初恋も二度目なら

 突然だけど俺、はこの時代の人間じゃない。じゃなかった、のほうが正しいかもしれない。
 ほんの14年前まで俺は、自然も戦もない平成の時代で中学校に通い、友人たちと馬鹿やって気楽に生活していた。思春期だし甘酸っぱい恋もしたりしたわけだ。
 ところがどっこい、ある日好きな女の子を屋上に呼び出したところ、
「おい、てめえがか」
「……どちらさま?」
なぜか三年の不良に絡まれました。
 その女の子――片瀬さんっていうんだけど――というのが学校でも有数の美少女で、多くの例に漏れずその不良もその子に惚れていたわけである。そこにポッと出の俺が告白しようとしたものだから、そうはさせまいと出張ってきたのだろう。
「誰に許可もらって告白なんざしようとしてんだ、ええ!?」
「えっと、本人?」
「……ざけてんじゃねえぞ!」
いや、だって告白に本人以外の許可っていりましたっけ? ということが言いたかったんだけど、相手には伝わらなかったようで。見事に怒らせちゃったわけだ。
 別にリンチにあったとかそういうわけじゃなくて、肩を思いっきり突き飛ばされただけなんだけどね。
 ただ、運の悪いことにその衝撃で背後のフェンスにぶつかって――古い校舎だったから、たぶん金属の柵が腐ってたんだと思う――フェンスごと7階建ての建物からまっ逆さま。あとはお察しください。


 その後のことは覚えていない。気がつけば、どういう因果か俺は魂だけタイムスリップして室町時代の子として生まれ変わっていたわけだ。
 よく小説とかでやる転生モノって赤ん坊のころから記憶あったりするだろ? でも実際って全然違う。いきなり2、3歳くらいからスタートしちゃうの。いやあ事実は小説より奇なりって本当だな!

 うん。死ぬほど混乱した。

 だってさっきまで学校にいたのにいきなり幼児化してて、右も左も分からない状態で放り出されるんだぞ? なにこれこわい。
 当然、近場にいる誰かに周辺情報とか聞き出すだろ? 事情説明して助けを求めるだろ? みんなそうするだろ? 俺はそうした。
 結果、俺のいじめられっ子フラグが立ったわけである。
 後で冷静になって考えれば、それは信じてもらえないだろ常識的に考えて……とか思うはずなんだけど、パニック状態になってた中坊にそれを求めるのは少々酷なんじゃないか。
 あの時代は親も俺を見る目がちょっと不審そうだったのは凹んだ。あの2人、平成の時代の俺の両親と全く同じ顔なんだよ。苗字も名前も全部一緒なのに俺を俺と認識してくれないのが一番辛い。
 近所の子どもに石投げられるとか嘘つき呼ばわりされるのはまだしも、親にまで自分の言うことを信じてもらえない状況というのは、子ども心にかなり辛いものがあった。あのころはよく誰も来ないような森の奥まで行って泣いていたっけ。
 そこである人物に出会ったことが人生の転機だったんだ。


「なんでおまえないてるんだ?」
きょとんとした顔をしてでかい犬を連れている少年にそう聞かれた俺は、思わず「うぇ?」と変な声で返事してしまった。
「かなしいことでもあったのか?」
「……そうかもしれない」
「そういうときはぜんぶだしちゃうといいんだって。とうさんがいってた!」
「……俺の言うこと、信じてくれる?」
思えば当時4歳くらいの子に全部洗いざらい話す辺り、俺も相当ストレスが溜まっていたのだろう。話した内容が半分でも伝わったかどうかは怪しいものだが。
 事実、少年は全部話し終えた後も内容が理解できなかったようで、しばらく首をかしげていた。
「……」
無言でじっと俺の目を覗き込む様は疑っているようにも見えて、「やはり誰も信じてくれないのか」と落胆し始めたときだった。
はおとうさんとおかあさんのこときらいなのか?」
心底不思議そうに問われて、反射的に首を横に振る。嫌いなわけがない。好きだからこそ、信じてもらえないことが寂しくて辛いのだ。
 でも、周りが信じてくれないことと俺が両親を嫌いかどうかが、一体どう関係あるのだろうか。
 しかし少年は俺の困惑には何も言わず、にっこりと笑った。大陽のようだと思った。
「じゃあだいじょうぶだよ」
「何が?」
のおとうさんとおかあさんも、のことだいすきだっていってたよ!」
ふとそこで初めて、相手が名乗ってもいない俺の名前を知っていることをに疑問が浮かんだ。まるで両親のことも知っているようではないか。
「それにおれものことだいすきだから!」
だから大丈夫だと、そう言って差し伸べられた手。おそるおそる触れてみれば、力強く握られた。そっと握り返した手は暖かかった。
「もしこんど、をいじめるやつがいたらおれがやっつけてやる!」
胸を張って笑う少年に「乱暴はよくないよ」と苦笑する。
「俺、っていうんだ。君は?」
「おれ、たけやはちざえもん!」

味方

それが彼女、はっちゃんこと竹谷八左ヱ門との出会いだった。