えて繁華街の路地へ入って来てしまっていた。
『何ていかがわしい所……歩美怖い』と怯える歩美先生を早く安心させてあげたくて、
僕が買ったばかりのスマートフォンのナビ機能を使おうとしたその瞬間。

『あああああっ突然腹に差し込みがああああ!』
『だっ大丈夫ですか!?』
『ああああ隆さん私はもうダメですぅううあうあうああああ』
『きゅっ救急車呼びますか!?』
『いやっ十数分横になってれば治りますから!そこの休憩所に入って下さい!!!』
『はっはい!』

ガラガラ…

『とりあえずそこの右上の部屋の宿泊の方のボタン押して下さいいいいああああお腹があああ』
『あっはいっ!』
『さあそのルームキー取って指定の部屋へああああ』
『だっ大丈夫ですか!もうすぐですよ!ほら開けました!』

ガチャッ。

『ふう…さあ歩美先生早く横に』
『あっ♪♪なんか急に治っちゃいました』
『は!!!?』
『あーあっお腹痛くて汗いっぱいかいちゃったぁ…あつーい』パタパタ(チラッ)
『暑いって…』
『あの、汗かいちゃったんで、折角だしお風呂だけ入っていいですかぁ?』
『えっ!いや、じゃあ僕は』
『入るだけですよー!入ったらすぐ帰りますんで、ベットとかで横になってて下さい』
『は、』
『ねっ!!!』
『は…い…?』

………で、冒頭の歩美先生の言葉に戻るわけだ。

しかし歩美先生は、本当に人を疑わない純粋な人だ。
僕の事を信頼して、お風呂にまで入るなんて…僕だから良かったものの。
他の男性なら襲ってしまう危険性があるような歩美先生の行為に、危うさを感じてしまう。

「出て来たら忠告してあげないと…」

意識を戻すと、ザアアアアア…ッとシャワーからお湯が流れる音が耳に一層強く飛び込んでくる。

パシャ、ピシャッ…

「……」

…なんというか。
幾ら僕にやましい気持ちが無いとしても、女性が入浴している部屋に居るというのはやはり気まずい。
さすがに帰る訳にはいかないが、外に出て待っている位は許されるだろう。

「書き置きだけして…出ていこう」

僕は出来るだけ周りの景色を見ないように、机の上のメモ帳に手を伸ばし

『支度が終わるまで外で待っています。上原』

と書き付け、歩美先生の鞄の上にメモ用紙をちぎって置いた。
これなら分かるだろう。
僕はそっと自分の荷物を掴むと、ドアに向かって歩き出す。
これ料金とかってどうなってるのかな…あの受付に部屋の番号言ったら精算してくれるのかな。
チラリと上を見やると赤い料金表示の文字が消えかかっている。
ドアノブを回す、キリリと金属の軋む音が響いて

その声は、やけに近くから聞こえてきた。


「どこ行くんですか」


一瞬何なのか。
分からずに、訳が分からずに、振り返る。

「え」

すると右肩口に顔が見えた。
スルスルと、その顔に水滴が流れ。
目が合う。

「上原先生どこに行くんですか」

僕の真後ろにぴったりと、歩美先生が濡れ髪のまま背後に張り付いていた。

歩美先生は、まばたきもしていなかった。


そして先生は。
歩美先生は。
全裸だった。

「う、
わあああああああああ!!?」

あまりの衝撃に、絶叫してしまう。
よく考えれば失礼な事甚だしいが、そんな事考えてる場合じゃない早くここを出ないと

「待って下さいよ」

ガッ

歩美先生は極めて冷静に、逃げだそうとする僕の襟首を掴んで引き留めた。

「いやっ先生!あの、とにかく何か着るものを」
「夜は…これからですよ♪」
「……え」

ニッコリと歩美先生は妖然と微笑み。
物凄い腕力で僕をベットまで引きずり込んだ。


ドサッ!
ギッ…ギッ

「まさか隆さんとこんな展開になるなんて…思ってもみませんでした」

頬を赤らめて俯く歩美先生だったが、押し倒されているのは当然僕だった。

「ふ…ううっ」

何か言おうにも、目の前にある歩美先生の胸に押しつぶされて、ただ唇に柔らかな感触が伝わっただけだった。
歩美先生の胸は、Gカップはありそうな勢いだった。
まっさらな白肌に、ぷるぷるとした弾力、どっしりした重み。
まさに「巨乳」の名を冠するに相応しい迫力だ。

