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お題「惚れ薬」

 拍手いただきましたー。ありがとうございます。

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは009。辛気臭いのが続いたから馬鹿話。続き


 「ふう、やはりいちばん落ち着くのは我が家じゃな」
 数日ぶりに自邸に戻ったコズミ博士は開口一番、まるで旅行から帰ったばかりの人間のような台詞を口にした。くつろいでいる姿もそのようにしか見えない。
 ただし、博士がブラックゴーストのサイボーグにさらわれていたことを知らなければ、の話だ。
 もちろん事情を承知の――というより、コズミ博士を助けるため奔走したゼロゼロナンバーたちが博士を見やるまなざしは、各々異なる色あいの感情が見え隠れしている。つまり、単純に博士の無事を喜ぶものから、ピントのずれた発言に首をひねるものまで。なかには、さすがギルモア博士の友人をやっているだけあって、懐が深い……と感心しているのかそうでないのか判断のつかないことを考えているものもいた。
 ただし、001だけはあいかわらずなにを考えているのか不明だったが。
 「コズミくん、本当に無事でよかった」
 ギルモア博士はさっきから涙を流さんばかりに喜びをあらわにしている。
 「わしこそ助けてくれた礼を言わなくては。なに、さらわれたとはいえ、きみらのおかげで大した怪我もないわけじゃし、血沸き肉踊るような冒険をしたと思えばいいことじゃ」
 やはりこの老人、どこか大幅にずれている。
 「と、ところでコズミ博士。ぼくたちはそろそろ出発しようと思うんです。ブラックゴーストにも見つかってしまいましたし……今回のようなことが、また起こらないとも限りません」
 「そうか……きみらがいなくなるとなると、またさみしくなるのう」
 コズミ博士は、009の言葉に見るからにしょげかえる。だが問題はそれだけではない。口を開いたのは004だった。
 「おれたちが出て行くことで、ブラックゴーストにさらわれることはなくなるとしても、だ。もうひとつ考えなくちゃならん相手がいるだろう」
 「……あの黒服たち!」
 気づいた面々がはっと身を強張らせる。コズミ博士の研究している不老不死の薬を狙って、屋敷にたびたび襲撃してきた輩だ。おそらく雇い主は、博士に薬の販売権を執拗に求めてきた某製薬会社だろう。
 やはり襲撃してきたブラックゴーストと鉢合わせたこと、そしてなによりも009たちの活躍で退けられたとはいえ、かれらが博士の身柄をこれからも狙いつづける可能性は充分にありえた。
 「こうしたらどうだい?いっそ大々的に薬のことを発表しちまうんだ。目立ってしまえば、製薬会社もおいそれとは手出しできなくなる」
 指を鳴らして言う002だったが、博士は静かに首を横に振った。
 「それはいかん。この薬はまだまだ未完成じゃ。できていないものを、できた、と言うのは信義にもとる」
 「じゃあ、不老不死の薬なんかない、と否定するのはどうかしら。研究したけど結局失敗に終わった、とか」
 「うーん。博士が未完成だと断ってもつきまとうような連中だ。存在を否定しても素直に信じるかどうか……」
 「そうヨ。それに、なにかしら研究を続けていれば、きっとどこからか嗅ぎつけてくるアルヨ」
 「待てよ、そうすると、コズミ博士が研究を続けても不自然でなければいいんじゃないかな」
 「どういうことだ009」
 「簡単だよ。不老不死の薬は失敗したから、別の薬を研究しはじめた、という話を広めればいい。それも、できるだけ馬鹿馬鹿しいものがいいな。あまり世間の注目を集めないような」
 なるほど一理ある。ほかの面々は得心し、コズミ博士本人も頷いた。
 「だけど別の薬とはいってもなにがいいの?」
 「惚れ薬なんてのはどうだ」
 「おいおい、そりゃいくらなんでも――」
 「うむ。惚れ薬はもう作っておるしな。……おやどうしたんじゃ?みんな椅子からずり落ちて」
 「つ、作ったんですか博士。惚れ薬を?」
 そうじゃよ、と博士は簡単に言って懐から小瓶を取り出した。「ハートにドッキリ惚れ薬」とピンク色の字で書かれたラベルが貼ってある。ひょっとして肌身離さず持ち歩いているのだろうか。
 「おお懐かしい。大学時代を思い出すわい」
 「ほっほっほ。あのころは若かったのうギルモアくん。ずいぶん荒稼ぎをしたものじゃ」
 博士たちは謎の発言で笑いあっている。もしかして学生のころにその薬を作ったのか。賞味期限は大丈夫なのか。荒稼ぎってなんだ。怖くて聞けない。
 「ちなみにこんなのもあるぞ」
 いったい何本入っているのか知らないが、コズミ博士は懐から二本目の小瓶を取り出した。今度のラベルには「効き目抜群☆フサフサ毛生え薬」とある。
 「この惚れ薬に毛生え薬、ええいついでにピッカリ美肌薬と痩せ薬もつけよう!さらに未完成の研究からランダムで出てくる試薬品をおまけにつけて、なんとポッキリ五千円ー!」
 「買ったぁッ!」
 どこから取り出したのか、ハリセンをテーブルに叩きつけるコズミ博士に乗せられ、007も財布を叩きつける。きっと毛生え薬に反応したに違いない。
 「ちなみに」
 と、コズミ博士は立てた人差し指を左右に振った。
 「かれこれ40年前に作ったものじゃから効果は保障できん」
 「売るな、そんなもんを」
 「あのー……、博士は本当に不老不死の薬なんて作ってるんですか?」
 「……ふぉっふぉっふぉ」
 あからさまにコズミ博士が視線をそらしたので、真相はいまもって不明である。

 ちなみに毛生え薬を服用した007だが、変身能力の都合上なのかサイボーグの頭皮にはさっぱり効果がなかったらしい。もっとも、そもそもが怪しい薬だったからなのかもしれないが。

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