「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルはセーラームーン(原作第三部)。
放課後の教室は生徒たちの声でにぎやかだ。皆、間近に迫る体育祭の打ち合わせで熱心に話し込んでいる。
だから教室の引き戸が開けられたときも、入り口近くにいた数人の生徒だけがそれに気がついた。振り返ったものはそこに海王みちるの姿を見つけ、驚きの声があがる。
「はるか」
今日はあたしと約束だったでしょ?目当ての人物の名を呼ぶと、みちるはかたちのよい唇をとがらせた。みちるのような人間がそういう幼い仕草をすると、不思議と愛嬌がある。
「悪り、もうそんな時間だったっけ」
行儀悪く机にあぐらをかいていた天王はるかは鞄を引っ掴むと、周りを取り囲んでいた同級生たちの輪を抜け出し、みちるの元まで歩み寄った。
「あんまり遅いんだもの。迎えに来ちゃった」
「フ、ン……!じゃあそういうわけだから、オレは先に帰るよ」
謝意のつもりか片手をひらひらと振るはるかに、つぎつぎとブーイングややっかみの声が投げかけられる。それらの声を断ち切るように戸を閉め、ふたりは夕闇たちこめる廊下を歩き出した。
はためには、放課後のささやかなデートを待ちわびる少年少女のように見えただろう。だが、放課後の約束といってもかれらのそれは断じて生易しいものではない。
太陽系に仇なす敵が巣食い、闇うずまく無限学園最深部の調査、それこそが目的だった。
なにも知らぬ生徒たちは、歩くふたりを見かけて遠くから歓声をあげ、あるいは騒ぎはしないまでも憧憬の吐息を漏らす。かがやく才能をきら星のごとく集めた無限学園にあってもなお、かれらは際立っていた。
「助かったよ。なかなか離してくれなくってさ、あいつら」
「あら、でもずいぶん楽しそうだったじゃない?」
「まあな。フィジカル・クラスの連中にとっては体育祭は純粋に待ち遠しいんだよ。そういうところは普通の学校と同じだ」
そう、一見して違いはない。言外に別の意味をこめて眼差しを厳しいものにする。
「はるか」
と、みちるに軽く腕をおさえられ、はるかは表情をやわらげた。
苦笑する。これだからオレはみちるに頭が上がらないんだ。
「だけどわかる気がするわ。芸術クラスの子たち、ぜんぜん盛り上がってないもの。今日だって、種目を決めたらさっさと解散したし……。そうだ、あなたは何に出場するのかしら?」
「ああ!せっかく忘れてたのに思い出した!聞いてくれよみちる、よりによって応援団に選出されちまった」
苦々しげなはるかの声に、みちるは首をかしげた。応援団というその単語に、はるかが嫌いそうな要素は混じっていないように思う。
「なにを考えてたんだか、ばかな奴が言い出してさ……。男女で服を入れ替えるんだよ。女子の学ランはまあいいとして、男子はポンポン持ってチアリーダーの衣装を着なくちゃならないそうだ」
頭痛をこらえるかのように眉間を押さえ、ぶつくさぼやく。
「それは……たしかに困ったわね」
だが言葉とは裏腹に、みちるはくすくすと笑いを漏らしていた。たしかに、どちらがどちらの格好をするのか、わかったものではない。
「面白がってるだろ」
いまは涼やかな少年の容貌をしているはるかの片目に、剣呑な光が宿る。もう片方は、この事態に困惑していることを物語っていたが。
「ねえ、そんなに嫌?つまり、この状態で女の子の格好をするのが、ってことだけど」
「嫌、なのかな。わからない。どちらもオレであって、分けて考えているわけじゃないから」
少しうつむく。そうすると夕闇がはるかの顔に複雑な陰影を作りだした。時と場合に応じ、男女ふたつの姿をとるはるかは、ごくたまにこうした不安定さを見せることがあった。
「あまり深刻に考えないことね。お祭だもの、気楽にやればいいのよ。ええと、どちらがどちらでも、はるかには変わりないんだし」
「他人事だと思って勝手に言ってないか?まあ、でも……見られたりするのは、嫌だな」
だれに、とは口に出さない。それでも、はるかの言わんとするところを、みちるは正確に理解した。遠くから見守っていたはずなのに、いまはこれほど近くにいる、まだ幼い――彼女。彼女たち。
「そうね。あの子たちが調査に乗りこんでこないことを祈りましょ」
「まったくだ」
はるかは肩をすくめて同意した。
(あの学園に体育祭なんてものがあるのか?)