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お題「昔の恋人登場」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦。ジャンルはおお振り。今回はわりとベタ。……ベタ?続き


 二死ニ塁。この回、三人目の打者を迎えて、だが三橋は落ち着いていた。今日は自分でも不思議なくらい、球筋がきれいに「走る」のだ。
 捕手がカーブを要求するのに首を振って、次のサインで頷いた。この打者は「まっすぐ」で凡フライに打ち取る。
 やわらかいフォームから投じられた球を相手打者はバットになんとか当て、しかしこちらの狙い通りとはいかず鋭く真上へと跳ね上げられた。捕手がマスクをかなぐり捨てて走り出し――ひと呼吸置いてミットの中におさまった。
 「ナイキャ!」
 だが掛け声に振り向いた捕手の顔に、三橋は息をのむ。
 それは畠だった。

 「あれ?」
 のそりと起き上がって声に出す。もうすっかりと目は覚めていた。いましがたまでの光景が夢であるということも、三橋は完璧に理解している。だが、もう一度間の抜けた声で言った。
 「あれ?」
 それに覆い被さるようにして目覚まし時計のアラームが鳴り響いた。

 なんか変だ。最初に違和感を言葉にしたのは泉だった。ちょっと首をひねり、同じクラスの田島に質問してみる。あいつら、今日ヘンじゃね?
 「三橋と阿部か?あいつらずっとギクシャクしてるぜ。朝から」
 「だよなぁ」
 ボージャクブジンつか、天然の田島だがこう見えて観察眼は確かなものがあんだよな。その田島が言うんだから間違いないと思う。
 「仲悪ぃってわけじゃねーけど。なんつーの?阿部とキャッチボールしてても、球に心が入ってねえっていうかさあ」
 「うーん」
 泉はうなった。三橋がビクついてるのはいつものことだ。だけど、なんでか引っかかるのは。
 「あ、そうか。阿部が気ィつかってんだよ、三橋に」
 そう言うと、あぁ!と田島も納得する。
 普通の会話すらできているとは言いがたいわれらがバッテリーだが、やりとりに神経を使っているのはどちらかといえば三橋である、とこのふたりは思っていた。おおむね、気の使いどころをまちがえて会話がよくわからないことになっているとはいえ。
 「阿部が気を使うのは悪いことじゃねーし、ほっといて大丈夫だろ。まあ……変は変だけど」
 「そだな」
 だが仮にこの会話を阿部が聞いたとすると「普段から気をつかってんのはオレの方だろーが!」と文句のひとつもつけたくなったに違いない。どっちもどっちだ。

 ところでその阿部はというと、実は悶々としていたのである。原因は、まあなんというか今朝方の夢にあった。
 最悪なことに、榛名がこちらのサイン通りに投げてくるというものだ。それでもあらかたは、てんでばらばらな方へ飛んでいくのだから妙なところだけリアルな夢である。
 (なんて夢見てんだよ、オレは!)
 苛立ちを振り払うかのようにミットを構える。するとたちどころに、三橋の投げた球がきれいに吸いこまれてる。ぐ、と受け止める手にことさら強く力をこめた。
 「ナイピ!」
 投げ返すと、三橋がやたら激しく首を縦に振っていた。常より割り増しで挙動がおかしいのは気のせいだろうか?
 波立っている自分の心を三橋に読まれたからのように思えて、阿部はなおさら気が重くなるのを感じる。ついでに、どうしてここまで浮き足立っているのかがわからないので困惑が倍加されている。たかが夢程度のことであるはずなのに、だ。
 もちろん阿部は、三橋が似たような理由でおろおろしていることなど知るよしもない。

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