シグナル・レッド02 |
「だから、今の君の状態を考えるに、この靴はそもそもだね、攻撃力は高まるが、防御はその分弱くなるんだ。状態変化にも弱い。僕としてはだね、この際買い換えることをすすめるよ。この間新しく入ったこの靴なんだが、これは他ではおそらく手に入らない。」 それでもどこか疚しさのようなものが気持ちの底を蝕んで、解説にも身が入る。何が楽しいのか、終始笑みを絶やさないで壬生は如月の話に耳を傾けていた。 「……何だか今日はやけに熱心ですね」 そして、出された煎茶をおいしそうに飲んで壬生が何気なく口火を切った。 「そうか?」 平静、平静、平静。如月は心の中で繰り返した。 「そうですよ。……何か、言われたくないことがあるみたいだ」 「……そんなことはないよ」 「そうですか。じゃあ」 かた、と湯のみをこたつづくえに置いて、何食わぬ顔で壬生が頷いた。 「そろそろしませんか?」 形のいい薄い唇が言葉をかたどる。 「……な、何を」 それを如月は呆然と見上げた。 「あのときはあなたも酔ってたでしょう。……だから」 「……っ」 「大体、いくら酔っ払ったからといって、普通男抱きませんよ。」 「っ」 思わず振り上げた手は、すぐさまとらえられた。 如月の視界の端で湯呑みがかたかたと揺れる。 「……そんな目で見なくていいですよ。僕はあなたが綺麗なだけの生き物なんかじゃないってことちゃんと知ってますから。素直になっていいんです、僕の前では」 「……莫迦を言うな」 何を言うつもりなのか飲み込めず、如月はただ恐ろしいものを見る目でこたつ机を斜めに挟んだ壬生を見た。つかまれたままの手に壬生の体温が移ってくる。 「あなたも龍麻も、そういうの苦手ですよね。意地っぱりなところだけ似てます。」 だけ、と壬生はいやにはっきり発音し、震えともつかないものが如月の内部を走り抜ける。力が抜けた。 「……」 「……ほら、そんなに動揺してるようじゃ」 壬生がぐい、と如月の手を引いた。いきおい凭れかかった如月の唇に、ぺろり、と舌が触れて離れていく。 「こんな風に食べられちゃいます」 とんでもなく恥ずかしいせりふを臆面もなく吐き出して、 「……っ」 息を呑む如月を見て楽しそうに笑う。 「壬生、僕は別にもうあんな……」 俯いて如月は身体を引く。許さず壬生がその分近づいた。 「覚えてないんですか?」 そして、しらっとした顔で告げる。 「僕がまた来ますって言ったらあなたはちゃんと頷きました。」 覚えてませんか、と微苦笑を含んで間近で問われる。 「ね。」 約束。 やくそく。その言葉に如月が弱いことを知っているのか。 もしかしたら何か言ったかもしれない。記憶が飛んでいて分からない。変なところだけ覚えている自分の役立たずな記憶を、如月は呪ったが後の祭りだ。 「……別に僕が怖くないでしょう?」 ふと真剣な表情に返って壬生が如月を覗き込んだ。 「……おまえが怖くてどうする?」 仏頂面で返すと、 「だったら大丈夫です。……怖くなったら言ってください。そしたら僕はもうあなたに付きまといません。最初にそれだけ言っておきます」 最初も何もあるはずがない。 余裕綽々な態度に、逆にようやく如月は平静を取り戻した。 「いい加減に」 「あなたは、甘えることなんて知らないんだから、僕にだけ甘えたらどうです?」 手を放せ、如月の発言はわざとだろう、聞こうともせず壬生が如月の耳朶に唇を寄せた。 「それにね、甘えてきたのはあな」 「っやめろ!」 手を振り上げようにも耳を塞ごうにも、さっきからずっととらえられて、身動きできない。喋っていたせいだけではなく、咽喉がからからで足元が覚束無い。如月は必死に首を振った。何もかも打ち消してこの男を黙らせたい。 殺してくれるという目つきで睨み付ける。 と、待ち構えていた壬生が物怖じもせず見つめ返し、その微笑がいっそう深くなった。 「如月さん、僕はもう言いません。でも時々こうやって」 「ふざけるな」 地を這う低音も剣呑な眼差しも、あまりに無力だ。目を逸らすのが癪で見つめるしかない。近い。 「甘えてくださいよ。」 「……やめろ、」 「別に、いやじゃなかったでしょう?」 「っふざけるな!誰があんなこと!!」 か、と顔に血が上るのが自覚できた。救いようがない。 「でも、あなただって人恋しくなるんだから、それでいいと思いませんか」 声音は、うわべだけは耳に心地よい低音で、表情は、夕闇に紛れた。 手に触れる指の力はひっそりと強く、だから、逃れることは容易いのかもしれなかった。 「壬生」 「あなたが僕をどうとも思っていないことくらい知ってます。甘えることをよしとしない人だから死ぬほど後悔してることも。……そんな表情しないで」 「……」 「あなたは高潔なくせに時々ひどく可愛いですね。」 苦笑を禁じ得ない様子で、手を離した壬生が如月の髪を撫でた。次に何をしようとしているか予想はついたが、如月に逃げる気持ちは不思議となかった。 心地がよくて驚いた。 どれだけ望んでも龍麻がしないことだ。そう思って如月は、自分が龍麻にそれを望んでいたことをまざまざと見せ付けられた。 また唇が触れて離れていく。 「あれ、本当にいいんですか?」 抵抗のないのに、如月を抱きこんだ壬生が本当に驚いた声を聞かせた。 如月は答えない。 じゃあ、と指が動く。 しゅる、と帯が解かれるのを如月は目を閉じたまま感じた。 |
続きます。これは、どれだけ羞恥プレイを楽しめるかというテーマでひとつ。 |
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