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お題「不治の病にかかる」

 「リライト」さん配布のお題、「選択課題・ベタ」に挑戦、これにてついに終了。ジャンルは福本(天)。続き


 こちら東北は岩手にある清寛寺、一見してごくありふれた寺ではあるがとんでもない。人呼んで「麻雀寺」などという罰当たり極まりない別名を持っている。地元では半ば以上公然の秘密、どころかその筋では全国各地に知れ渡っているというのだから相当である。
 だが住職に言わせるとこういうことらしい。
「ショバ代、胴元の取り分をテラ銭と言うだろう。その訳を知っているか。知らないなら教えてやる。あれはだな、その昔賭場といったら寺で開かれたからだ。寺社に手間賃やら何やらを納めたから寺銭と書く」
 だから己が住職を勤める寺で賭場を開くのは、伝統に則ったことなのだ、という言い分のようだ。そもそもこの住職、名を金光修造というが自身が関東有数の打ち手に数えられるのだから推して知れよう。

 歳も押し迫ってとうとう今日は大晦、清寛寺は年越しの準備に追われていた。もちろんこの時期どこでも見られる「普通の」準備なのだが、それに平行して「普通でない」用意もなされている。麻雀寺恒例、打ちおさめの賭場を開くためのものだ。
 しかし坊主一同慌ただしい様子などどこ吹く風、本堂の離れでくつろいでいる来客がふたりばかりいた。
「暇だ……」
「うん」
 こたつにもぐりこんでいるのは赤木と鷲尾である。いずれも、およそ並ぶものは滅多にいない博徒で、住職の金光とも昔からの顔なじみだった。
 別に正月を知己の人間と過ごそうと、連れ立って清寛寺を訪れたわけではない。年越しの賭場を目当てにやってきたところを鉢合わせたのだ。
 ところが、かれらを迎えた金光はあからさまに迷惑そうな顔をした。聞けば、今回集まるのは素人同然の檀家ばかり、そこにふたりが混じれば結果は目に見えている、たちまち全員むしられて賭場の評判はガタ落ち、あとには草一本残らない……というのだ。
 鷲尾など「北海道の熊が冬眠から覚めて人里に下りてきやがった」と随分な言われようをしている。対して、赤木がため息ひとつで迎えられたのは、文句を言ってもどうにもならぬという諦めによるものだろう。
「にしても金光の野郎めなんて情けねえ。取った取られたが博打の本懐じゃあねえのか」
「不景気だからだろう」
 憤懣やるかたなし、といった鷲尾に赤木は冷静な答えを返す。人間、景気が悪くなれば財布の紐も締まるものさ……と、体よく追い出されたことをどうとも感じていない様子だ。
「まあ確かにそうだ。こっちもろくな賭場が立たんでな。金光のところなら大きな金も動くかと思ったんだが」
「おれもだ。こんなことなら東京に残っていたほうがマシだったかな」
「赤木よ、お前には当てがあったのか?」
「やれ大晦、やれ新年とはいっても、人間の考えることは同じだな。やくざどもから、いくつか話が舞い込んできたが……どうも面白くなさそうだったんで、な」
 口を尖らせている赤木を見るに、相当腹に据えかねた話もあったのだろう。巻き添えでそっぽを向かれた向きには気の毒なことだ。
「にしても、あちらは面白いのかねえ」
 鷲尾があごをしゃくってみせた方向には本堂がある。今宵は、そこで夜を徹して卓が囲まれるはずだった。
「さて……。しかし麻雀寺に集まるような客なら、そこそこのモノは持っていそうに見えるがね」
「だろう?だいたい金光もどういうつもりだ。除夜の鐘は煩悩を落とすためのものだろうが。それを聞きながら麻雀を打つという馬鹿な話があるか」
「坊主のくせに業突張りだからな。いまさら鐘なんぞ聞いても役にも立たんに違いない」
「だれが業突張りだ。年越しそばを食わせてやらんぞ」
 障子を開けて現われたのは金光である。三人分の丼が乗った盆を運ぶ見習いらしき僧侶をしたがえていた。