その乳を揺らしながら、歩美先生はウットリと僕を見つめる。

「ふふ…やっぱり素敵」
「歩美先生!何するんで…うわっ」

グイッ!ガチャガチャッ

「隆さんたら、可愛い」

ようやく巨乳の森を抜け出し声をあげるやいなや、
歩美先生は先程の異様な握力で僕の両腕を片手一本で押さえ。
あろうことかもう片手で手慣れた手つきで僕の服を脱がせ始めた。

プチ、プチ。

「隆さん乳首可愛いー」
「何言ってるんですか!!」

ズルズルズルズル!

「あっズボン引っ張らないでっ、ちょっ!?」

この状況はどこかで見た事がある。
そう、襟沢に襲われた時も一方的に剥かれてしまって…。
しかしその時とはまた趣が激しく違う気がする。
これは何というか…こう…

「…痴女?」
「気が付いていたと思うんですけど…私、隆さんの事が好きなんです」

僕の呟きを無視して(もしくは聞こえてすらないのか)、歩美先生はとんでもない科白を吐いた。


僕の事が、好き?

「え」

僕は、全く気付いてなかった。
確かに身の回りの事だのお弁当だのと、やけに良くして貰っていたがあれは考えようによっては…………
頭の中で、意味不明な歩美先生の行動の数々が一つに繋がる。

「あ、あああああ…!」

あ、あれはそういう事だったのか!!!

僕の奇声をどう受け取ったのか、歩美先生は満足げな笑みを浮かべて更にとんでもない事を口にした。

「まあ、もう先生が私の事が好きなの知ってますから」

はあ?

「いや、それは歩美先生違…むぐっ」

僕がその言葉に反論する前に、歩美先生は素早く体を動かし、僕にお尻を向け、そのお尻を僕の顔に下ろした。

「むぐっあふひしぇんせ」
「ふふ、隆さんたらこんなに大きくなっちゃって」

歩美先生は躊躇なく、屹立した僕のモノをペロリと舐める。

「くっ、うう…」

瞬間、意志とは関係なく快感が体を走り、たまらずに悶える。
確かに歩美先生は全裸で、しかも一気に色んな事が起こり過ぎて、
体が生理的に興奮状態に陥っているのは間違いない。
だけど…襟沢と違って、歩美先生に興奮している訳じゃないのに。
僕は無意識に、襟沢に対して頭の中で言い訳をしていた。
そんな事、襟沢に伝わる筈が無いのに。

ジュブッジュブッ!

「は、んっ美味しいぃ…♪隆さん、私のココも舐めて下さい」

歩美先生はすっかり口いっぱいに僕のモノをくわえ込んで、
表情は見えないものの、嬉々としてジュブジュブとしゃぶり続けていた。

「うっあ…先生…」

襟沢は丁寧に、僕が反応した所を舌先を使って攻め立てるようなフェラだったが、
歩美先生のそれは正に一撃一撃に腰がとろけてしまうような、激しく頭がおかしくなってしまうような快楽を僕に与えた。

「ん…!」

言葉を続けようと口を開くと、歩美先生の内股を伝って愛液が僕の口に流れ込んできた。
快感が理性を奪い、僕は歩美先生の指示通り、愛液がトクトク湧き出す歩美先生のそこに口付けた。

チュルッ!ピチャピチャ…

「あっっ!来たぁ!!隆さんの舌が私のアソコ舐めてるぅ!」

歩美先生はあられもない声を上げて、気持ち良さそうに腰を揺らす。

もう快感に支配されてしまって、僕は歩美先生を止める事が出来ない。
ならばせめて歩美先生にも気持ち良くなってもらったら…。
僕の最後の理性がそう言い訳をして、僕はいよいよ舌を歩美先生の中へとねじ込んでいく。

「ひぃいいっ私のアソコっ!ペロペロされてる!もっとグチャグチャにしてぇっ」

ジュブッジュクッ、ピチャ…!

