Kiss3

 「じゃ、いってらっしゃい」
 あわててドアを閉めると、フランソワーズはそのままうずくまった。

 やってしまった。やっちゃった。どうしよう。

 ぐるぐるぐるぐる。
 恥ずかしいのと緊張したのとで、頭の中がぎゅうぎゅうに押しくらまんじゅうをしている。
 頬を包むと、ほんのりと軽い熱。きっと今は、かなり赤い顔をしているに違いない。
 「落ち着いて、フランソワーズ・アルヌール。そんな大それたことをしでかしたわけじゃないでしょう…!」
 言い聞かせてみたりするけれど、気恥ずかしさがおさまるわけもなく。
 変に思われなかったかしら、とか。きっと軽い挨拶だと思ってる、とか。
 でもやっぱりジョーは日本人だし、あんなことされたら迷惑だったかしら、とか。
 ああもう、何だってあんなこと!
 一歩でも進もうって、そう決めたのは確かだけど。

 思考はぐるぐると、同じところを回ってばかりいる。


 フランソワーズがもたれかかったドアの向こうでは、立ち尽くしている姿が一つ。
 もちろんジョーである。
 片方の頬を押さえて、あ、今ここに…と改めてさっきの一瞬間がよみがえる。
 つまり、その。今のは。
 「キス?」

 うわあ。
 口に出してしまうと、とたんにこみあげる妙なむずむずした心地が耐えられない。
 何だかこう、身をよじりたくなるような。
 きっと挨拶のつもりだったろうし、うん。だから変に照れちゃったらフランソワーズにも悪いから、うん。
 でも心臓に悪かったのは確かで。
 ジョーはようやく動悸が早くなっているのに気がついた。
 気分が悪いとか、困ったとか、そういうのじゃなくて。これは。やっぱり。

 ……嬉しい。

 認めてしまうのにも、照れと、不安と、そのほか諸々の心の抵抗を押しのけて、ようやく。
 どうしよう、帰ってから顔合わせられないよ。


 ぐるぐるぐるぐる。
 ドア越しに、二人の渦巻きが輪を作って踊っている。