10→1強めの1*10。コレの続きっぽいです。 「本当に言ったんですか…?」
詰問調…というには余りにも大人しすぎる口調で、幼顔の男は言葉を投げかける。
それを受けた相手は眼鏡の奥の目に、面倒だという思いを隠しもせず浮かべ。
たっぷりと間を取って、しかして実に下らない、解りきった事だと言うように深く頷いた。
『はじまりの場所』
辻君からその日の事を聞いたのは、半月近くも経ってからだった。
『こないだ物部さんと近藤さんが告り合っててさぁ〜ウケたねぇあれはないっしょ〜』
いくら意地の張り合いだって、限度があるよねぇ。
電話のついでにそういえば…という様に言った彼は、最初は笑い話のつもりだったのだろう。
結城だってそんなに解りやすく反応するつもりなんかなかった。
なんでもないふりをして「へぇ?そうなんだ?」位に、軽く返すつもりだった。
だが。軽い調子で出すつもりだった声は、喉の奥に張り付いて。
ひゅぅ…と小さな息だけが漏れた。
『…あ〜…ゴメン』
察しの良い彼はすぐに詫びを口にする。それが余計に結城には辛かった。
電話の向こうに見えないと解っていても、思い切り首を横に振って。
「違う…!ごめん、そんなつもりじゃ…何でもないから!」
慌てて言った言葉の白々しさは、誰より結城自身が知っている。
案の定電話の向こうで、相手は至極真面目にもう一度謝った。
都内に居を構えるセレソンが多い中で、結城は唯一人京都住まいの身だ。
調べればもっと遠くに住んでいるセレソンも居るのかも知れない。
だが、行動を共にする三人の中で唯一人遠方と言う事実は、距離の問題では無く辛かった。
何をするにも事後承諾で、重要な場面に居合わせる事も殆ど出来ない。
辻が話題に出した4にしたって、顔を合わせたのは片手で足りる程度だ。
その4と物部さんが、ひと気の少ない喫茶店の一角で、愛を告白しあっていたらしい。
『どう考えてもアレお互い引くに引けない嫌がらせしてただけだからね?』
そうくどいほどに前置きして、せがむ結城に根負けした彼は、事の次第を説明した。
内容は実際馬鹿馬鹿しく、いい歳して何してるんだとすら思う程で。
しかして、物部さんが4に「愛してる」と言われ、「私もだ」と答えたと聞いたとき、すぅと心が冷えた。
電話の向こうの気配が変わった事に、幸いにも話に夢中な相手は気付かなかった様だ。
折角自分になるべく痛手が無いようにと、言葉を選んで話してくれているのに。
辻君の言葉は耳から耳をすり抜けて、半分も頭に入らなかった。
『…ってわけで、最後はいい加減二人とも顔色土気色でさ、俺がSTOP出したってワケ』
そう結ばれた話題に、残った気力を振り絞って笑って「そうなんだ馬鹿みたいだね」と応え。
ご飯の支度があるからと告げる自分に、辻君は逆らわずに『またね』と言った。
電子音だけが響く電話を切って、パタンと二つ折りに閉じる。
流行の携帯端末の大きさを考えると、少しばかり大きすぎるそれは、結城の人生の全てだ。
無くしたはずの住む家を手に入れたのも、移動の足を手に入れたのも。
物部や辻の仲間になれたのも、全てこれが自分に届いたからだ。
社会という名のどうしようもない濁流の中で、溺れて命すら亡くしそうだったかつての自分。
今の自分が生きていけるのは、全てこれのおかげなのだ。
円形のボタンを押して、丁寧で人懐っこい女性の声に言葉を返す。
たったそれだけの事で、殆ど全ての願望は簡単に実現する。
広い家も、ふかふかのベッドも、綺麗な調度品も、大きなテレビも。
全てそうやって手に入れたものだった。
公園でダンボールと新聞紙で風雨を凌ぎ、明日どころか今日食べるものすらなかった頃。
憎しみと羨望を込めて睨み続けていた高層マンションに、今はこうして住んでいる。
だが、住んでみて初めて解った事だが、どうにもこの家は結城には広すぎた。
両親はもう居ない。兄弟姉妹もない。親戚も居ない。
そういえば、家に招く友人さえも、自分には居なかった。
普段はなんとも思わないのに、こんな日はどうにも旨くない。
例えば灯りを落とした台所のステンレスの鈍い反射とか。