歩美先生は器用に、喘ぎながら僕のモノを舌を使い指を使い、しごき上げていく。

「あ、歩美、セン…セ」

僕も勢いにつられ、歩美先生のソコを入り口からヒダまで舌先で舐めまわし、
溢れる愛液を音を鳴らして啜りながら、先生を愛撫していた。

「あああっ舌気持ちイイッアソコ気持ちイイッ!気持ちいいよぅ!!もう歩美イク!イク!」

歩美先生はそう叫びながら、いよいよ僕のモノを激しくしごく。

「あっ僕も…もう…!うっ」
「一緒にぃ…!歩美と一緒にイッてえぇ!」

パクパクと入り口を痙攣させながら、歩美先生は腰を振って僕にねだる。
雌の匂いと雄の匂いが充満した部屋で、僕の理性は最早消滅しかかっていた。

「あっ隆さんもうキてるぅ!いこっ一緒にっ一緒に…!!」
「うっうあああああああ!」

ドプッビュッビュ…!

「ひ、あああああああっ!?」

プシャーーッ

そして僕らは歩美先生の要望通り、同時に達してしまった。

「はっはぁ…はぁ…」

一気に…脱力感が僕を襲う。

「んっ…ゴクッ」
「あっ歩美先生!そんなの飲まないで下さい」

何と、歩美先生は口内で発射された僕の精液をそのまま飲んでしまっていた。

「えへへ、美味しい…お掃除もしときますね」

言うなり歩美先生はまた僕のモノに口付けて、チューチューと、残った精液も吸い出していく。

「んっ」
「隆さんごめんなさい…私の、掛かっちゃいましたね」
「いや、気にする事は」

僕の顔面は、歩美先生の潮吹きで愛液まみれになっていた。

「んっしょっと」

歩美先生は僕の上に乗ったまま体の位置をゆっくりと戻し、僕と顔を突き合わせた。

「何か久しぶりに見た気がします」
「…はは」

目の前の歩美先生の髪は少し乱れ、上気した頬と、はにかんだ笑みはまるで少女のようだった。
僕の顔を手で吹きながら、歩美先生はにっこりと微笑む。

「そろそろ…いいですか?」

この『そろそろ』と言うのは、つまり…最後までって事だ。

「…っ」

不意に心が揺れた。

僕は、襟沢由梨が好きだ。
だがその感情は永遠に封じ込めていなければならない。
一生叶わない、諦めなければならない存在だ。

だが、歩美先生は違う。
年も近いし僕に好意を持ってくれている。
性格や行動には少々難あり…というか、何をしでかすか分からない所はあるが、
こうして見ている歩美先生は本当に可愛いし、僕なりに彼女を愛す事は出来る…と思う。
むしろ襟沢を忘れるチャンスだ。

だから僕は。
ならば僕は。

「……先生」
「はい?」
「家、帰りましょう」

でも僕は。


襟沢の笑顔が浮かぶ。
あの屈託のない微笑みが好きだ。
普段の顔は綺麗過ぎて近寄りがたいのに、笑うだけで彼女はびっくりする程年相応の少女になる。
そんな彼女を、僕は好きになった。

今、この状況に追い詰められて初めて分かった。
襟沢が、高校生であろうが、生徒であろうが、僕を騙そうとしていようが。
そんな事は結局、僕にとってどうでもいい事だったのだ。
ただ彼女が幸せであれば。
叶わない事が前提であろうが、想い、見守り続ける事が出来るのであれば。
僕にはそれ以外、何も要らなかったのだ。

「折角なのですが…先生の告白はお受けする事が出来ません」
「………」

僕は歩美先生の下から体をずらし、ゆっくりと体を起こした。
そのまま立ち上がり、散らばった服を拾い上げていく。
一枚、一枚拾い上げ、着ていく事に理性が戻ってきているような気がした。

「………」

ベッドに一人、歩美先生は膝をついて、ぼんやり壁を眺めている。
服を着終わり、僕はベッドに腰掛け、壁を見つめる歩美先生にゆっくりと話しかけた。

「僕は…未熟な人間です。自制が利かなくて、歩美先生の体に触れてしまった」
「……」
「でも、やはり僕には自分を偽る事が出来ません」
「……」
「僕には他に大切に想う人が居ます。だから、歩美先生の気持ちには応えられない」

「ごめんなさい」

僕は歩美先生の後ろ姿に向かって、ぺこりと頭を下げた。

「……」

それでも歩美先生は微動だにしない。
きっと歩美先生は、卑怯な僕に怒っているのだ。
返事をする価値もない…そういう事なのだ。
だが僕には、歩美先生を無事駅まで送る役割がまだ残っている。
僕は後ろを向いたままの歩美先生の右手を取った。
その手は、氷のように冷たい。

「歩美先生、とにかくここから出ましょう」
「………ふ…」

と、やっと歩美先生が、ポツリと声を漏らした。
ふ?

