昔々、とある貧しい村に双子の兄弟がいました。
兄は明るく活発で動物たちによく好かれ、弟は大人しくて口数の少ない思慮深い子でした。
周りはみんな口をそろえて2人は全く似ていないと首をかしげていましたが、本人たちにしてみればこれほどつりあいの取れた兄弟はいないでしょう。
しかし、7歳を迎えた年に村に飢饉が襲います。
父は不毛の地を必死に開墾し、母は自らの食料を子どもたちへと分けてやりました。兄は自ら口減らしのためにと出稼ぎに行って二度と戻りませんでした。姉は両親と弟たちのため望まぬ婚姻を結んで遠くへ行きました。兄弟よりも幼かった弟は骨と皮だけになって冷たい土の中に埋められました。2人はそれでもひもじいままです。
やがて死という言葉が足音を立てて2人に近づいてきた矢先に、遠縁の親戚夫婦がやってきました。この夫婦は長い間連れ添っていますが、子宝に恵まれていなかったのです。
夫婦は村の窮状を見て、双子のうちのどちらかを譲ってはくれないかと頼みました。両親は悩みに悩みました。誰だってまだ幼い子を好きこのんで遠くへとやりたくはありません。
ですが、夫婦は歴史の古い神社の神職に連なる家柄です。引き取られた子どもは少なくとも空腹に泣くようなことはありません。夫婦の人柄も決して悪いものではありませんし、そうひどい扱いを受けることはないでしょう。
長い、長い話し合いの末に、夫婦は双子の弟を引き取ることにしました。兄のほうが体が丈夫なので飢饉を超えられる可能性がより高いと考えたからです。
7歳の子どもには話が難しかったのでしょうか。見知らぬ男女と両親がやけに深刻な表情で話し合いをした後に、弟の手をつかみました。そして、は私たちの子になるのだと優しげな声でささやきます。
弟は親元を離される不安に無言で助けを求めましたが、両親の表情を見て諦めたのか、そのままうなだれてしまいました。
大変だったのは兄のほうです。両親に向かって騙されてはいけない、とずっと一緒だと、必死に訴えかけました。しまいには父親に頬を張られて押入れに押し込められてしまう始末です。
兄弟は別れの挨拶すらできませんでした。
さて、引き取られた先では懸命に跡取りとしての勤めを果たしました。
神主としての心構えを学び、境内の掃除も慣れぬなりに丁寧にこなしました。夫婦も両親の弱みにつけ込んだという負い目があるのか、慣れないながらもをわが子のように思い接してきました。やがて、1年もたとうというころにはも夫婦になつき始めました。
夫婦の間に男の子が生まれたのはそんなときのことでした。
が引き取られたのは跡取りがいないからです。女の子ならいざ知らず、男の子が生まれればはもう、跡取りとしては用なしです。夫婦としてはそんなことは夢にも思いませんでしたが、はそう考えました。
のそんな考えを夫婦も敏感に感じ取ったのか、弟が生まれてからはよりいっそうをかわいがるようになりました。けれど、どうしたって生まれたばかりで手のかかる弟を優先させるのは仕方のないことです。もそれは重々承知していました。それに、自分に対して腫れ物のように接しているときよりも、弟をあやしているときのほうがいきいきとしているのを見逃しませんでした。
何も知らない弟がなついてくる様は、ここにくる前に大きくなれないまま死んでいった弟を思い出させます。は幼い弟を見るたびに胸の奥に黒い塊が渦巻くのを感じ、そしてそのことに気づいては自分を責めるのです。
わずかに生まれた溝を埋める術も乗り越える方法も見つからないまま、に転機が訪れました。が夫婦の元へ引き取られてから3年が経過しようとしたときのことです。
忍術学園。
その名のとおり、忍者に必要な術を学ぶための学校です。ですが、その一方で字の読み書きや行儀作法を教わることもできます。
は参拝客から学園の話を聞いた後、すぐさま夫婦に行儀見習いのために入学させてもらえるように頼みました。同じ年頃の友人も必要だろうと夫婦は頷きます。
ですが、は作法を学ぶつもりなどこれっぽっちもありませんでした。手に職をつけ、卒業後は彼らに迷惑をかけぬよう自立しようと考えたのです。
この3年間育ててくれた夫婦を騙すことに良心が痛みましたが、役割を終えたいらない子がいつまでも居座っているよりはずっとましだと思ったのです。
そして、数日後に入学金と3年分の学費を携えては旅立ちました。10歳の春のことです。