S学園男子寮 308号室

 1.

 僕はS学園男子寮 308号室の住人。中等部2年生。名前は高橋修二。
今日は土曜日。天気は快晴。絶好の洗濯日和。
今日から7月。制服は夏服に衣がえ。半袖の白いワイシャツの群れが太陽の下、一斉に同じ方角へ向かって歩いて行く。
まだ汗ばむほど外は暑くない。
さわやかな風が緑の匂いを僕の所へ運んできてくれる。
授業が終わって浮かれている生徒たちに囲まれながら、石ころがいっぱい転がる土の道を歩いて行くと、S学園男子寮の白い建物が見えてきた。
同室の柳田先輩は、きっとまだ部屋へ戻ってきていない。
僕はいつだってウキウキしながら、先輩のいない部屋を目指してこの道を歩いた。

 寮の玄関にはフタ付きの下駄箱がズラッと並んでいる。
"308号室 高橋修二"と書かれた下駄箱の中から白い上履きを取り出し、代わりに今脱いだばかりの灰色のスニーカーをしまいこむ。
隣の柳田先輩の下駄箱を開けて見ると、やっぱりまだ先輩が帰っていない事が分かった。
「お帰りなさい」
白衣を着た食堂のおばちゃんが玄関の前を通りかかり、帰って来たばかりの生徒たちに明るく声をかけた。
おばちゃんは太陽の光を背にしていた。白衣がとても眩しく感じた。
僕は返事をする時間も惜しんで木の階段を駆け上がり、ダッシュで自分の部屋へと向かった。

 息を乱しながらなんとか3階へ辿り着き、308号室のドアを開け、中へ入ってすぐにドアをロックする。
僕は机の向こうの窓から自分が今来た道を見つめた。やっぱりまだ先輩らしき人は見当たらない。 目に付くのは中等部の生徒たちばかりだ。
柳田先輩は高等部の1年生。高等部の授業は僕らより長いから、きっとあと1時間はこの部屋で1人きりになれる。
窓の外からはこれから寮へ帰ってくる生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
夏の緑は青々と輝いていた。その辺の雑草も、遠くの山々も、全部僕には輝いて見えた。

 僕は窓に薄いカーテンを引き、さっさと上履きを脱ぎ捨て、柳田先輩のベッドへ飛び乗った。
僕は1日の間でこの時間が最高に好きだった。
食事の時間より、お風呂の時間より、先輩と話をしている時間より、どんな時よりも強くこの時間を愛した。
薄いカーテンの水玉柄の影が、部屋の床や先輩のベッドのピンと張られたシーツに映し出されていた。
白い枕に顔をうずめると、先輩の匂いがした。
それは甘く切なく、ちょっと危険な秘密の恋の匂いだった。