記事一覧

お題「ナンパされる」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは魔術士オーフェン。
 続き

 「えーと……」
 ドーチンはうめいた。兄、ボルカンは頭に大きなコブを作ってのびている。さきほど船が揺れた拍子に崩れた木箱が兄に直撃したのだ。しかも角が。
 船。そう、ふたりは船に乗っていた。キエサルヒマ大陸の原住民である地人種族は伝統的に水を嫌う。身体の構造上水に浮かばないためで、川や池などはかれらにとって鬼門だった。もっとも、地人自治領マスマテュリアでは湖水はすべて凍てついており、溺死の心配だけはない。
 なのにどうして船になんか乗りこんでるんだろう僕。ドーチンは己に問うた。
 簡単なことだ。まず兄が、故郷に帰るかと言い出した。ここまで兄に無理矢理引きずられてきたドーチンもそれに同意した。勘当されて飛び出した故郷だが、兄も里心がついたのかもしれない。まあ、あれだけの目に合えば里心以前に帰りたくもなるだろう。
 問題は、船に乗ろうと言い出した兄を止められなかったことだ。なぜもっと強く制止しなかったのか。いまさら悔やまれる。借金取りたちに置き去りにされた荒野から、絶食状態で人間種族の街にたどりついたときだったから、つい頷いてしまったのだ。しかしそれはもういい。兄を止められないのはいつものことだ。
 金などないから密航する羽目になったのも、それがばれて水夫にこき使われるのも、なんだかもー全部がいつものことだ。
 しかし乗りこんだ船が難破するのはいつものことではない。断じてない。
 「えーと……」
 船室がどんどん傾いているのがわかる。これは想像だが、いまは天井近くになってしまったドアから、遠からず水が吹き出てくるのではないだろうか。さっきまで感じられた人の気配も、皆逃げ出してしまったのか、もうない。声を出しても助けは当てにできないようだ。
 (でも結局、こういう状況ってさ)
 ドーチンは心中でうめく。閉じ込められたうえに大量の水が流れこんでくるというのは、かれらにとっていつものこととしか言いようがない。

コメント一覧

コメント投稿

投稿フォーム
名前
mail
URL
コメント
削除キー