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お題「記憶喪失になる」

 なんのかんの言いつつ折り返しに入ったでござるよ。さすがに年内完走は無理かなー。
 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルは福本(アカギ)。続き

 着いた早々、アカギが引き起こした倉田組との悶着に遭遇し、出血から意識を失ったアカギを病院へ担ぎこんで後始末を終えたころにはもう東の空が白んできていた。
 あらためて倉田組へ頭を下げに行き、アカギの傷を診た医者には多少の色をつけた代金を払ったうえで警察沙汰にはしてくれるなと言い含めて了解を取りつけ、と方々を回るとそのような時刻になる。
 してアカギの傷の具合は、と尋ねると、出血はひどかったものの刀は神経にまで達しておらず縫合もうまくいったと聞かされ、仰木はひとまず胸を撫で下ろした。
 病院というのは嫌ぁなもんだな。消毒液のにおいに隠れひそむように、そこかしこに澱む気配に拒絶感をおぼえながら、仰木は病室に足を踏み入れた。
 背を丸めて椅子に腰かけた安岡は眠るアカギを注視したまま振り向きもしない。
 「始末も無事ついた。怪我もたいしたことがないようだし……まぁ万々歳というところだろう」
 それを聞かされても、あぁ、と安岡は生返事である。
 「しかし、随分な男だな。安岡さん、あんたの話は正直なところ話半分で聞かせてもらっていたが、この男は本気で命が惜しくないのか?」
 「そうだな」
 「……ところでだ、尋常でない度胸の持ち主だとはおれも分かったが、やはり実力というのを知りたいんでね。東京に戻ったらうちの代打ちと一度卓を囲んでほしいんだが――」
 「やめておけ」
 ぴしゃり、と安岡は話を遮ってきた。その顔色は、自分が斬られたわけでもないのに血の気が引いて真っ青だった。
 「そんなことをしてみろ、鼻で笑われるのがオチだ。それだけじゃない、今回の話そのものを蹴るかもしれん。だいたい、自分の実力をひけらかすような真似など、絶対にせんさ。アカギはな」
 「……」
 仰木は了解のしるしに、タバコを持った右手を上げる。これはまた、随分といれあげたものだ、とは言葉には出さないでおいた。アカギという男をあの怪物の元へ送りこむ、という話を安岡に持ちかけられたときから薄々感じていたことではある。信じられぬほどの逸話の数々を聞かされながら思ったことだ。高く買っている、というどころの話ではない。

 麻酔や疲労のためか、アカギの目が覚めたのは日も暮れる間近になってのことだった。自分の置かれた状況を確認しようとしてか、焦点の定まらない瞳がぐるりと見渡す。
 「お、おお……!アカギ、大丈夫か?」
 一睡もしないで様子を見ていた安岡の感極まった声には反応せず、アカギはむっくりと起き上がった。
 「無理するな。もう少し寝ていろ」
 そう声をかける仰木と、身を乗り出さんばかりの安岡の顔をとっくりと見つめたあと、アカギはいやにさわやかな声で言った。
 「あなたたち、いったい誰なんです?」
 沈黙が場を支配した。こいつは何を言っていやがる?顔を引きつらせた仰木はともかく、安岡は明らかに石と化していた。
 「ア、アカギ……?」
 震える声で安岡がようようそれだけを搾り出すと、アカギは首をひねった。
 「アカギ――それが僕の名前なんですか?」
 「もしかして、記憶が?」
 尋ねかえす仰木の声も上ずっている。アカギは急に頭を抑えるとうめいた。
 「わからない、わからないんです、何も……!僕はいったい何者なんだ?!」
 うわあぁぁぁぁぁ。叫んだのは安岡だった。椅子から転がり落ちて肩を震わせている。
 「おっ、おい安岡しっかりしろ!」
 安岡を抱き起こそうと腰を落とした仰木の視界に、ちらとアカギの表情が映った。にたり、と口の両端を吊り上げる顔が。
 (……?!)
 それがなんなのかを考える間もなく、安岡がものすごい勢いで跳ね起きた。ほとんどアカギに掴みかからんばかりである。いや縋りつこうとしているのか。
 「なっ、なにもか?本当になんにも覚えてねえってのか?!」
 「申し訳ありません……」
 つい、と視線をそらすアカギに今度こそ絶望したのか、安岡はベッドに突っ伏した。くぐもったうめき声からすると、泣いているのかもしれない。その様子に胸をつかれたのか、アカギはそっと安岡の肩に手を置いた。
 「ああっ、僕のためにそんなに悲しんでくれるなんて……。もしかしてあなたは僕の父さんでは?!」
 「違うぅぅぅ」
 安岡が男泣きに泣いている。だが仰木の目は、悲嘆に暮れる安岡をただただ酷薄に見下ろすアカギをはっきりととらえていた。
 悪魔だ。悪魔がいる。

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