リビングの扉の隙間から見える、廊下のカーペットとか。
一度も一杯になるほど人が座った試しの無いソファーとか。
閉め忘れたカーテンから差し込む紅い夕日の光とか。
そんな全てが忘れかけていた心の何かに容赦なく刺さって、チクチクと痛む。
テーブルの上に放り出していたノブレス携帯が鳴ったのは、そんな時だった。
『もしもし、物部です』
「…はい」
着信画面で解っていたとはいえ。
そして通話ボタンを押すまでたっぷり10秒近く躊躇っていたとはいえ。
声を聞くとどうしても、結城の声は震えた。
『…声がおかしいようだが具合でも?』
目ざとく言われて「いえ、別に」と返す。
辻や4なら或る程度の心遣いをくれるところだが、彼は『そうか』と言っただけだった。
実に彼らしいと、結城は思う。
「どうかしたんですか?…僕に電話なんて、珍しいですね」
『いや、ちょっと関西方面に用があってね。京都にも寄るから良かったら会わないか』
言われて驚いて、それから妙に納得した。
恐らく辻が自分の失言を彼に報告したのだろう。
それで慌てて自分のご機嫌取りに電話をかけて来たのだ。
彼は僕をちっとも気にかけてなんか居ない事を、解らない程馬鹿ではない。
それでも大切に扱われれば誤解もするし、理解とは裏腹に喜びを覚えてしまう。
本当の事なんて、何も見えなくなってしまう。
いつもならずっとそうだった。
だが、ふと湧き上がる寂しさに震えるこんな日には、目を瞑っていた本当の事が妙に存在感を増してしまう。
優しさや愛情が、何一つ真実でも本心でもない事を、叩きのめされる程実感してしまう。
それでも結城は、物部を一度だって、好き以外に思えた事など無かった。
『結城君?』
言葉を返さない自分を不審に思ったのか、電話口から怪訝な声が聞こえる。
「何でもありません…。解りました。何処へ行けば良いですか?」
慌てて思考を打ち切って、いつもの調子でそう答えると、返された答えは意外なものだ。
『君の家に行くよ。あと30分程だから待っていてくれ』
「え?ちょ…物部さ…」
何故?と聞き返そうとする結城の声を遮る様に、通話は向こうから切られてしまった。
『悪ぃね物部サン。こないだの近藤サンとの事、結城君に言っちゃった』
苦笑気味にそう言われて、無言で電話を切って。
物部はすぐに、結城の携帯番号を押した。
「もしもし、物部です」
『…はい』
電話に出た彼の声は解り易過ぎるほど打ちのめされている。
物部は思わず出そうになる面倒さ故の溜息を、なんとか堪えてから。
出張だと適当な理由をつけて、京都行きの新幹線の中で、物部は彼の家に行くと一方的に話を終わらせた。
彼が自分に対してどういった感情を抱いているか、解らない程物部は鈍い男ではない。
だが解っているからこそ、彼はとても扱いやすい。
そうでなくても思慮が浅く、乗せられ易く、扱いやすいタイプの彼だ。
こと恋愛沙汰に関しては、そのありがたい特徴を助長するに過ぎない。
もしもの為に自分の残高を減らしたくない。しかして成すべき事は沢山ある。
結果として物部が選んだ方法は、10結城亮の残高を自分の思惑の為に使わせるという物だった。
おだてればすぐいい気に成って、愛を示せば簡単にその気に成って。
彼は実に役立つ、二代目のノブレス携帯の様なものだった。
だからこそ辻の話には、余計な事を…としか思えなかった。
辻や近藤が、自分の結城に対する扱いに、或る程度の不満を持っている事は知っている。
今回の事も、どう考えてもわざとだろう。
しかし、こう面倒な事をされては流石に困るな。
そんな事を考えながら、物部は京都駅の改札を抜けて、青いタクシーに手を上げた。
チャイムを受けて戸を開けた彼は、一目見てやつれが解るほどだった。
辻としては彼に、物部大樹という人間の不信さを教えてやるつもりだったのだろう。
はたまた単に笑い話として言ったのか。
どちらにしても、自分の放った言葉がここまで彼を痛めつけていると知ったら、どう思うだろうか。
「…大丈夫か?」
言いながら痩せた頬に触れると、ほんの少し逃げそうになって。
