セックスフレンド

 1.

 どうしてこうなっているのか、自分でもよく分からない。
室内は暖かく、ベッドはフカフカだ。
買ったばかりのスーツは、床に投げ出されている。 僕は素っ裸だから、ネクタイもワイシャツもきっとそのへんに転がっているんだろう。
でもどうやって洋服を脱いだのか、記憶はまったくない。そんな僕を見下ろしているのは、目鼻立ちのはっきりした少年だ。
薄っすら茶色に染まった髪が、不定期に揺れ動く。 少し痩せすぎている印象はあるが、手足が長くて肌は白く、その裸体はとても綺麗だった。
それにしても、そんな少年が何故僕の上にまたがっているんだろう。
彼が腰を振ると、ベッドがガタガタと音をたてた。
同時に強い快感が全身を襲う。こんなにいい思いをしたのは、生まれて初めてだ。 僕はただベッドに寝ているだけでいい。彼がうまく導いてくれるから、何もしなくてもいい気持ちになれるんだ。
そのうちに、体の奥から込み上げてくるものを感じた。
中に出してもいいのかな……
そう思った時、僕はすでに射精していた。


 頬にヨダレが流れ落ちて、ある時パッと目を覚ました。
ところがその時、自分がどこにいるのか全然分からなかった。
灰色の壁も、大きすぎるテレビも、僕の部屋にはない物だ。ベッドは異常に柔らかく、そこは汗ばむほどの暖かさだった。
「どうなってるんだ?」
壁に問い掛けながら身を起こすと、頭の後ろがズキッと痛んだ。それと同時に、徐々に脳が目覚め始める。
僕は仕事が終わった後、会社の同僚と一緒に酒を飲んだ。
ビールを3杯と、水割りを5杯。そこまでは覚えているけれど、後の記憶は飛んでいる。
それでも少しずつ思い出してきた。
たしか午後11時になった時、飲み会がお開きになってバーを出たんだ。
僕はかなり酔っていて、それからすぐに帰ろうとした。 ところがタクシーを探している間に裏通りへ迷い込んで、しばらくフラフラと夜の街を歩いたんだ。
僕が歩んだところは、恐らくいかがわしい場所だ。 チカチカするネオンが輝いていて、香水くさい女が次々と近付いてきた記憶がある。
だけどそんな女たちを相手にした覚えはない。いくら酔っていたとはいえ、そのぐらいの理性は働いたはずだ。

 それなのに、実際の僕は裸でベッドの上にいた。
この部屋には生活感がない。信じたくはないが、多分ここはホテルだろう。
床の上には使用済みのティッシュが投げ捨ててある。
そういえば、見知らぬ人とセックスをしたような気がする。細かい事は分からないけれど、相手は綺麗な少年だった。
情事の後にはありがちな、腰の痛みを若干感じる。
僕は確かに今まで眠っていた。でもこの現状を見る限り、あれは夢ではなかったようだ。
「うわぁ……」
思わず頭を抱えた。
酒の力は恐ろしい。行きずりの相手と寝た事なんか、今まで一度もなかったのに。 しかも相手は男だなんて……そんな事は、一生誰にも言えないと思った。


 僕はゆっくりベッドを下りた。飛び降りたりして強い衝撃を受けると、また頭がズキズキと痛むからだ。
腕時計の針は3時をさしている。すりガラスの入った窓の向こうはまだ暗い。
ここはいったいどのあたりだろう。ホテル街といえば2〜3箇所は思い浮かぶけれど、それを特定する材料は何もない。
でもそう遠くへは来ていないはずだから、今から帰ればなんとかなるだろう。 家で2〜3時間寝て、シャワーを浴びて、それから会社へ向かえばいい。
とにかくあれこれ考えているヒマはない。早く帰らないと、仕事に差し支える。今日も9時には出勤して、会議に出なければならないんだから。
そう思って、まずは洋服を探した。いくらなんでも裸でホテルへ来る事はないから、きっとそのへんにスーツがあると思ったんだ。
ところが、どこを探しても見つからなかった。洋服はもちろん、鞄や財布も見当たらない。
クローゼットにはバスローブしかないし、床にはゴミが散らばっているだけだ。 バスルームやトイレにも行ってみたけれど、状況は何も変わらなかった。ベッドの下を覗いたり、カーペットを捲ったりしてもただ絶望を感じるのみだ。
「あぁ、最悪だ!」
ベッドに倒れ込んで叫ぶと、頭が割れそうなほど痛くなった。
洋服も、下着も、財布も、携帯電話も何もない。
僕は捨て猫のように、身一つでここへ置き去りにされたのだった。