「何ですか?」
「ふっ…」

歩美先生の手に、急激に力がこもる。
皮膚が破れんばかりに爪が食い込み、僕は思わず顔を歪める。

「せん」
「ふざけんじゃねーよ!!!この粗チンがアッ!!!」

ビリビリビリッ!

「……!?」

壁が震える、強烈な耳鳴りに顔が歪む。
余りの怒声に一瞬、目の前が真っ白になった。

なんだ?
何が起こって

振り返った歩美先生は。

「あらごめんなさい、つい大声出しちゃった」

口が裂けんばかりに、笑っていた。

警鐘が

「隆さん、私ね、隆さんの事大好きなんですよ」

振り返った歩美先生の口元からは僕の精液が一筋、流れていた。
まるで生き血でも啜った後かのように。

「あ、…の」

喉が急速に乾いて、粘膜が張り付く。
無意識に、手が震え出す。
ガンガンと警鐘が鳴り響く。

あれ
あれ?
なんで、これは
なんで

「ねえねえ先生、私聞きたいことがあるの」

瞳孔が開いてる

「隆さんも勿論私の事が好きなんだよね?」
「あ…」

「隆さんも夜私の事を考えて眠れないんでしょ?」

歩美先生は僕の手を握り潰すようにして掴み、僕を笑顔で見つめる。
親指の爪がとうとう皮膚を突き破り、血が掌の皺を伝う。
歩美先生はまばたきをしていない。

「隆さんも朝起きたら真っ先に私の事を考えるよね?
隆さんも窓辺に私の写真を飾ってくれてるよね?
隆さんも私の観察日記つけてるよね?
隆さんも気になって、鞄や机の中を物色してるよね?
隆さんもすれ違う度に私の匂いを嗅いでるよね?
隆さんも私が居ない間、お弁当のお箸を舐めてるよね?
隆さんも夜には、私を思ってオナニーしてるんだよね?
隆さんも」
「ヒッーー」

一気に血の気が引く、恐れに戸惑いすら感じられない。

怖い。
純然たる恐怖が僕を襲った。
何だこの人は。

「ッ!」

僕は鞄をひっつかみ、勢いに任せて歩美先生を突き飛ばした。

ドッ!

「きゃっ!」
「あっ…」

弱々しい声に、一瞬後悔が生まれる。
女性を突き飛ばすなんて…

「…アンタもあいつがいいの!?」

感情と理性の葛藤の最中、歩美先生は取り乱して叫んだ。
あいつ?

「あいつ?」
「アンタも襟沢なの!?」

え?

今何て

「アンタも襟沢とヤってんの?!」
「!」
「女子高生のマ○コがいいってヤってんの?あんなガバマンとヤったら病気移されますよ!」
「…止めろ」
「隆さんは騙されてるんですよ、あの淫乱雌豚に肉棒目当てでで使われて」
「ッ止めてくれ!」

耐えきれず、僕は部屋を飛び出した。
部屋の中で歩美先生はまだ何か叫んでいる様だが、振り返る事は無かった。
僕は駆け出す。

闇を覆い尽くすようなネオンが目を眩ます。
何か妙な感触のものを踏んだ。
それが何か恐ろしいものの様に感じてヒヤリと足がすくむ。
天井から闇が融解し、頭上からこの身に溶け落ちる。
歩美先生の悲鳴のような絶叫は、いつまでも僕の耳に響いていた。
転がり落ちるように、僕は坂を下った。

月曜日、襟沢は学校に来なかった。

「由梨なら風邪ですよ」
「…本当に?」

月曜日。
結局襟沢は姿を見せず、僕はわざわざ隣のクラスの藤本を捕まえて問い質していた。
昼休みに校庭のベンチに呼び出すと、

「勘弁して下さいよー飯食えなかったじゃないっすか」

と僕に金をせびり、まんまと購買の焼きそばを手にしていた。

「せめてその焼きそば代位は話してくれよ」
「風邪はマジです。前から調子が悪かったんですよ。
まぁ学校なんかで股広げちまって、腹でも冷やしたんじゃないっすかね」

サラッと藤本はとんでもない事を呟いて、僕を慌てさせる。

「ちょ、こらっ学校でなんて事を言うんだ!」

ていうかやっぱりお前聞いてただけじゃなくて見ていたのか。
僕の挙動不審な様子を見て、藤本は薄い唇を歪ませる。

「分からないな上原先生。何でそんな常識は分かるのに、生徒に学校で指マンなんてしちゃう訳?」
「それは…」
「まぁ今までの奴もそうだったけどさ、純粋だか何だか知んねーけど」

