記事一覧

お題「中身が入れ替わる」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは009。
 が、しかしいつにもまして設定ねつ造かましてるんで「誰ですか」レベルな話にー。いや、博士に関してはいつもそんな感じか。
 このお題は「ベタなタイトルでいかにハズすか」というのを目標に書いているのですが、今回はただのこじつけになってしまったなあ。
 続き

 あのふたりはまるでひとが変わったようだ、というのはそのころBGの研究員たちの間でよくささやかれた話である。
 BGの研究施設は周囲から隔絶された島にある。そのため、噂話は閉鎖された環境で暮らすひとびとにとって格好の娯楽だった。特にその内容が醜聞とあっては……。

 二十年ほど前、BGではサイボーグ兵士開発計画が進められていた。当時組織の総力をあげて進められながらも、結局失敗して凍結されることになったその計画が、時を隔ててまたぞろ持ち上がってきたのだった。凍結に関しては技術上の理由よりも、組織内部の闘争という政治的な事情もからんでいたらしい。粛清された人間も出たという、なかなかに血なまぐさい逸話もある。
 もっとも、わずか四人の兵士を作るまでに相当な人体実験を繰り返していたような計画なのだから、事のはじめから血なまぐささは染みついていたのだ。取り返しのつかないほど。
 再開された開発計画の総責任者に任命されたのはアイザック・ギルモア、第一期計画においても中核ですばらしい働きをみせていた科学者である。
 戻ってきたギルモア博士は、実年齢よりも年嵩に見えた。歳月だけではなく、計画の凍結後は組織内で傍流に追いやられ、負った労苦もそれに加担していただろう。ただ、炯々と光る眼光には若き俊英の傲慢さがなお残っていた。

 ところで、BGの実験施設は周辺の島々にいくつも存在し、同じ島内で複数の開発チームがそれぞれの計画を進めてもいる。その中に、ジュリア・マノーダというずば抜けた能力を持つ科学者がいた。
 BGでも数少ない女性研究者の中で、分野は違えどギルモア博士と比肩しうるといわれたマノーダ博士だったが、常に寡黙で控えめな態度を崩さず、自己の能力に強い誇りを持つギルモアとはずいぶん異なる印象を人に与えた。
 だが、やはりふたりは似ていた。自分の正しさを強固に信じ、どんな困難をも怖れずやりぬく強い意志、しかも常人とは一線を画した狂気的なそれを具えているという点において。
 ただマノーダは傲慢さを表に出さなかった、ふたりの違いはそこだった。理由はおそらくマノーダが幼少のころ起こした事故のせいかもしれない。子どもの他愛ない遊び、花火が原因で彼女は弟と顔の半分を永久に失ったのだった。
 長く伸ばした髪で焼け爛れた半面を覆い隠し、その痕をちらとでも見せまいとうつむいている彼女は、だが冷ややかな美貌の持ち主でもあった――それが原因で悪趣味なジョークの種にされたことすらある。

 ギルモアとマノーダの間に、事務的でない交流がめばえたのがいつごろのことだったのか。それを正確に知るものはだれもいない。本人たちですらわかっていないだろう。なにしろ常識というものが欠けたところがおありだから……とは、当時かれらを噂話に持ち出した際かならず言われることだった。
 だがいつしか、ふたりの表情がわずかもの柔らかなものを帯びるようになっていったのは、まったく確かなことであったのだ。
 そんなときだった。ギルモアによってマノーダの皮膚移植手術が行われたのは。
 「サイボーグ計画の進展によって」
 人工皮膚の技術が高度化し、ほとんど人間のものとかわらないものが開発された。手術しても移植痕は残らないだろう。ギルモアの淡々とした説明に、マノーダは黙って耳を傾けていた。
 「信じましょう、あなたを」
 それがすべてだった。
 結論から言えば手術は成功した。はじめて顔をさらけだしたマノーダは気難しさを凍りかせてなどいなかったし、ギルモアは己の技術に満足気な笑みを見せ、はしゃいでさえいた。
 何事においてもそうであるように、後から振り返ってわかったことだが、このときふたりは幸福であった。だが、それはけして以前のように互いがあってはじめて成り立つ類のものではない。
 なんとしたこと!かれらは、各々ひとりが手前勝手に幸福だったのだ。

 手術から数ヵ月して異変が、いや帰着が訪れた。
 マノーダが顔面の激しい痛みをうったえて倒れたとき、ギルモアはちょうど大掛かりな実験にかかりきりでマノーダの身に起こったことなど露知らず、彼女の病室を訪れたときにはもうすべては終わっていた。
 「きみの顔を見たほうがいいだろうか」
 「やめておいたほうがいい。あまり手術の参考にならないだろうし」
 かれらはこうした会話しかできないのである。
 そして溶け崩れた顔面を隙なく包帯で巻いたマノーダは、ギルモアを恨んでなどいない、と静かに告げた。これはしかたのなかったことなのだから、と。
 彼女の声音はむしろ甘く優しい。だがギルモアはその甘さにわけもなく肝が冷えるのを感じていた。

 元のように顔の半分を隠すようになったからといって、マノーダの性格も戻ってしまったわけではない。むしろ彼女は、以前にも増して活発で、あらゆることにたいして積極的ですらあった。瞳には強い自信が宿り、力強く研究を押し進めるようにもなっていったのである。半面を覆う鋼鉄製の仮面が周囲に威圧感を与えてもいたのだろう。
 その逆に、ギルモアは生来持ち合わせていた陰鬱さが前面に押し出されているようだった。サイボーグ開発計画が再開されてからは、その嬉しさからか影を潜めていた気難しさがふたたび表にあらわれはじめたのだ。
 あのふたりはまるでひとが変わったようだ、というのはそのころBGの研究員たちの間でよくささやかれた話である。
 陰と陽が入れ替わるがごとく、マノーダ博士は以前は押し殺していた傲慢さを隠しもせずに振る舞うようになり、ギルモア博士は口数すらもめっきり減らしてしまっていた。
 「例の手術、きっとあれは皮膚移植なんかじゃないね。性格を交換してしまったのさ」
 ある口さがない研究員はそう言い、聞いたものは皆よい冗談を聞いたと笑った。
 ちょうど、ふたりの関係が破綻したころのことだった。



(全身麻酔ネタ入れられなかったのが無念)

コメント一覧

未承認 2013.05.19 Edit

管理者に承認されるまで内容は表示されません。