Love letter

田辺さんへ

田辺さん、お元気ですか?
あなたに手紙を書くのは約4年半ぶりになります。
12月に入り、こちらは本格的な冬の季節となりました。
2人で一緒に行った展望台を覚えていますか?
僕は雪が降る前に1人であそこへ行き、美しい夜景をじっくりと眺めてきました。
その時僕は田辺さんの事を思い出して泣いてしまいました。僕は18歳になった今も泣き虫なままです。
僕はあの場所を他の誰にも教えていません。今でもあそこは僕と田辺さんだけの思い出の場所です。
でももう雪が降ってしまったから、あの場所へ行く事はできなくなってしまいました。
その事が、なんだかちょっと淋しいです。

僕はS学園の最上級生になりました。
もうすぐ卒業なので、今は卒論に追われています。
田辺さんと居た頃の僕は、夜中に机に向かうあなたの背中を見ていつも涙していました。 でも今は、僕が机に向かう立場になってしまったというわけです。
僕はS学園に入学したばかりの頃、卒業までの6年間が果てしなく長い時間に思えました。
でも今振り返ってみると、ここでの時間はあっという間に過ぎていったような気がします。

僕はあなたに謝らなければなりません。
あなたとの手紙のやり取りを途絶えさせたのは僕の方です。
その事はすごく申し訳ないと思っているし、すごく後悔しています。
田辺さんが僕にくれた最後の手紙を、昨日久しぶりに読み返しました。そこには胸が熱くなるような言葉がいっぱい綴られていました。
田辺さんは、いつも僕を愛してくれましたよね。
僕も田辺さんを愛していました。いえ……僕は今でもあなたを愛しています。

卒業を間近に控えた今、あの頃の田辺さんの気持ちが僕にもやっと少し分かるようになりました。
今は夜中の3時です。僕は机の上を電気スタンドで照らし、こうしてあなたに手紙を書いています。
現在僕と同室の少年は、ベッドの上で寝息を立てています。
僕は彼と同室になった時、すぐに彼の事を好きになってしまいました。 でももう少しで卒業だから、その思いをずっと心の中に封じ込めていました。
それなのに、困った事に彼の方も僕の事を好きになってしまったんです。 僕らはあの頃の僕と田辺さんのように、いつしか体を重ねるようになりました。
でも、今の僕には分かるんです。
僕が愛する彼は、僕がここを去った後すぐに他の人に思いを寄せる事でしょう。
僕は田辺さんに立ち去られた経験を持つ事と、もうすぐここを去る立場になった事で、ようやくそういう事が分かるようになりました。
あなたもここを去る時、すべて分かっていたんですね?
ここに残された僕が、いずれあなた以外の人を愛する事を。 そして自分が僕のそばにいられない以上、僕の気持ちが他の人へ向くのを止められない事を。
僕も今、同じ気持ちでいます。
あの頃のあなたも今の僕と同じように冷静だったんでしょうか。
僕は今、すぐそばで眠っている彼との別れが怖くありません。
やがて彼の気持ちが他の人へ向かっていく事を知っていますし、僕の気持ちが田辺さんへ向かっているのが分かるからです。

僕は今、正直に打ち明けたいと思います。
僕はあなたが去った後5人のルームメイトと時を過ごし、そのうち2人と恋に堕ちました。
僕は彼らを真剣に愛していました。本当に、田辺さんを愛した時と同じように全身で彼らを愛しました。
でもここを去る日が近づくにつれ、僕ははっきりとあなたへの思いを自覚するようになりました。
僕は今でも田辺さんが好きです。
あなたがいない淋しさからすぐ近くにいる人に思いを寄せたのも事実ですが、僕が1番好きなのは絶対に田辺さんです。
4年半も手紙を書かず、あなたを訪ねる事もせず、突然こんな事を言う僕はずるい人間です。
今の僕は、あなたが好きだった僕ではありません。
あれから僕は声も変わってしまったし、あなたにこんな手紙を書く図々しさも身に着けてしまいました。
きっとあなたは、今の僕に会ったらがっかりするに違いありません。