偽善者なんだよ、先生。

「偽善者」

それはこれまでも、散々言われ慣れてきた言葉だった。

「…僕の事はどうでもいいよ。襟沢の話だ」

頭に浮かんだ黒い靄を払い、僕は藤本に水を向ける。

「襟沢がお前の言うとおり、教師を食い物にしてるとして…
襟沢は何で、そんな恐喝だの美人局まがいの事をしているんだ?」
「先生勘違いしてない?」

質問開始早々、僕の言葉はあっという間に両断される。

「俺が由梨の話をしたのは先生にこれ以上関わらせない為だから。変な詮索したら殺すって」

ちゅうちゅうとパックジュースを吸う藤本は、酷い脅し文句を吐いてる癖にこちらを見ようともしない。

「そうかじゃあ手を引くよって言って引ける人間なら、お前も警戒しないだろ」
「まぁね」

藤本は肩を竦め、箸で僕を指す。

「かと言って、いきなりアンタを刺してぶっ殺す程、俺も自分の人生捨ててない」

だから結局、基本は抑制と監視だよ。

「とにかく俺はもうウンザリなんだよ。由梨がお前らみたいな害虫にたかられるのは」
「…僕は、襟沢に手を出したりなんかしない」
「少なくとももう怖くて出せないよな」
「そういう意味じゃない!」

僕が声を荒げる様子を見て、ハハハと藤本は笑う。

「とにかく俺がアンタの力になる事はない。先生には由梨を救えないよ」

藤本は潰した紙パックをゴミ箱に投げ入れ、立ち上がる。

「俺になんか頼らないで、気になるなら自分で調べりゃいい」
「藤本」
「でもその結果何が付いてきても…それはアンタの自業自得だよ」

昼休みの終了を告げる予鈴が鳴る。
ごっそさんと藤本は、焼きそばのパックもゴミ箱に投げ捨てた。




藤本は勝手に自分で調べろ、と言った。
実はその手は考えてなかった訳じゃない。
藤本は確かに不気味で、危険な存在だ。
だがあいつと僕が違うのは、僕が「教師」で「大人」であるという事だ。

「えー今まで来た先生?何でそんな事をみるりに聞くの??」
「やっぱり前任の人の教え方とか、皆にどう思われてたとか気になってさ」
「何でみるりなの?みるりは先生の都合の良い女じゃないんだよ?」

どうみても小学生にしか見えない痩躯をふるふると震わせ、高坂みるりは僕をキッとねめつけた。


2-B、英語係の高坂みるり。

身長145センチ(自称)・体重36キログラム(自称)。
そして身の丈に沿った童顔(というか子供)に、ひよこの羽毛みたいなふわっふわしたセミロング。
特注のミニマムサイズの制服をピシッと着こなす彼女は大きな瞳を見開き、怒りを露わにしていた。

「まぁまぁそんな怒らないでさ…」
「むうー」

目を細め、つっけんどんな態度を取る彼女。
そんな態度には、実にしょうもない理由がある。

「『小学生』のみるりには、用がないんじゃないの??」
「まだ言うか…」

まあつまり、初対面で思いっ切り彼女を小学生と間違えてしまったのだ。

『君っこんな所で何をしてるんだ!』
『えっみるりは生徒だよ?ほら制服…』
『馬鹿言ってんじゃない!君はどう見たって子供じゃないか』
『なっ何ぃ〜っ?新任とはいえ聞き捨てならぬ科白!見やがれこの学生証セカンドシーズ』
『お母さんの名前は分かるかい!?』
『…ン』

ボゴッ……

「……」

一瞬当時の思い出がフラッシュバックし、鳩尾が疼く。
痛かったなぁ…正拳突き。
とにかく彼女を初対面で小学生と本気で勘違いしてしまった以来、高坂は一貫して僕に冷たいのだ。

