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お題「子供になる(身体的)」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは009。
 続き

 「よし、わかった。我が輩は子どもになるからな」
 などとグレートが言い出したのは数日前のことだった。最年長だの、年寄りだの、じいさんだのじいさんだのと散々からかった末に飛び出た、いつものおどけた捨て台詞。
 ……だとばかり思っていたのに、みんなの前に戻ってきたグレートは、宣言通り十かそこらの子どもの姿になっていた。張々湖飯店も休んだりして、どうも姿を見かけないと思ったら、こっそりギルモア博士に頼んで手術してもらっていたらしい。そこまでやるか。
 「かれの能力は細胞の分子配列を変化させることによる擬態じゃが、その基本形態は改造前の外見に設定されておる。その設定を変化させて子どもの姿にしたのが今回の手術の趣旨じゃ。重要なのはウンタラカンタラ」
 ギルモア博士がしたり顔で解説しているが、誰も聞いちゃいない。
 こんなことを思いつくグレートもグレートだが、実行する博士も博士だ。フランソワーズはそう言って怒っている。あれは当分おさまらないな。
 しかし本人は「これでだれも金輪際おいらを年寄りだなんて呼ばないだろ?」とご満悦だ。喋る声はしゃがれてなどいない、変声期前の子どものもの。外見も、みんなのよく知るグレートは数十年前はきっと実際にこんなだっただろうと思える。髪の毛が一本もないのはそのままだけれど、これは禿頭というより坊主頭と呼んでやったほうがいいだろう。
 みんな怒ったり、呆れたり、何かしら考えはしても無言を貫いたり、とまちまちの反応を見せたものの、しばらくするとみんな慣れてしまった。人間は順応する生き物なのだ。フランソワーズもあれだけ怒っていたのをすっかり忘れている風である。
 よくしたもので、グレート本人もいまは外見に合わせた振る舞いをするようになっている。このあたり、さすが役者、と言うべきだろうか。張々湖飯店でもなかなか人気者になっているらしい。

 そんなある日、ひょんなことからある公演のチケットを二枚手に入れた。グレートを誘ってみるか、そう思い立ったのは、主役として記載されていたのが、グレートお気に入りの役者だと思い出したからだ。
 (奴さんのシェイクスピア演劇、機会があれば見たいもんだなあ)
 記憶の中のグレートは、むろん冴えない中年男の姿だったが。というわけで蝶ネクタイに半ズボン姿のグレートを連れて出かけた次第なのだ。
 舞台は素晴らしいものだった。瞬時に引きこまれたが最後、一秒たりとも現実世界に帰ることができなかったほどには。グレートもさぞかし喜んでいることだろう。そう思って隣の席を向くと、目に入ったのはくうくうと寝息をたてているかれの姿だった。
 「だってしょうがないじゃないか。おいら、まだ子どもなんだぜ」
 そんなことを言うグレートは、口をとがらせながらソフトクリームをなめるという、妙な器用さを発揮している。
 「格言ばかりの台詞じゃ、子どもには難しすぎるよ。あーあ、ソフトクリームはおいしいなっと」
 生意気なことを言う。そう思ったが、ふと首をひねる。そういえばグレートがあんなことを言うものか?なぜか背筋のあたりが冷たくなった。
 スキップして前を行く子どもは、いったい何者なんだろう。

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