今、田辺さんの隣にはきっとかわいい人がいると思います。
あなたと一緒にいる人は、僕なんかよりずっとずっと素敵な人に決まっています。
それでも僕は、あなたに手紙を書かずにいられませんでした。
でも、この手紙をポストへ投函するかどうかはまだ分かりません。 僕にまだそんな勇気が残っているかどうか、自分でもよく分からないんです。
それに4年半前と同じ場所にあなたが暮らしているかどうか、僕には知る由もありません。
田辺さんは恐らくストレートで大学を卒業なさった事と思います。 その後あなたがどうしたか、僕にはまったく想像がつきません。
でももしも僕にこの手紙を出す勇気が残っていて、そしてこの手紙が奇跡的にあなたの手に届いたならば……もう一度僕と会ってもらえませんか?
僕はもう他には何も望みません。あの頃のように愛してほしいとも言いませんし、抱きしめてほしいとも言いません。
今更そんな事が言えるほど、僕は図々しくはありません。
ただ僕は、あの頃言えなかった事をちゃんと自分の口で田辺さんに伝えたいんです。
田辺さんがお昼の放送で僕に作文を読ませるように取り計らってくれた事、僕はちゃんと知っていました。 そして作文を読む当日放送局の先輩に僕の事を頼んでおいてくれた事もちゃんと分かっていました。
僕はその事がすごく嬉しかったです。
僕にはあれからいっぱい友達ができました。そして自分に自信を持つ事ができるようになりました。 それは全部田辺さんのおかげだと思っています。
僕はあの頃、あなたに何度も好きだと言いました。でも、ありがとうとは一度も言えませんでした。
僕はあなたに会ってちゃんとお礼を言いたいんです。 そして今までありがとうもサヨナラも言えなかった僕を許してほしいんです。
もしもこの手紙が宛先不明で戻ってきたら、それはあなたが僕に与えた罰だと思って現実を受け入れるつもりです。
でも本当はそうなる事が怖くてたまりません。

僕の心は今もあなたで埋め尽くされています。
4年半もの間その事に気付かないふりをしてきましたが、もうこれ以上自分に嘘はつけません。
たった1人であなたの背中を見送った日から、僕の心はずっと悲しみに包まれていました。 でもそれに気づかないふりをする事が、ここで生きる術でした。
僕はもうすぐS学園を卒業します。でも、田辺さんを卒業する事はとてもできそうにありません。 僕はあなたの卒業試験に失敗したんです。

かっこいい事ばかり書いてきましたけど……本当は僕はあなたに会って文句を言いたいだけなのかもしれません。
田辺さんは、最後までかっこよすぎました。
僕も相当ずるいけど、田辺さんは僕以上にずるいと思います。
あなたは僕と離れていながらずっと僕の心へ居座る事に成功しました。 僕の心の中はあなたでいっぱいで、僕の頭の中は悔しさでいっぱいです。
あなたは最後の日、どうして僕の胸で泣いてくれなかったんですか? どうして泣き腫らした目で絶対に離れたくないと言ってくれなかったんですか?
どうしていつも物分かりのいい先輩を演じていたんですか? どうしてもっとわがままになってくれなかったんですか? どうしてもっとかっこ悪い所を見せてくれなかったんですか?
僕が初めて卒業を意識した時、最初に頭に浮かんだのはあなたの笑顔でした。
あなたとの思い出は楽しいものばかりで、素敵なものばかりで、絶対に忘れたくないものばかりでした。 忘れようと努力したけど、結局ずっと忘れられませんでした。
あなたの前で朗読した時の事。作文を読む日の朝に、あなたが抱きしめてくれた時の事。 あなたの夢を見た時の事。一緒に夜景を眺めた時の事。あなたの温もりに抱かれて眠った夜の事。
僕は今、あなたの笑顔しか思い出せません。怖い顔をして睨まれた記憶はちゃんと残っているのに、どういうわけかあなたの笑顔しか頭に浮かびません。
今すぐあなたに会いたいです。会えない事が苦しいです。僕にこんな思いをさせているあなたが、本当に憎らしくてたまりません。
あなたがもっと嫌な奴だったら良かった。 たとえば突然不機嫌になって僕に八つ当たりするような……そんなかっこ悪い奴だったら良かった。
あなたがもっとかっこ悪くて意地悪ですごく嫌な奴だったら、もう二度と会いたくないと思う事ができたのに。
それともいつまでも僕の心へ居座る事が、あなたが僕に与えた罰なんですか? それこそが、一度でも他の人に心を許した僕への復讐なんですか?
あなたは最初から全部分かっていたんですか?
僕が絶対にあなたを忘れられない事も。
いつかこうして、僕が未練がましい手紙をあなたに送り付ける事も。

S学園高等部 3年A組 沢村信二