「…っと、ちょっと先生?」
「え、あ」
「もう聞いてたの?折角みるりが色々話してあげようと思ったのに」

視線を逸らしながら、ブツブツと言葉を吐き出す高坂。

「ハハ、ごめんごめん」

が、それ以来気安い存在にでもなったのか、高坂は僕に対して不器用ながらも色々声を掛けてくれるようになっていた。

「だからー先生が4人目だってのは聞いてるんだよね?」
「ああ、引き継ぎのノートなんかも見てるんだけど」

教材を職員室に運ぶのを手伝って貰うついでに質問しただけだったが、
存外高坂はペラペラと素直に答えてくれた。

「えとねー…みるりが知ってる限り」

1人目はみるりの入学と同時に来た桜井先生。
2人目は2学期の始まりに入れ代わって来た久保田先生。
3人目は2年の1学期に来た青柳先生。

「で、秋口に来た上原先生ね」
「ああ」
「うーんどんな人…みるりも英語係でちょっと話すだけだったけど」

高坂が言うには。
桜井先生は今どきの爽やかイケメンな感じで、皆からも人気があったらしい。
一方後任の久保田先生は年も30半ばを越え、口数も少ないかなり影の薄い存在だったそうだ。

「その2人はぶっちゃけよく覚えてないんだけどさ、青柳は酷かったんだよ!」
「酷いって?」

高坂は憤然と短い腕を振り上げて、僕に主張する。

「自分の事カッコいいとか思ってて超ナルシストだし、性格も意地悪いの」
「本当に?そんな人だったのか?」
「皆も文句ばっかだったよ。それに学校内で付き合ってる噂まであって」

その言葉に思わず身を乗り出す。

「それ…どの子なんだい?」

ガタッ

「せっ先生、みるりに近い!」
「あっごめん」

高坂が怒った様に顔を赤らめたので、慌てて身を引く。
しかし青柳先生が生徒と付き合っていた噂が出ていたなんて。
襟沢の顔が頭の端にちらついたのを、必死で消し去る。

「どの子って言うか」

そして高坂は困惑の表情を浮かべ、言った。

「歩美ちゃん先生だよ」

歩美ちゃん先生?

歩美ちゃんて…
反射的に血の気が引く。

「…中島歩美先生?」
「そうそう。あっそういや歩美ちゃん先生今日学校来てないね」
「歩美先生も今日は体調が悪くて…」

今まで考えないようにしていた名前が挙がり、心に動揺が襲う。

「えっどうしたの?みるり悪い事言った?大丈夫?」
「いや、少し驚いただけだよ…それで?」

高坂の心配そうな姿に、申し訳ないと思いながらも僕は質問を重ねる。

「みるりの勘的には絶対、青柳先生と歩美ちゃん先生は付き合ってたけど、全然だったよ」
「全然って」
「絶対歩美ちゃん先生遊ばれてたもん。恋愛になったら一直線!ってタイプは絶対ああいう手合いはダメ」

見た目は極度に幼い癖に一端の事を語っている風な高坂は、何だか微笑ましい。

「ハハ、酷い言われ様だな」
「むうー、だって歩美ちゃん先生は絶対桜井先生の方がお似合いだったもん」
「桜井先生?」
「桜井先生とはちゃんと付き合ってたんだよ?公認でさ、皆結婚するって言ってたのに」

そうなのか……。

何で別れちゃったんだろ。と言う高坂みるりの声が遠く霞んでいく。
襟沢の事を調べるつもりで聞いた質問が、歩美先生と繋がった。
それは、どういう事なのだろうか。

「…ありがとな高坂。はいコレ」
「あっレモン味だあ〜!ってだから何でみるりの事、定期的に子供扱いするの!?」

僕はブツブツ文句を言う高坂に礼を言い、駄賃にレモンキャンディを渡した。


「っと!」

ドサッ、ガラガラ…

ファイルを積み重ねた瞬間、ギリギリで均衡を保っていた資料の山が崩れ、溜め息が出る。
放課後、闇が辺りを覆い尽くす時刻。
僕は職員室に人が居なくなるのを見計らって、棚に整理されている資料を片っ端から調べていた。
勿論、僕の前任者達の事を調べる為なのだが。

