「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルははじめの一歩。
こらまたエラいのが来よったな、というのが、会長が星洋行に抱いた第一印象だった。
「こいつ門下生になりたいんやと」
まあワイの力に惚れこんだっちゅうことやな、カカカ。と、なぜか顔を腫らしている千堂が傲然と笑った。
「押忍」
かしこまって控えている星を見ると、がっちりした体格とするどい眼光を持ち、おそらくなにかの武道をおさめているのだろうとひと目で知れた。聞けば空手経験者とのことで、いかつい外見と言動にも納得がいく。まあ入門したいという人間は大歓迎だし、断る理由もないが……。
「あんなぁ千堂」
口をひらいたのはトレーナーの柳岡である。できるだけ強い眼光で千堂を睨みつけるが、この面の皮の厚い男にはまるきり届いていないようだ。
「その顔はなんや」
「あぁこれか。こいつ生意気にも道場破りに来よってな、こらワイが相手したるわ思てんけど、まぁハンデつけたらなあかんやろ。拳一発だけ受けたったんや。柳岡はん、こいつなかなかのモン持っとるで。ワイが言うねんから間違いあらへん」
柳岡は無言で千堂をはたき倒した。
「な、なにすんねん?!」
「こんダァホ誰が勝手に外部の人間とスパーしてええ言うた!」
「ワイが負けるわけあらへんやんけ」
「そないな問題ちゃうわボケェ!」
そのまま説教がはじまるのを、ジム生たちは、あぁやっぱり……という目で見ている。会長としては「わかっとるんやったら、なんで止めてくれへんかってん」とため息のひとつもつきたいところだったが、かれらにそれを求めるのは酷というものだろう。
千堂と、その頭に鉄拳制裁を落としている柳岡はさておくとして、置いてけぼりにされてちょっと困っているような星を会長は手招きした。
「ほなちょっと手続きの説明だけさせてもらおか。ああ、あっちは気にせんでええさかい」
「は、はぁ」
そういう経緯を経て、星洋行はめでたく入門したのである。
結論から言えば、星はたしかに「なかなかのモン」だった。空手出身だけあって体もつくりこんでいたし、基礎的な運動能力も高く、そしてなによりセンスがある。この点に関しては、千堂の眼が確かだったということか。
はじめこそ、道場破りに来たというので呆れていた柳岡も、いざ担当してみると逸材であるとわかり、すぐに本腰を入れはじめた。「新人王取るかもしれまへんで」と、大口を叩かぬ柳岡にしては珍しいことを会長に言ってもいる。むろん、星本人のおらぬところでだが。
ただひとつの、そして最大の欠点は千堂に心服しすぎている、ということだろう。人気・実力ともに日本トップクラス――いや日本一だというものは数多い――の千堂は、ここなにわ拳闘会の言わばボスであり、新参者の星が従うのは道理だ。
しかし千堂に言われたことは律儀に守る絶対服従の様は、さながら犬のごとしである。
「あいつは土佐犬みたいなやっちゃな」
と、ある日練習風景を見ていた会長は柳岡に言った。
「星のことですか」
「そや。顔が怖ぁて四角い、体がでかい、力が強い、目上のもん、ちゅうか千堂には絶対逆らわへん。まさに土佐犬や」
「なかなか似合うとりますな。しかし今回は千堂に感謝せなあかんかもしれませんわ。星のやつ、あっちゅうまに看板に成長してくれましたさかい」
虎が土佐犬を拾てきたいうことですわ、とその虎を拾ってきた柳岡はつけくわえた。
ほなお前は飼育係やな、とあやうく言いかけて会長は口を閉じた。
それを言えば、自分が動物園の園長にでもなってしまったような気がしたのだ。