 ぶつくさ言いながらこたつに陣取った金光とともにそばをすすっていると、なにかをひらめいたのか、鷲尾が膝を打った。
「そうだ、あとひとりいれば卓が立つじゃねえか。金光、ここらですぐ連絡のつく人間はおらんか」
「ふん、お前がそう言うだろうと思ってな。お前たちが来てからほうぼうを当たってみたがどうもかんばしくない」
「……おい、ひょっとして、赤木がいると言ったんじゃないか?」
 金光の箸が止まった。顔を引きつらせ、すまん、ついうっかり口が滑ったのだ、と両手を合わせる。
 それはそうだろう。神域の男と同卓につくことを名誉だと喜ぶ人間は少なくないが、はなから勝ち目のない勝負だと逃げ出すものも多いのだ。
「おれも嫌われたもんだ」
 当の赤木は軽く肩をすくめ、空にした丼を前へ押しやりごろりと寝転がった。腹が減ったなあ。そう呟く。
「いまさっき食ったばかりだろう」
「ああ……そういうんじゃない。確かにうまいそばをおれは食ったが、同じくらいうまい勝負というのにご無沙汰なんだよ」
 鷲尾と金光の耳に、遠くからのざわめきが聞こえはじめた。どうやら、賭場の客が集まってきたらしい。当然赤木にも聞こえているのだろう。赤木はそのまま言葉を続けた。
「つまりおれもあちらさん同様、強欲というわけだ。これこそ、除夜の鐘でも落とせないだろうよ」
「それは……違うだろう」
 とっさに反論をこころみる鷲尾に見えたのは、こたつの卓越しにひらひらと振られる赤木の片手だけだったが。
「いや鷲尾の言うとおりだ」
 言葉を受け継ぐように、金光はきっぱりと口にする。
「そうかい」
「ああ。除夜の鐘を聞きながら金の取り合いをするんだ、いま集まっている檀家や、鷲尾なんかは救いようのない業突張りだとも」
「おい金光」
 言い切られ、鷲尾がさすがに不満の声を上げた。
「わかっている。もちろんわしもだ。お釈迦さまにだってどうにもならんような強欲さだ、いわば不治の病だな。だが赤木、仮にも赤木しげるという男の内に、そんな欲が取りついていると思えるか」
「ふん」
「わしが見るに、お前は勝負のやりとりそのもの、人の心が食いたいんだろう。真性の心でなければ、食った気がせんのだ。だがな、もうそこまでいくと欲とは呼べん代物だ」
「業だとでも言うつもりか、金光」
「いいや、業ですらないだろうよ。もうお前はそうでしか在れない生き物なのだ」
「……金光、まるで赤木が化け物のような口をきくな」
「まったくだ。黙って聞いてりゃひとを化け物扱いしやがって」
「な、なんだと。これからありがたい説法をだな」
「やかましい。麻雀寺の住職の説法に、説得力もくそもあるか」
 ぬ、ぬ、ぬ……。言葉につまった金光が顔を赤くしていると、障子の向こうから住職を呼ぶひかえめな声がした。参加する予定の人間は、もう全員集まっているという。
 仏頂面で去っていく金光を見送り、赤木はふと思案顔になった。
「どうした」
「いや、なかなか面白いことを言うもんだと思ってな」
「とすると、おれたちは不治の病というわけか」
「違うだろう。金光の言い種を借りれば、俺だけ健康体だ」
 まじめくさって赤木は言うが、目の光から鷲尾をからかっているのは明らかだった。
「とりあえず、まあなんだ。除夜の鐘でも突きに行くか?」
「煩悩の百七つくらいは払えそうだからな」
 すました顔で言われ、今度こそ鷲尾は破顔する。

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