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精霊の守り人13話

 どんなに好きなアニメでも、必ず一度か二度は録画を忘れたり失敗するかして見逃す。7月になり折り返しを迎えたいまのところは、RDでさっそくやらかしたくらいで今期の取りこぼしは少ないほうだ。ギアスはWEB配信があるし、その点安心。
 さて、原作にはないオリジナルの話が続きながらも、他のアニメとは一線を画す出来栄えの「精霊の守り人」である。普通はアニメ独自の話が入ると原作既知の視聴者に違和感をおぼえさせるものだが、このアニメにはそういうところがまったくない。だいたいは変更点に大人の事情が見え隠れしたり、あるいは物語の解釈そのものがなっていなかったりするものだ。飛影はそんなこと言わない。
 監督の神山健治は制作前に脚本に関してスタッフと徹底的に討論すると聞いたし、意図のぶれなさとも言うべきものがアニメ版の作品世界をきっちりと組み上げているのだろう。
 ただ私個人の好みからすれば、お行儀がよすぎて物足りない点が多々ある(が、これは「守り人」に限らずIG制作のアニメ全般に言える(笑))。筋書きが整うあまり物語に余白がないし、説明が丁寧すぎてテンポが悪く感じられるときもある。
 そう思いながら見ていたが、13話「人でなく虎でなく」は素晴らしいものだった。
 筋書きはこうだ。ある事情から死んだと偽り、身を隠していた主人公のバルサだったが、ふとしたことで自分をつけねらう男、カルボに居所を知られてしまう。カルボは過去の怨みから執拗にバルサを追っており、決闘に応じなければ無関係の人間を毎日ひとりづつ殺していくという。
 バルサが呼び出された街道の関門でカルボを待っていると、そこを通りかかった旅人を突然つぶてが襲った。旅人、馬方の少年と先生と呼ばれる女性はバルサのおかげで難を逃れたものの、ふたりはカルボの標的になってしまう。つまり、かれらを守らせることでバルサの力を削いでいこうという策なのだ。街道脇の井戸をつぶし、夜は雇った者のつぶてで眠らせず、とかつて自分がされたのと同じ手でバルサを弱らせようとする。そのうえバルサはつかず離れずで警戒せざるを得ないが、守る対象の馬方には事情を知らぬからとはいえ気味悪がられてしまう。
 一方先生はこの殺気に満ちた女用心棒を不思議に思い、ある昔話を持ち出す。それは、虎のごとき強さを求めるあまり本当に虎になってしまったある武人の話だった。
 翌朝、業を煮やしたバルサの咆哮に応じ、カルボが姿を現した。不殺の誓いを破ると決意したバルサに、怒りに我を忘れたカルボ。竹林の中、目まぐるしい勢いで斬り結ぶふたりの武人が駆ける。いや違う、襲いかかる一頭の虎をカルボがあやうく凌いでいるのだ。
 そして凄まじい勢いで繰りだされたバルサの短槍は、一瞬にしてカルボの体を斬り裂いていた。なんということを、とおののく先生に「うるせぇッ!私は虎だ!近寄ると食い殺すぞ!」と凄むバルサ。戦いの勢いのまま、荒々しく立ち去るその背後で、斬られたはずのカルボが茫然と身を起こしていた。しかし先ほどとは別人のようで自分が何者かも分からない様子。おそらくバルサが斬ったのは、血肉を持った体ではなく妄念や心の類だったのだ。それを伝えようと、先生と馬方がバルサを追おうとする…というところで今回の話は終わっている。

 業と虎、というモチーフから中島敦の「山月記」を思い起こさせるが、この話は「山月記」のように切り離せない業ではなく、業を斬る刃が中心になっている。しかもそれは単純に不殺の誓いによる清い刃によってもたらされたものではない。虎と化すほどの業によってバルサはカルボの業を斬り得たのだ。このときのバルサが、これまで画面に描かれていた、力強くてものわかりの良い、ハードボイルド小説の主人公さながらの人間ではないことは、先生に向かって叫んだときの口調からも分かる。
 もうひとつ重要なのは、バルサは自分の槍がカルボの命を絶たなかったことを知らない、ということだ。もしかしたら次回で知ることになるかもしれないが、この時点でバルサが業にまみれて虎と化した状態だというのはなかなか暗示的なものがある。
 私はこんな話を見たかったのだ。チャグムが土とともにある生活に慣れ親しんでいったり、原作では薄っぺらい帝やサグムがどれだけチャグムを慈しんでいたかを描くことも重要だ。しかし、そうした「丁寧に原作をアニメ化した」よりも一段飛び越えた描写を見ることができて、とても嬉しい。

 (7月11日追記)この話の感想を探そうと、ネットを軽く検索してみたら、おもしろい指摘があった。カルボはバルサに一度敗れて以降、得物をヨゴ刀からバルサと同じ短槍にしたと言っていたが、なんと服装や髪型もバルサと同じにしていたというのだ。なるほど、つまりこの話の中で虎の皮を被り、本当に虎になろうとしていたのはカルボの方だったのだな。

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