S学園男子寮 102号室
1.
僕はS学園男子寮 102号室の住人。中等部1年生。名前は藤代亮太。
S学園は北海道の田舎町にある全寮制のエリート男子校だ。
一応 中等部・高等部の6年制ではあるが、学年末に行われる進級試験に
受からなければもちろん次の学年に上がる事はできず、家へ帰されてしまう。
それは、エリートからの脱落を意味する。
S学園と男子寮の付近には、野原と山しかない。
どんなに頭脳明晰だとしても、都会の誘惑はエリート少年を堕落させる。
つまらない事で将来有望な若者が道を踏み外すのは我が国にとって損失でしかない。
僕にはそうとも思えなかったけれど、とにかくS学園の創立者はそう考えたらしい。
というわけで、S学園とその男子寮は北海道のド田舎に建てられた。
緑が豊富な丘の上に建つ真四角な2つの白い建物。冬になれば校舎も寮も雪に埋もれて
しまうに違いない。
周囲には、遊ぶ所もなければコンビニもない。
普通の民家でさえ見当たらないんだから、周りに何もないのは当たり前だ。
何もない所に、頭脳明晰な男子生徒が数百人。
これなら道を誤るはずがない。誤りようがない。
ママはそう思い、僕にここの中等部を受験させた。
そして、見事に合格。
というわけで僕は今年の4月から東京の実家を離れ、S学園の寮へ入った。
102号室は、北向きの部屋だった。もう5月中旬だっていうのに、部屋の中は肌寒い。
余計な物が何もない殺風景な部屋だからますますそう感じるんだろうか。
部屋の中には、特徴のないとっても無印なシングルベッドが2台ある。
1つは左の壁に、もう1つは右の壁にくっついて2台のベッドは置かれている。
そして窓際には、これまた無印な机が2つ並んで置いてある。
左側が僕の机。そして右側は同室の雅春の机だ。
各机の横にはクローゼットが用意され、そこには私服が納められている。
「寒いなぁ…」
僕は独り言をつぶやきながら自分のベッドに腰掛け、毛布に包まった。
授業が終わってからすぐに校舎を出て、寮までの道程が約3分。
外を歩いていた3分間はお日様が僕の体を温めてくれた。なのに冷え切った部屋へ帰った途端に
この有り様だ。
ひどい話だ…外より部屋の中の方がずっと寒いなんて。5月でこの調子なら、
いったい冬はどうなるんだろう。
バーン!と勢いよくドアが開いた。反射的にドアへ目を向ける。
すると同室の雅春が背中を丸めながら部屋へ入って来るところだった。
「この部屋寒いよ。川原んとこ行こうぜ」
雅春は教科書の入った紺色のかばんを床の上に放り出し、変声期特有のハスキーな声で僕を誘った。
僕は彼の誘いに乗り、その後すぐに2人で部屋を出た。
廊下を歩くと、太陽の光が窓から入ってきてとても暖かかった。
そしてギシギシいう木の廊下はその光が当たって白く輝いていた。
斜めに差し込む太陽の光の中で、埃が舞っていた。
少し前を歩く雅春は4月生まれですでに13歳。僕は早生まれで、まだしばらくは12歳のまま。
雅春は僕より10センチも背が高い。足の長さもだいぶ違うから、同じ速度で歩いても
いつの間にか彼の背中を追いかけている。
僕は発育が遅い。変声期を迎えている彼とは違って、声もソプラノのままだ。
でも僕は彼より11ヶ月も遅く生まれているんだから、しかたがない。
僕は自分にそう言い聞かせ、急ぎ足で彼に追いついた。
雅春の柔らかそうな髪は太陽の光が当たって透き通る茶色に見えた。
彼の長いまつ毛の向こうでは、山の緑が風に吹かれて揺れていた。
スッとした鼻。キリッとした口許。とても綺麗な顔立ちの彼。
小学生の時はきっともてたんだろうなぁ…僕は彼の横顔を見つめて漠然とそんな事を考えていた。
208号室。川原の部屋には3人の同級生が集まっていた。そこへ僕と雅春が仲間入りすると