それからすり…と寄り添ってくる。
「何でもありません…。どうぞ…」
玄関に用意された綺麗なスリッパに足を入れて、促されるままに廊下を奥へと進む。
掃除の行き届いた、綺麗な広い家。
憧れを可能な限り形にしたのだろう、豪華すぎる家具に囲まれた彼は、なんだかちぐはぐだ。
ソファに座って待つと、程なくして彼が淹れたてのコーヒーを持って来た。
「…どうぞ」
勧められるカップをソーサーごと受け取って、「ありがとう」と告げる。
いつもなら隣に座る結城は、今日は少し距離を置いて腰を下ろした。
「…何しに来たんですか?」
離れた場所で目も合わさずに告げる。
いつもなら控えめながらも色々とまとわり付いてくる彼の事を考えれば、驚く様な対応だ。
「別に?会いに来ただけではいけないかい?」
「…いえ」
小さく首を振ると、そのまますぅと押し黙る。
予想以上に気にしている様だと解り、自然小さく溜息が漏れた。
その微かな音に反応して、結城がのろのろと顔を上げ、ぽつりと「ごめんなさい」と言った。
「何が?…というか、君は私に何か言いたい事があるんじゃないかな?」
自分からは言い出せないだろうと踏んだ物部は、先制してそう言ってやる。
すると、ぐっと息を呑む音がして、震える手でカップをテーブルに置いて。
一呼吸置いた結城は、不意に物部に向き直って、一瞬だけ真っ直ぐ目を合わせて。
視線を下に逸らしてから、声を落とす様に尋ねた。
「4に…好きだって…本当に言ったんですか?」
既に解りきっていた質問だ。
あえて十分すぎる程間をあけて、物部はしっかりと頷いて見せた。
「ああ、確かに言ったね」
それがなにか?と言外に余裕を含ませて言うと、目の前の男の顔が解り易い位曇る。
まるきり拗ねた子供の表情だ。
歳の頃は自分とそう変わらない筈なのに、この薄暗く漂う幼さは何だろう。
童顔というだけでは片付けられない外見と、それに見合った程度しかない内面。
騙されやすく、扱いやすく、単純で、その癖何かあればすぐ子供のように拗ねる。
三十路も過ぎてこれでは、最早不気味だとすら、物部は思う。
「なんで…ですか?…いえ、いいんです解ってます…。そういう…遊び、だったんですよね」
自分で疑問を投げかけておいて、答えまで自分で用意している。
その答えが万が一にも自分の望んだものとは違ったら、と思うと怖くて聞けないのだろう。
全くもって面倒な、と思う反面、彼の信用や信頼を勝ち得ておく必要性も承知していた。
物部はわざと視線を外し、アイボリーの壁紙に目を走らせて。
心底心外だというように大げさな溜息をついて。
少し勢いをつけて振り戻り、薄く苦笑を浮かべて言った。
「馬鹿だな結城君。私が君以外の相手に愛を傾けるワケがないだろう」
ほんの下らない冗談だよ。
そういって、ほんの少し微笑んで。それだけで。
いつもの彼ならほんの少し複雑そうに、しかしとても嬉しそうに。
あっさりと騙されてくれていた、筈だった。
が、その言葉を向けられて結城の顔に浮かんだのは、深い孤独と絶望だった。
「ゆう…き、君?」
流石に面食らった物部が恐る恐る声を掛けると、真っ暗な目をした彼がフッと笑って言う。
「ありがとう、御座います…」
沈み込むような声に、物部は初めて結城が、自分が思う程単純でも騙されやすくもないと気付いた。
幼く扱いやすい、愛の言葉一つで簡単に利用出来る存在だと思っていた彼が。
本当は扱いやすくも簡単でもなかったらしい事を、漸く知った。
なんだ、まるで子供を相手にしているような、詰まらない存在だと思っていたのに。
ただ強がりが上手いだけの、歳相応に深みの有る人間だったらしい。
そう思った途端、思わず物部の顔に笑みが浮かんだ。
「…何笑ってるんですか…」
不機嫌に言う声を遮る様に、その唇に同じ物で蓋をして。
目を見開いて驚く結城に物部は、いつもより本物の笑顔で。
「すまない、私は今やっと君を好きになったらしいよ」
と、失礼だかなんだか解らない事を告げた。
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