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ビジネスライク(オーフェン小話)

 ふと「私もバレンタインにあやかった話を書くべきではないのか」というよくわからない使命感に駆られ……たんだが、「009」とかはともかくとしてキエサルヒマにカカオって栽培されてるのか?と素朴な疑問が。いやでも「血涙」でクリーオウとマジクがチョコレート食べてたか。きっと天人種族あたりがキエサルヒマの気候でも育つように品種改良したんだろう。
 と、納得できたところで書いてみたよ。続き

 数冊のファイルを小脇に抱え、サルアは足早に廊下を歩む。これから始まる会議では、スポンサーお歴々にかなり詳細な報告をしなければならない。会議の前に資料の整理と確認をしておきたかった。
 地下室で行われる例の「会議」に比べれば、スポンサーを相手にするこちらの方が話は簡単だ。情報をまとめ、数字を提示し、不満を述べる相手にこちらの要求を呑ませるよう駆け引きする。それが基本だ。
 ――いや、質は違えど、しち面倒くささはどっこいどっこいだな。思いなおしながら、警備員がふたり待ち構える扉の前で足を止めた。扉には「大会議室」と金文字で記されたプレートが下げられている。
 役職と姓名を名乗り、そこではじめて警備員が扉を開けてくれる。警備員が参加者の顔や名前を覚えるようになっただけ、改善されたというべきだろう。当初はいちいち確認が必要だった。
 入室すると、何名かのスタッフがすでに着席している。事前の準備が必要なのは、どうやらサルアだけではなかったらしい。各々ファイルやら書類やらを広げている。その中に、メッチェンの姿もあった。
 猛烈な速度で訂正や注釈を書き入れているメッチェンの右隣に腰を下ろす。そのことに気づいてはいるだろうに、反応する時間も惜しいのか視線もよこしてこない。
 ちらと見やると、よほど訂正を必要とする箇所が多いのか、すでに書類は真っ黒になろうとしていた。
 近寄ってはじめて気がついたのだが、メッチェンはなにやら口中で毒づき続けている。慣れぬデスクワークに苛立ちも募るのだろう。もちろんそれはサルア自身にも言えることである。昨日秘書に渡されたきり、ろくに目を通していなかったファイルを開く。
 意外にも、というべきだろうか。こうした類の作業を得意としているのは、むしろオーフェンだった。仮にも魔王とあだ名される史上最悪の犯罪者なのだが、そのあたりはさすが《塔》で教育を受けた魔術士である。書類仕事はお手のものらしく、悪戦苦闘するメッチェンを手伝っているのを、たまに見かけたことがあった。
 当の魔王はというと、今日のような大きな会議には出席していない。姿を見せたとしても、警備員にまぎれているか監督の護衛役といった風体で背後に控えていた。
 魔王がアーバンラマで開拓計画に加わっているのは、ほとんど公然の秘密となっている。それでも書類上、オーフェンの名はどこにも記されることがなかった。本人が肩をすくめて言うには「ただの使い走りだ」ということらしい。
 字面を追ううち、目が滑りかけるのになんとか抵抗しながら、サルアはテーブルに置かれた小皿に手を伸ばした。
 今日の会議は運がいい。めったにないことだが、茶菓子が用意されている。それとも、この菓子にすらスポンサーが噛んででもいるのだろうか?菓子メーカーが開拓委員会に参入しているとは聞いたことがなかったが。
 包み紙をとくと出てきたのはチョコレートだった。ペンを持つ左手を休みなく動かし続けるメッチェンに声をかける。
 「食うか?」
 「うん」
 短く答えた口にチョコレートを放りこんで、あらためて自分の分を皿から取る。口に入れると、柔らかな甘味が舌の上に広がった。犬歯が黒い塊を噛み砕く。
 ふたりぶんの唾液がついた指を包み紙でぬぐい、ふたたびページを繰ると、たちまち数字の洪水が押し寄せてきた。うんざりしつつ、別のファイルを開いてそちらの資料と照らし合わせる作業に没頭する身には、寄せられるなんともいえない視線など届いてもいない。

 数時間後、オーフェンがコンスタンスに意味不明な抗議を受けるのだが、それは別の話である。



(当人たちとしては、ただ単に食べるの手伝いましたよでもそこに「夫婦」という肩書きがつくとなんだかな的な。つまりビジネスライクもいきすぎると大変なことになる説)

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