「じゃ、いってらっしゃい」
あわててドアを閉めると、フランソワーズはそのままうずくまった。
やってしまった。やっちゃった。どうしよう。
ぐるぐるぐるぐる。
恥ずかしいのと緊張したのとで、頭の中がぎゅうぎゅうに押しくらまんじゅうをしている。
頬を包むと、ほんのりと軽い熱。きっと今は、かなり赤い顔をしているに違いない。
「落ち着いて、フランソワーズ・アルヌール。そんな大それたことをしでかしたわけじゃないでしょう…!」
言い聞かせてみたりするけれど、気恥ずかしさがおさまるわけもなく。
変に思われなかったかしら、とか。きっと軽い挨拶だと思ってる、とか。
でもやっぱりジョーは日本人だし、あんなことされたら迷惑だったかしら、とか。
ああもう、何だってあんなこと!
一歩でも進もうって、そう決めたのは確かだけど。
思考はぐるぐると、同じところを回ってばかりいる。
フランソワーズがもたれかかったドアの向こうでは、立ち尽くしている姿が一つ。
もちろんジョーである。
片方の頬を押さえて、あ、今ここに…と改めてさっきの一瞬間がよみがえる。
つまり、その。今のは。
「キス?」
うわあ。
口に出してしまうと、とたんにこみあげる妙なむずむずした心地が耐えられない。
何だかこう、身をよじりたくなるような。
きっと挨拶のつもりだったろうし、うん。だから変に照れちゃったらフランソワーズにも悪いから、うん。
でも心臓に悪かったのは確かで。
ジョーはようやく動悸が早くなっているのに気がついた。
気分が悪いとか、困ったとか、そういうのじゃなくて。これは。やっぱり。
……嬉しい。
認めてしまうのにも、照れと、不安と、そのほか諸々の心の抵抗を押しのけて、ようやく。
どうしよう、帰ってから顔合わせられないよ。
ぐるぐるぐるぐる。
ドア越しに、二人の渦巻きが輪を作って踊っている。