「特に気になるってモノは無いなー…」

引き継ぎ作業の際に関連資料のある場所は聞いていたので、
履歴、資料ノートなどそれなりの情報は出て来るものの、結局めぼしいものは見つからなかった。

「まあ…そりゃそうか」

僕は何に期待してたんだろう。
自分がしている事が何だか馬鹿らしくなり、ぼんやり資料の顔写真を眺める。

「確かにイケメンだな」

桜井先生は当時23歳。確かに、俳優にでもなれそうな爽やかな男性だった。
反して久保田先生は、言っては悪いがいかにも風采が上がらない、中年男性という感じ。

「で、青柳先生が26歳…2つ歩美先生より年上」

て事はやっぱり、歩美先生と付き合ってたのは青柳先生か。
青柳先生は三白眼が特徴的な、いかにも仕事の出来そうなエリート、という感じだった。

つまり。
藤本の話を鵜呑みにすると、襟沢はこの教師達の誰かとは付き合って(脅迫して?)いた。
歩美先生も1人目と3人目の講師と付き合っていた、という事は分かっている。
しかも先生のあの様子だと襟沢と歩美先生が、
かつて1人の男性を取り合っていたのでは?という構図が浮かんでくる。

「となると…青柳先生が何か知ってそうだな」

青柳先生の高坂の講評や歩美先生の反応をみる限り、彼があの2人により関わっているのは間違いない。
となれば青柳先生に、実際に聞いてみるのが……

「ん?」

あれ?

「上原先生」

「こんな時間までお仕事ですか?」

不意に声を掛けられ慌てて振り向くと、スコップを持った平塚先生が背後に立っていた。

パラリと、スコップから砂粒が落ちた。

「平塚先生こそ、こんな夜更けに土いじりですか?」

いつから居たのだろうか?全く気が付かなかった。

「花壇は私の人生ですからね」

聞いてみると、夜になるまで作業をしていたのだという。

「なる程、本当に熱心ですね」
「上原先生こそ。お探し物ですか?」
「いえ何となく見ていただけで…」
「ではそろそろ私達も帰宅しませんか?もう真っ暗だ」
「あ…」

ここで妙な行動をすれば、変に怪しまれてしまうかもしれない。
僕は平塚先生に従い、一緒に帰宅する事にした。
一つの疑念を胸に。
そうそれは、ささやかな疑念。
青柳先生の資料だけが、殆ど見つからなかったのだ。





「大丈夫だよ由梨ちゃん、上原先生多分気付いてないとみるりは思う」
「…みるりアイツと喋ったの?」

月曜日の放課後、私の部屋にはみるりが見舞いに来ていた。
見舞いに持ってきたみかんを自分で食べながら、みるりは続ける。

「うん、前の先生の話が聞きたいって」
「!それって」
「うーん多分由梨ちゃんの話じゃなくて、歩美ちゃん先生の事で聞かれたっぽい」
「て事は…」
「また歩美ちゃん、悪い癖出てるみたいだね」

…もうあの女のアレは殆ど病気なんじゃないかと思う。

「だから、心配しないで学校来たらいいとみるりは思うよ。
上原先生がよっぽどな奴じゃない限り、ボイスレコーダーも返してくれると思うし」

みるりは、くりくりした瞳を一心にこちらに向けて私に訴える。
みるりが心配しなくても、上原はそんな事やんない。
何故かそう確信してしまう自分が腹立たしく、同時に戸惑う。
あんなキモくて情けないバカ男なんて、信じられる訳がないのに。

「大丈夫だよ由梨ちゃん…明日ボイスレコーダー返して貰お」

みるりは幼い顔を綻ばせて、私にきゅっと抱き付く。

「へへ、由梨ちゃん大好き」
「もうアンタ、本当にレズっぽいよね」
「みるりは幼なじみだもーん」

ニコニコと、子猫のように私にじゃれつくみるりを見ながら考える。

そうだ、明日で全て終わらせよう。
私のテクを持ってしたら、あのウザい男を黙らせる位簡単な筈だ。

「わぅー、こちょこちょっ」
「ギャッ!くすぐるなっ」

それに。
こんな私を慕ってくれるみるり。
みるりをこれ以上面倒な目にも合わせたくない。
どんな事をしてでも、私は私の信念と、自分の地位を守るんだ。

「……」
「だからこのwithを使って…」
「……」
「そうそう、はいOK!じゃあまた明日」
「先生」
「ん?ああ何だ襟沢か」
「あっ」

振り返った上原の顔はあまりにも普通で、思わず言葉に詰まってしまった。








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