人口密度が急激に高まった。
たった8畳の部屋にベッドと机とクローゼットが2つずつ。そして男が5人。
おまけにこの部屋には川原の親が送ってきた29インチのテレビがある。
そして、そのどでかい代物は2台のベッドの間にどーんと居座っている。
「いい所に来たな。お前らも座れよ」
でっぷりと太った川原がニコニコしながら僕と雅春をテレビの前へ座るよう促した。
川原はでかいテレビの上に乗っかっているビデオデッキをリモコンで操作していた。
彼がこれからビデオ鑑賞会を行うつもりである事はすぐに分かった。
そこに集まっていたのは、川原と横山と長谷川。そして僕と雅春。皆同じクラスの仲間だ。
そのメンバーは映画が好きな5人だった。川原は映画のビデオを手に入れるといつもこうして
皆を呼んで鑑賞会を開く事にしていた。
だけど、その日の川原はいつもと少し違っていた。
僕らが来た後部屋にがっちりと鍵をかけ、まだ午後3時だというのに机の向こうの窓を厚い
カーテンで閉ざし、
それから彼自身もテレビの前に陣取った。
208号室は南向きだ。窓からは当然太陽の光が差し込んで暖かい。
雅春はそれを知っていたから寒い部屋から避難してここへ行こうと僕を誘ったのに、さっさと
カーテンを閉めて太陽の光を
遮ってしまう川原がちょっと恨めしかった。
「今日のは特別なんだ。皆静かにしろよ」
カーテンを閉めて薄暗くなった部屋の床に座ると、川原が皆にそう言った。
大きなテレビ画面には横一線に並んだ5人の男たちの顔が映し出されていた。
皆紺色のブレザーにグレーのズボンというS学園の制服を着て、皆同じように体育座りをしていた。
川原がリモコンを使ってビデオを回すと、やがてテレビ画面に映像が映し出された。
今日のは特別。川原はそう言ったけれど、いったい何がどう特別なのか。
皆その答えが知りたくて、ただ黙って真剣にテレビと向き合っていた。
映像が映し出されて2分も経つと、川原の言葉の意味が分かった。
きっと、そこにいた全員がそうだったと思う。
その日彼が調達してきたのは、なんとアダルトビデオだったんだ。
いつもは皆でお喋りしながら映画を見るのに、その日は誰1人口を利こうとはしなかった。
他の皆はどうなのか知らないけれど、僕はそういうビデオを見るのが初めてだった。
その存在はもちろん知っていたけれど、なにしろ小学校3年生の時からS学園へ合格するために塾へ
通って猛勉強していたから、
そんな物に出会う暇もチャンスもなかったというのが現状だ。
「ああ…」
悩ましい女の喘ぎ声が僕の脳を刺激する。
僕の視線の先では裸の女がベッドへ横になり、自分の胸を手で揉んでいた。
その後 突如現れた色の黒い男があっという間に女の上にのしかかり、ものすごい早さで腰を
振り始めた。
すると女の喘ぎ声が一気にヒートアップする。
「ああ…ああ…ああ!」
彼らが行為を行っている部屋はひどく明るかった。だけど男女の結合部分にはモザイクが
かかっていて、ろくに見えなかった。
でも見えない分だけ妄想が膨らんだ。
僕の頭の中では、裸になった自分が女の上にまたがって腰を振っていた。
皆に気付かれないようにほんの少しだけ股間を触ってみる。パンツの中の大事なものは、とっくの
昔に硬くなっていた。
さっきまでは体が冷え切っていたのに、その時は体中が火傷しそうなほど熱くなっていた。
僕は、横目ですぐ隣に座る雅春の顔を盗み見た。彼は瞬きもせずにじっとテレビに見入っていた。
ビデオ鑑賞の後、僕と雅春は川原に軽く挨拶をして部屋を出た。僕らはそれからずっと無言だった。
食堂で夕食を取る間も、就寝前机に向かっている間も…
やがて午後10時になった。消灯の時間だ。
S学園の消灯はそれほど厳しいものではなく、10時を過ぎても勉強をしたい者は消灯を延ばす事を
