感想を書こう書こうと思っているあいだに放映から一ヶ月が経過し、BSで二度も再放送された。しかもBSでは地上波よりも時間が長かったらしい。横暴だ。<もう加入したらどうか
アンジェイ・ワイダとはポーランドの映画監督である。世事に疎い私でさえ「灰とダイヤモンド」というタイトルくらいは聞き覚えがある巨匠だ。沢田研二と混同している可能性もあるが。
82歳のワイダが撮った(おそらく最後の)新作「KATYN」と、そこにいたるまでの代表作を取りあげつつ、映画、そしてポーランドに対するかれの思いをたどっていく。番組がおもしろかったので、「アンジェイ・ワイダ自作を語る」(平凡社)という本を借りてきてしまった。番組だけでは分からなかった知識が補強できたけれども、訳文が「?」状態。やたら読みづらく、読了するのに時間がかかった。ポランスキーとの対談の中で「ポランスキーはいまシュピルマンの回想記を映画にしている」との記述が登場し、にやりとさせられた。もちろんその映画とは言わずと知れた「戦場のピアニスト」である。
番組内で紹介された5作品は、いずれも戦中・戦後にかけてポーランド現代史の中でも暗く重たい部分を扱っている。ために、冷戦中はきびしい検閲をいかに突破するかがワイダをはじめ数々の表現者にとって大きな障害となった。「KATYN」など、まさしくソ連が崩壊してはじめて作ることが可能になった映画だ。「この映画は父と母の物語だ」と語るワイダにとって、00年代まで永らえたのはなによりの幸いだったろう。
しかしそんなことよりも、表現することとはなにか、という点について私は改めて考えさせられた。ワイダの立場では、本当に表現したいこと、観客に伝えたいこととは、ともすれば削除を求められるものだった。だからこそワイダはシナリオや台詞によらず、画面に映し出されるものにこそかれの意思をこめたのだ。
そうした「書かずに描く」という表現方法、また「なぜ、わたしは、それを表現せねばならないのか」という動機について思いを馳せてしまう番組だった。