俺には双子の弟がいた。名前は。
周りからは全然似てないって言われるけど、それで困ったことはない。昔から思ったことをすぐに行動に移す俺と先々のことまで考えて計画を立てるは、喧嘩をすることもあるけれど、互いに足りない部分を補い合える最高の相棒だった。
それが変化したのは俺たちが7歳のときだ。
その年、俺たちがいる村はひどい飢饉に見舞われた。
今でこそ息子を忍術学園に入れられる程度には裕福な村だったが、当時はなかなか作物が育たずに飢饉に耐えられる蓄えすらなかった。状況が状況だったから俺もも文句は言わなかったが、よく腹をすかせては森の木の実を食べてなんとか飢えをしのいでいた。ほかの家も同じような状況だ。
遠縁の親戚と名乗る見知らぬ夫婦が訪ねてきたのはそんなときだった。
そのときには俺たち以外の子供はすでに家を出ているか、さもなければ死んでいるかだったからやけに静かだったのを覚えている。
昼ごろにやって来たその夫婦と両親は長い間話をしていた。
「、おいで」
話を終えたのか、おもむろに立ち上がった男がそう言っての手を強引につかんだ。見知らぬ人間に腕をつかまれて怯えるを見て駆け寄ろうとして、母さんが後ろから俺の腕をつかんで止めた。
「おかーさん、ようしってなぁに」
話の意味が分からなかった当時の俺がそう尋ねて母親の袖を引っ張ると、母さんは辛そうな顔をしてそっと俺を抱き寄せた。視線はに向けられたままだ。
はというと、おろおろと怯えたように自分の手をつかんだ男と母親の顔とを見比べていた。父さんはずっと気まずそうに俺たちから視線をそらしている。
「はね、あのおじさんたちの子になるのよ」
一度目を閉じてから、母さんははっきりとそう言った。
それを聞いた俺はびっくりして目を見開いた。も信じられないような表情で母さんを見上げている。
「はちざえもん」
ぽつりと、が俺の名を呼んだ。その声はまるで助けを呼ぶような切ない響きを含んでいて、今思い出しても胸が締め付けられる。
「、「、分かってちょうだい。あなたが私たちのところに来ることでみんなが救われるのよ」
なんとかこの流れを止めようと口を開いた俺を遮って、女のほうがの肩に手を置いて言った。
何が「みんなが救われる」だ。きっとこいつら、父さんと母さんをだましてをかどわかすつもりなんだ。
「、だめだからな! はずっとおれといっしょにここにいるんだ」
「八左ヱ門!」
父さんが俺の頬を張った。普段は温厚な父さんの怒りように面食らっていると、肩に手を置いて顔を覗き込まれる。
「聞き分けのないことを言うんじゃない」
父さんはそう言うと俺の手を引っ張って奥の部屋へと引っ張っていった。
「、」
振り返りざまにの名を呼ぶと、は口を開きかけて閉じた。
何か言わなきゃ、と考える間もなく俺は押入れに押し込められると、父さんが勢いよくふすまを閉めた。慌てて開こうとするが、外からつっかえ棒でもされたのかびくともしない。
「父さん、開けてよ父さん! が……!」
と周りの大人たちが何かを話しているようだったが、俺はそれどころじゃなかった。とにかく早くここを出ないとが連れて行かれてしまう。
けれど、いくら泣いても叫んでも叩いてもふすまが開くことはなかった。
やがて泣き疲れて眠ってしまうと、起きたときにはもうの姿はどこにもなかった。俺は弟を守れなかったんだ。そう察すると同時に、また涙がこみ上がってきた。
ぐすぐすと泣きじゃくっていると、ふわりと大きな手で頭を撫でられた。父さんだ。
「男がそんなに泣くんじゃない。は山を一つ越えた向こうに引き取られただけなんだから、会おうと思えばすぐに会える」
諭すようなその口調に、俺は反射的に嘘だと思った。これは大人が子どもをいいように操るための、適当に言いくるめるための嘘。
ほかならぬ父親からそれを感じ取った――感じ取ってしまった俺はよけいに泣けてきてしまった。は捨てられちゃったんだ。きっと、そうすることが俺の幸せなのだと言われて、それを受け入れてしまったんだ。
その日、俺は一晩中泣き続けた。同じ空の下、どこかで同じように泣いているのことを思って。