シグナル・レッド04





如月の目の前で龍麻は斬られた。真っ赤な血。染まる地面。
 くずおれる彼の身体。吐き出される止まらない血。その臭い。
 意識不明の重体が続いている。さっきは血圧が下がって心臓が止まった。院長の尽力もあってどうにかそこは持ち直したらしい。
 とりあえず桜ヶ丘のロビーのベンチに腰かけているということは理解しているものの、時間の感覚も曖昧なまま、如月は廊下の一点を見つめてただ震えていた。
 太陽が無くなるなど、想像すらしたことがなかった。龍麻はいつも、どこでも如月の光で、だから怪我はしても殺されるなんて、あんなに強い彼が誰かに負けるだなんて想像したこともなかった。実際出会ってから今まで龍麻が誰かに負ける姿なんて見たことがなかった。
「如月さん」
 通りのいい低音が、いつのまにかすぐ前で聞こえる。影が落ちるのに気づき、如月はようやくのろのろと頭を上げた。
「……何か用か?」
「あなたも仮眠をとった方がいい。もうずっと寝ていないでしょう」
 どさ、と隣のベンチに身を投げ出して、壬生が溜息をついた。いつにない様子に如月は勿論注意を払わない。
「いや、大丈夫だ」
「またそんなに思いつめて。行きますよ」
 如月の言うことなど聞いていないのだろう、早くも立ち上がった壬生に腕を軽くとられ、如月は不意に冷静な自分に返った。
「……ああ」
 そりゃそうだ人間寝なかったら生きていけない。ここで自分が寝なくて龍麻の容態がよくなるなら72時間くらい気合で不眠を通すがそんなことは勿論無いからとにかく龍麻が意識を取り戻すときに自分がベストでいることが何よりも。
「君は龍麻が必ず目覚めると思うかい?」
 ついうっかりと口にしてしまった呟きに、
「当たり前です。何くだらないこと考えてるんですかそれこそ寝不足のせいですよ」
不機嫌そうな返事が一瞬で返る。
「……そうかもな」
「何そんなに素直なんです」
 仕方なさそうに壬生が笑った。
 あ。
 こんなに龍麻が気にかかるのに、他のことなんて気にしていられない。
 そう思った。言わなければとも思った。終りにしなければ壬生に悪い。せめて自分から言い出すのが誠意だろう。
「壬生」
 立ち上がった如月に、壬生は何を言う暇も与えずにその手を引いて歩き出した。壬生の手は案外熱い。
「今はとにかく寝てください、仮眠室に案内します」
「言うことが」
「聞きません」
 背は振り返らない。そのまま幾分優しげに言われた。
「何がどうでも、僕は譲る気ないですから」
「……壬生」
 如月が言葉に詰まる間に、院長か高見沢から聞いているのか、壬生は迷うことなく病院の廊下を進み、奥まった狭い部屋のドアを開け強制的に如月をベッドに放り込んで布団をかぶせ、そしてあっさり出て行ってしまった。見事に如月に一言も言わせなかった。
 如月は鈍った頭でようやくはぐらかされたと認識し、どうしようもないのでそのままおとなしく布団にくるまった。冷えた身体が徐々に温まってくる。すぐに目眩するほどの眠気が襲ってきた。

次の甘さに備えてちょっと休憩。

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