「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは福本(銀と金)。これもカップリングっていうのかなー。
カプとして書いたつもりではないですが、そーゆーのを匂わせてるんで苦手な人はご注意を。てか、怒られそうな話だよなと自分でも思う。
「赤ちゃんができたの」
背後から投げかけられたそのひとことは、森田鉄雄の頭に沸騰したような激情を与え反射的に振り返させはしたが、田中沙織の顔と向かいあうころには冷静に戻っていた。
田中はなにげなしに冗談を言ったふうでも、重い決意を明かしたわけでもない。ただ言葉を口にしただけ、とそういう目である。荷造りをしている森田の手は止まっていた。といっても森田の私物はさほど多くはない。小さな旅行鞄にすべておさまってしまう。
無言で自分を見る森田に、田中も悟ったらしい。正座していた膝を崩した。
「――って言ったらどうするかなって思ったんだけど」
やっぱりばれちゃった?そう言い、田中は唇を笑みの形に作った。
「そりゃわかるさ」
田中は嘘が下手なのだ。森田はできるだけ田中の膝を視界に入れないように向き直った。いまは色の濃いストッキングで隠されているが、そこには銃で撃たれた跡がある。田中の膝を意識に入れてしまったことで、森田も自分の古傷を思い出さざるをえなかった。しくりとした痛み、それを振り払うかのように、問う。
「だがなぜ、そんなことを?」
嘘や猿芝居など森田にはすぐ見抜ける。田中もそれはよくわかっているはずだ。
「意味や理由なんてないわよ」
答える田中はあっさりとしたものだ。だがふと思い直したように言葉を重ねる。
「びっくりさせてみたかったんじゃないかしら、たぶん」
「まあ……確かに肝は冷えた」
田中の目に非難の光がともったように思えた。今度はあちらが森田の嘘に気づいたのだ。田中にはけして森田を焦らせることなどできはしない。激しはしたが。
そう、あの一瞬確かに森田は激した。あれは怒りだったのだろうか?
「もう行くよ。この半年、本当に世話になった」
ポケットから鍵を出すと、森田は床の上にゆっくりと鍵を置いた。はじめから半年間という約束だったのだ。それが今日、終わる。
半年前、神威家の一件が終わり退院した森田にはむろん行く当てなどなく、気が抜けていたところに声をかけてきたのがこの田中だった。森田よりは傷の軽かった田中は、傷が癒えるか癒えないかのうちにすぐさま逃亡の準備を整えていたようだ。おそらくは安田あたりの手助けがあったのかもしれない。だが、森田はそれについて問い質したことがなかったし、田中もなにかをほのめかしすらしなかった。
森田が立ち上がる。元が頑健だからか、その様子には重傷のあとなど少しも見られない。街で行き会ったとして、誰もがかれをただの若者としか思わないだろう。見送るために田中も腰を上げた。
「それじゃ、さようなら」
「さようなら。……元気でね」
ドアを閉める一瞬、こちらを見た森田はわずかに笑ったようだった。
それから先、田中が森田の姿を目にしたことは二度とない。