許されていた。
だけどその夜は僕も雅春も10時の消灯時間に部屋の電気をすべて消し、あっさりとベッドへ入った。
雅春は寝付きがいい。いつもならベッドへ入ってすぐに彼の寝息が聞こえてくるのに、
その夜は寝返りを打つ気配ばかりを感じた。
2台のベッドの間には白いカーテンが存在している。普段そのカーテンは開け放たれているけれど、
寝る時だけは白いカーテンに
よって僕も雅春も自分だけの世界を持つ事が可能になる。
その夜は月明かりが白いカーテンをわずかに照らしていた。僕はそのスクリーンの中で彼がベッドに
起き上がる影を2回も見た。
やがて、いつものように雅春の寝息が僕の耳へ届いた。
僕はなんだか安心して、その後すぐに眠ってしまった。
次に目が覚めた時、まだ外は暗かった。
いつもならカーテンの向こうからやんわりと朝の光が差し込んでいるはずなのに、その時は部屋の
中が真っ暗だった。
何か変だ…
僕は暗闇の中で下半身に違和感を覚え、そっと右手をパンツの中へ忍ばせた。
すると手には、べっとりとした液体がまとわりついた。
急に心臓がドキドキしてきた。
最初はお漏らししたのかと思って、シーツが濡れていないか心配した。でも、そんな事はなかった。
濡れているのはパンツだけだ。
初体験。これはきっと…夢精というやつだ。
本当は頭の上に置いてあるティッシュを4〜5枚取って、今すぐパンツの中を掃除したかった。
でも、隣には雅春が寝ている。
箱からティッシュを取り出す音は、静まり返った部屋の中ではきっとビクビクするほど大きなものに
違いない。
この事を彼に知られるのは恥ずかしい。
頭の上のティッシュはいつもなら鼻をかむためのものでしかない。今までだって何度も堂々と
箱の中から取り出して夜中に
鼻をかんだ事がある。
でもその夜だけはなんとなく、ティッシュを取り出す事をためらった。
自分の中に居座る後ろめたさが、僕にそうする事をためらわせた。
僕は少し考えた末に布団の中でこっそりとパンツとパジャマのズボンを下ろし、それから
濡れたパンツをうまく
使って股間に張り付いている液体をふき取った。
秘密のパンツは枕の下へ。
そして、ノーパンのままでパジャマのズボンをもう一度履く。
これで完全犯罪成立。
僕はほっとすると、暗闇の中で目を閉じてさっきまで見ていた夢を思い出そうとした。
僕は誰かの上にまたがり、腰を振っていた。
僕の下になっていた人が誰なのかは全然分からない。だけど、腰を振っている間はすごく気持ちが
良かった。
セックスってあんなにいいものなんだ。僕はその夜、その事を知った。
まだ朝になるまでには少し時間がある。
僕はもう一度眠る努力をした。興奮冷めやらぬ体を布団の中で大の字に開き、頭の中を空っぽにする。
するとすぐに睡魔が襲ってきた。
それは僕が再び眠りに就く瞬間とほぼ同時だった。
真っ暗な、静かな部屋の中で箱からティッシュを取り出す音がはっきりと聞こえ、僕は思わず
パッと両目を開けた。
ティッシュを持つ手の行き先は、パンツの中だ。暗闇に響く音に耳を集中していると、
そんな事はすぐに分かった。
僕の体に再び興奮が宿った。
雅春…雅春も今夜夢精した。
僕は太陽の光が降り注ぐ廊下で見た彼の横顔を思い出した。
柔らかそうな茶色の髪。長いまつ毛。スッとした鼻。キリッとした口許。僕とはまるで違う、
人形のように綺麗な彼。
だけどそんな彼も僕と同じなんだ。僕と変わらない普通の男なんだ。
僕はその夜、人形のように綺麗な雅春の秘密を握った。そしてそれを知っているのは彼と
同室である僕だけだ。
僕はその事にすごく満足していた。
いつか、彼の耳元で「君の秘密を知ってるよ」と囁いてみたい。
秘密をうまく隠し通していると信じる彼は、その時いったいどんな顔をするだろう。