学園に幼馴染がいる。
名前は竹谷八左ヱ門。男のような言動と名前で周りからは完全に男だと思われているが、これでも立派な女の子である。かくいう俺も出会ってから半年ぐらいは八左ヱ門を男だと思っていたので、初めて一緒に風呂に入ったときは心底驚いた。
入学時にも間違われてうっかり忍たまに振り分けられたが、本人は一向に気にする様子もなく周りに溶け込んでいる。はっちゃんのご両親は行儀見習いのつもりで入れたはずなんだけど、いいんだろうか……俺としては本人がそれでいいなら別にいいんだけど。
彼女が女であることを知っているのは幼馴染の俺を除けば4人――ろ組の三郎と雷蔵、い組の兵助と勘右衛門くらいなものだ。
こっちに来てからははっちゃん以外の友人もできた。とはいえ、その多くははっちゃんが紹介してくれたからなんだけど……なんか俺、何から何まで頼りっぱなしだなあ。通算20年以上生きてるのにこれでいいのだろうか。
思えば、彼女のおかげでこの時代の両親とも向き合えるようになった。故郷は学園からは遠いから卒業までは手紙のやり取りしかできないが、今年になって妹が生まれたらしい。会うのが楽しみだ。
せっかく苦労して高い入学金まで払ってくれたのだから、学園で何か両親のためになるようなことを学んで卒業したい――そう考えて選んだのが保健委員会。薬草の知識とか生活の役に立つことも多いし、前世から不運だった俺には天職(?)だったんじゃないかな!
そんなわけで忍術学園に入ってから4年目にさしかかり、なんだかんだで2度目の学生生活を謳歌していたときのことだった。
「あのさあ……、ちょっと相談したいことがあるんだけどいいか?」
「別にいいけど」
あのはっちゃんがもじもじしながら俺に相談をもちかけてきた。そのときは「珍しいこともあるもんだ」くらいにしか思っていなかったのだが、俺は失念していたのだ。
13歳といえば、立派に思春期である。年頃の女の子が初恋に身を焦がしたりしてもおかしくない。
いくら俺たちが幼馴染だからって、両親同士が仲がよくて「2人が将来結婚すればいいのに」なんて笑ってたって、はっちゃんが口では否定しつつもまんざらでもない顔だったからって、それを見た俺が自分でも気づかないうちに勝手にその気になってたって、その相手が俺だとは限らない。
「……おれ、兵助のこと好きかもしれない」
「えええ!?」
「しっ! 声が大きい」
三郎なんかに聞かれたらどうするんだ! と慌てて俺の口を塞ぐはっちゃんの顔は赤い。これは本気だ。
「なんか、兵助と一緒にいると変なんだ。胸が苦しくなったり、なんでもないようなことでうれしくなったりしてさ」
話している間もそのときのことを思い出したのか、最近急に膨らみ始めた胸の上に手を置く。
「こういうのって、どうなのかな。恋ってこんな感じ?」
突然の恋愛相談に俺はどう答えるべきなのか分からず、返答に詰まった。数秒の間逡巡して、ようやく口を開く。
「ええと……ごめん、俺にはまだよく分からないや」
嘘だ。俺はそれがまさしく恋だと知っている。
たとえば本人も気づいていないほんの少しの変化を知って喜んだり、指先が触れるだけで気恥ずかしくなったり、一緒にいると苦しくなるのに離れるとよけいに辛かったり。
全部、俺が14年前にたどってきた道だ。
「そっかあ」彼女は落胆したようにため息をついた。それを見てちくりと良心が痛むが、今さら知ってますとは言えない。
「でも分からないことがあるんだなあ」
「俺にも分からないことぐらいあるよ」
苦笑しながら否定すると、はっちゃんは嘘だと言いたげな目で笑った。
「いや、ときどきってすごく大人びた言動したり、大人でも知らないようなことを知ってたりするから」
「そりゃあ前世からの記憶があるもの」
「でも肝心なときに答えを知らないんじゃなあ」
「悪かったな」
憮然とした顔で呟けば、はっちゃんは笑いながら「悪い悪い。責めてるわけじゃないんだって」と謝った。
はっちゃんが部屋を出て行った後、1人になって考えてみた。なんで、俺はあのとき明確な答えを持っていたのに教えてあげなかったんだろうか。
「恋、か……」
その単語で思い出すのは、あのとき告白しようとしていた相手の顔。
けれど、片瀬さんのことを思い出しても懐かしい思いが込み上がってくるだけで、ときめきや胸が苦しくなるといったことはなかった。もう片瀬さんのことは思い出に変わってしまったのだろうか。
違う。俺は1つ思い違いをしていた。
明確な答えなんて、本当は俺も持っていないのだ。