S学園男子寮 505号室

 1.

 「お前うざいんだよ。どっか行けよ」
夕方。授業を終え、図書館へ寄った後寮の部屋へ戻ると、同室の田辺さんが眉間にしわを寄せて僕にそう言う。
彼はいつも冷たい床に好んで腰を下ろし、チビな僕を見上げて睨みつける。
角刈りで目がつり上がった屈強な田辺さん。
最初はどうしてこんな先輩と同室になっちゃったんだろうと思ったりもした。
でも、田辺さんが言う事も分かるんだ。
田辺さんは高等部の3年生。そして僕は中等部の1年生。 年が5つも違う上に、大人っぽい田辺さんは限りなく大学生に近く、子供っぽい僕は限りなく小学生に近い。
そんな2人が一緒にいたって共通の話題も見つからないし、気まずいだけだ。
「お前のお守りなんか、やってらんねーよ」
それが田辺さんの口癖だ。

 僕だって本当は、行く所があるならそこへ避難したい。
でも入学して半年たった今でも僕にはそれほど親しい友達がいなくて、ましてや放課後気軽に部屋を訪れられるほど仲のいい子なんかいるはずもない。
「僕、静かにしてますから」
僕はそう言ってまだ明るいうちから2つのベッドを仕切る白いカーテンを引き、部屋の空気を二分して小さな居場所を見つける。
そして田辺さんに迷惑をかけないように、静かに本を読み始める。
窓の外にはサッカーをして遊ぶ生徒たちの楽しそうな笑い声が響いていた。
カーテンの向こうから時々田辺さんの溜息が聞こえて、外の人たちの声とかぶる。

 今日は、とても珍しい事が起きた。
田辺さんが部屋を二分していたカーテンを突然シャーッと開け、派手なアクションで僕のベッドに飛び乗った。 そしてすぐに僕の隣を陣取り、膝の上に広げているハードカバーの本を覗き込んだ。
「何読んでるんだ?」
すぐ近くで聞こえる、ドスのきいた声。
田辺さんのツンツン尖った髪が、僕の頬とぶつかりそうなほど近くにある。
「面白いのか?」
「まだ読み始めたばかりだから、分かりません」
「これ、官能小説だろ?」
「えっ!?」
僕は知らなかった。そんな事、誓って知らなかった。
「俺にも読んで聞かせろよ」
「でも……」
「いいから、早く」

 僕は田辺さんに言われるままに朗読を始めた。
まだ外が明るいうちに。健康的な、秋の日に。
男女の絡み合うシーンになると僕は口ごもったけど、それでも田辺さんが続けろと言うので、どうしてもやめられなかった。

佐和子は、正雄の背中に抱きついた。
正雄は振り返って佐和子の唇に己の唇を押し付け、彼女をベッドに押し倒し、今度はその柔らかな胸に口付けした。
やがて2人の体は重なり合い、激しく愛し合う事となった。
汗ばむ佐和子。息が上がる正雄。
ギシギシ言うベッド。その音をかき消す佐和子の喘ぎ声。
「あぁ……!」
佐和子の声と正雄の激しい息づかいが部屋の空気を震わせる。
「正雄、もっと強く」
佐和子は正雄にそう言って、何度も何度もねだった。
2人が重なるベッドは、こうして朝まで揺れていた。

 田辺さんは僕の隣で壁に寄り掛かり、ベッドの上に足を伸ばして目を閉じていた。
あれ、眠ってしまったのかな。
そう思って顔を覗き込むと、突然彼の両目がパッと開き、ごっつい右手が制服のズボンの上から僕の股間を思い切り強く握った。
「あっ!」
僕が叫んだのは、快楽の声だった。
でも田辺さんはきっと、その事に気付いてはいない。
田辺さんの顔が、すぐ近くにある。
彼の右手は僕の股間にあって、その5本の指が僕の硬くなった部分を一瞬熱く刺激した。
「お前も男の子なんだな」
彼は僕の反応を確かめると、ニヤッと笑ってベッドを飛び下りた。
「俺ちょっとダチの所に行ってくるからさ、後は1人で楽しめ。ちゃんと鍵はかけとけよ」
田辺さんはそう言って、あっさりとドアから出て行った。
僕の心臓は、張り裂けそうなほど脈打っていた。頭の中も目の前も、真っ白くかすんでいた。
ほんの一瞬の事だったのに、僕はすごく感じていた。自分以外の人の手でこんなに感じたのは、生まれて初めてだった。