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お題「過去にタイムスリップ」

 うんうん唸りながら未消化リストとにらめっこをしていたら、ふと「残り全部博士ネタで書けるやん!むしろ消化分も全部(以下略)」と気づいてしまい、我ながら笑えるやら呆れるやらへこむやら。
 気を取り直して「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルはセーラームーン(アニメ5期)。
 いや、だからって本当に全部博士ネタにするのはさすがにどうかと思って……(あらぬほうを見つつ)。
 続き


 「――え?」
 それを聞かされたとき、彼女はぽかんと母の顔を見つめているばかりだった。
 スモール・レディ、とたしなめられ、あわてて表情をまじめなものにする。ここは二十世紀の十番街ではなく、三十世紀のクリスタル・パレス、自分も「ちびうさ」という名の少女としてふるまうべきときではない。
 「二十世紀へもう行ってはならない、ってどうして……?」
 茫然と自分の言った言葉をなぞる娘を痛ましげに見やり、ネオ・クイーン・セレニティは膝を折って彼女と視線を合わせた。昨年、修行のために送り出したときに比べるとスモール・レディの背丈はずいぶん伸びている。
 「スモール・レディ、よく聞いて。あなたが暮らしたあの時空は、「ここ」から遠く隔たってしまったの。セーラームーンたちのいる二十世紀は、もうわたしたちの「過去」ではありえないし――セーラームーンたちの「未来」でもなくなってしまった」
 「わからないよ、そんなの」
 小さな両手でドレスのすそをつかみ、スモール・レディはうつむいた。かなうならば地団駄を踏みたいけれど、母の前ではどうしてもできない。
 (相手がうさぎだったらどんなわがままだって言えるのに)
 これが意地悪や、カリキュラムをこなさなかった罰だというなら、自分はどんな手を使ってもパレスを抜け出していたと思う。だが、母の声音ときびしい表情が、これをただの罰として言っているのではないと告げていた。
 修行を終えて三十世紀に戻ってから、いったいどれくらいの時が経っただろう。すべて水晶で形成されたパレスの中は、いやこの惑星全体では時間はゆったりと流れるものであり、すべてがめまぐるしい二十世紀とはあまりにもかけ離れてしまっている。
 だから、ほんの少し月島の離宮を抜け出して、たくさんの友人に会いにいこうと思っただけなのだ。
 (また遊びにおいで)
 笑顔で送り出してくれたみんなの顔を思い出し、スモール・レディの目に涙が浮かぶ。
 さみしさが、パレスの奥に存在する禁足の地のひとつ、時空の扉へその足を向かわせた。そこには扉の番人、そして彼女の大切な友だちでもあるセーラープルートがいる。
 だが、意に反して扉の前は無人だった。いついかなるときも扉の前を離れてはならない。それがプルートのさだめであるはずなのに。
 立ちすくんでいた彼女に、声をかけてきたのがクイーンだった。離宮から突如姿を消した自分の娘がどこに向かったか、あらかじめ知っていたかのように現われ、そして告げた。「二十世紀に行くことは、もうなりません」と――
 は、とスモール・レディは顔を上げた。
 「ママ、二十世紀になにかが起こっているのね。プーがいないのは、二十世紀に向かったからなんじゃ……!」
 娘の推測を、クイーンは沈痛な瞳の色だけで肯定した。その様子に勢いこんでたたみかける。
 「なら、だったらっ!やっぱりあたしも行かなきゃ……。あたしだってセーラー戦士なんだから!」
 「いけません」
 けれども、クイーンは娘の言葉をきっぱりと拒絶した。感情のたかぶりから震えるスモール・レディの肩を優しく、しかし強く抱きしめる。
 「ブラック・ムーンだけならば、まだよかった……」
 母の口からこぼれた名に、はっと身をすくませる。それは幻の銀水晶と歴史の改変をねらい、かつて襲来した一族の名だった。
 「かれらの邪悪なたくらみは潰え、わたしたちの歴史は破壊されずにすみました。だけど「本当なら起こりえなかったこと」を修復するため、時空は徐々に形を変えていったのです。……沈黙の戦士セーラーサターンの覚醒もそう。ゴールデン・クリスタルのありよう、ネヘレニアの牢獄からの解放。すべてが、もはやわたしの過去から遠く隔たってしまっている」
 「でも、でもママは知っていたんでしょう?ほたるちゃんが……サターンが覚醒するって。だからあのとき、プーを二十世紀へ送り出したんじゃないの?」
 「セーラープルートは時空の守り人。プルートは、いついかなるときもただひとりだけが存在する、いわば時空間の結集点なのです。あのとき、あなた、そしてセーラームーンたちの手助けとしてわたしができたのは、プルートにたくすことだけだった……。あたしはすべてを知っているのに!」
 クイーンが苦しげに眉を寄せる。スモール・レディはふとそこに、はかりしれぬ懊悩と孤独を見て取った。彼女にとって母というものは、愛によって広く包みこんでくれる存在であり、痛ましさや弱さなどからは遠いものだと感じていた。
 けれどもどうしたことだろう。これまで気づかずにいた内に秘められたるそれらを目にしたとき、張り裂けんばかりの悲しみがクイーンの美しさをなおも輝かせているのがわかったのだ。
 悲しみ――そう、いまのスモール・レディにはそれがわかる。
 「ねえママ、ママは……あたしと、「ちびうさ」と会ったことがある?」
 おそるおそる投じられた問いに答える言葉はない。だが、胸に広がる痛みをこらえるかのような指の震え、揺れる睫。真実を知るのに、それ以外に必要なものがあるだろうか?
 「ママ、ママ。あたし、もうみんなには会えないのね。あたしを知っている十番街のみんなは、ここからじゃもう遠すぎるんだ……」
 クイーンは、まるで幼子のように泣きじゃくる娘とただ抱きあう。もう会えないのだ、とクイーン自身も知ってしまったから。
 「スモール・レディ、いまはお泣きなさい。でも、あなたが出会った人々、あなたの身に起きたできごとのすべてがなくなってしまったわけではありません。心の中にある限り、みんなはいつもそばにいるのよ」
 娘の瞳をしかと見つめ、クイーンは言った。だから、わたしたちはセーラームーンを信じましょう、と。
 「愛と正義の戦士はどんな敵にも負けないもんね」
 「ええ。なにが起こっても、きっと彼女ならなんとかしてしまうでしょう?」
 いまだ涙をこぼしながら、それでもスモール・レディは微笑んだ。




(ギャラクシア編にちびうさが出てこなかったのはなんでだろう的な)

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