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お題「獣の耳が生える」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは福本(天)。
 続き

 某月某日。とある邸宅――なんかこう窓が全部防弾ガラスだったり黒いベンツが何台もあったり風呂が金箔ばりだったり玄関先に虎の毛皮や鎧兜が飾られている的な――の廊下をふたりの黒服が歩いていた。どうも慌てている風である。背に流れる冷や汗までも目に見えるようだ。
 ……おい、いらっしゃったか
 いやまだ見つからない……
 ときおりすれ違うほかの黒服と忙しなく交わされる言葉から、どうもかれらは誰かを探しているのだと知れる。
 数日前から逗留している客人、それが黒服たちを慌てさせる原因だった。とにかく行動の読めない人物で、気まぐれにまかせた下っ端泣かせの振る舞いをするのだが、今朝からとんと姿が見えぬ。
 屋敷から出て行った様子もないのに、いったいどこへ行ったというのか。皆、上を下への大騒ぎだ。なにしろ、下手なことをすれば指が飛ぶ。
 と、ひとりの黒服が角を曲がって現われた人物を見とめて素っ頓狂な声を上げた。
 「赤木さん!」
 おう、と気軽に片手を上げたのは赤木しげる、黒服たちが探しに探していた当の本人だ。
 「今までどこに――」
 いらっしゃったんですか、と、そう問おうとして絶句する。目にしたものが信じられず言葉が出てこない。その場にいた全員も同様だ。
 「ま、散歩だ。お前らみてえのが四六時中はりついてると飽き飽きしてなあ……。ん、なんだ。雁首揃えて鳩が豆鉄砲くらった顔しやがって」
 「いえ」
 「なんでも」
 「ありません」
 「そうか……。ちょっくら寝かせてもらうぜ。ずいぶん歩いて疲れたんだ」
 歩き去る赤木の後姿を言葉もなく見つめる。気のせいだろうか、その頭に白くて長細くて毛の生えた、言うなればうさぎの耳のように見えないこともないなにかがくっついているような。
 いや、目の錯覚だろう。そうに違いない。もし本当に耳が生えていたら、絶対に誰かが口に出すだろう。だからおれは何も見なかった。
 全員、こっそり冷や汗をぬぐう。

 「おかしいな」
 部屋に戻った赤木はひとりごち、頭に手をやった。うさぎの耳つきカチューシャを外す。
 「ひとりくらい乗ってきてもよさそうなもんだが」
 厄介になるのは珍しいことではないが、どうも自分は評判が先行しているらしい。しかも尾ひれがついて。おかげでやたらと煙たがられて、というか恐れられている。世話されるにしても、遠巻きにされていては居心地が悪いので突破口を開こうと思ったのだが……。
 「そうか」
 ふと閃くものがある。
 「うさぎってのがいけなかったんだな」
 明日はたぬきにしよう。手の中のものをもてあそぶ赤木は、決定的に凡夫どものことをわかっていなかった。

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