「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルはおお振り。
バットを握った田島がうなっている。さっきから何度も握りを変えたり、フォームを修正しては、そのたびに首をかしげてまたバットを握りなおす、ということを繰り返していた。いつもなら鳥肌がするほどの風を切る音は、今日はまだ一度も聞こえない。
「田島ァ、なにやってんだよ」
着替えを終え、グラウンドに出てきた泉はそんな田島に声をかけた。隣では三橋も目をぱちくりとさせている。
今日の一年九組は教師の温情で授業が早く切りあがり、幸運にも掃除当番でもなかった田島が一番乗りをしたのだ。不運な掃除当番だった三橋と泉ができるかぎりの猛スピードで掃除を終わらせてグラウンドに飛んでくると、田島がうなっていたのである。ほかの部員や監督は、まだ姿を見せていない。
泉の声も耳に入っていないのか、田島は生返事をしてまたバットを構える。しかし、やはりどこか気に入らないらしく、しばらく考えこんではまたバットを下ろしてしまった。
どうやら集中しきっている。泉は肩をすくめて、三橋をうながして練習の準備を始めることにした。そうこうしているうちに全員集まってくる。
「あれ、田島どうしたんだ」
「田島の顔、ウンコ我慢してるみてー」
「汚ねーぞ水谷!」
「そうだよ、オレ昼カレー食ったんだよ」
「いいぞ西広、もっと言ってやれ」
「あ、でもウンコもらしそうなときってあんな顔だよな」
「阿部も黙れ」
水谷の冗談にブーイングが飛び、口には出さないものの昼に食堂でカレーを食べた沖はあははと気弱に笑ってみせる。
「遅れちゃったごめんー!あ、監督からメールがあってね。少し遅れるからはじめてて……って、田島くんどうしたの?」
いいタイミングで篠岡が来てくれたのでウンコの話は強制終了した。よかった。
「おい田島、ちゃっちゃとしろよ。準備はじめっぞ」
怖いぐらい真剣な顔でうなっている田島に声をかけたのは花井だった。また返事もないかと思われたが、くるりとみんなの方を向く。
「たいへんだ。どうしよう、バッ子が」
バッ子?全員の声がハモった。田島がバットを掲げる。なんの変哲もない、ただの金属バットだ。
「おれのバットだよ。みんな、バットに名前くらいつけるだろ」
「つけねーよ」
またハモる。栄口だけはそう言いつつ、あさっての方を見ていたが。
「昨日、間違えて巣山のバット使っちゃったんだよね。そしたらなんかむちゃくちゃ調子よくってさあ。巣山と交換してもらうかな、ってバッ子に言ったら、握りが変になったんだ」
だからバッ子ってなんなんだよ。
巣山は、見当たらないと思ったら田島が使っていたのか、と頭を抱えている。新設の野球部では、古い備品と購入したばかりの新しいものが入り混じっていたこともあり、四月の時点でバットは奪い合いの対象になったのだ。名前を書いているわけではないが、それぞれ専用のバットという感じになってしまっている。
「おれ、バッ子に浮気したって思われたのかなー。どうしよう」
いつのまにか半泣きになっている田島を囲み、みんなもうなった。ただし、呆れたり田島に共感したりと、それぞれ理由は違っている。
「オ、オレ自分の以外は使わないようにする」
「そだね。モノには心が宿るっていうしね」
やや的外れな決意をする三橋に、西広は力なく同意するのだった。