君を守りたい
1.
午後6:00。俺はこの時間電車に乗るのが苦手だ。
会社員たちの帰宅ラッシュという事で車両がぎゅうぎゅう詰めになるからだ。
9月。2〜3日前までは夏の名残で暖かかったのに、昨日から急に寒くなってコートを着ている人が増えた。
いつもならこの時間電車で座れる事なんかないのにこの日はラッキーで、俺は3両目で椅子に座り、ひしめき合って電車の揺れに身をまかせる人たちを見上げていた。満員電車の中では必然的に人しか見えなかった。
つり革につかまって半分眠っているサラリーマンや潰されそうになりながら足を踏ん張っているOL。
1日の仕事が終わった後で、どことなく皆の顔はほっとしているように見えた。
2つ先の N 駅へ着けば、この電車は急にガラガラになる。
N 駅は住宅地の真ん中にあって、この電車に乗っている人の8割ぐらいはその辺りの住人だからだ。
そして俺も皆と同じく N 駅で降りる予定だった。
それにしても、この時間の車両は本当に人口密度が高く、空気が淀んでいる。
隣に座っているオヤジの整髪料の香りは強烈すぎる。
トイレにも行きたいし、早く電車を降りたい……
そんな事を考えていた時、膝の上に乗せているスポーツバッグの中の携帯がブルブルと震えた。
俺は紺色のスポーツバッグのファスナーを開け、すぐに黒く光る携帯を取り出して開いた。
どうやらメールが届いたようだった。
『明日ヒマなら映画に行かない?』
それは同じクラスの綾子からのメールだった。
綾子は俺に気がある。でもちょっとしつこくて、俺は彼女が苦手だ。
俺は左手の指で『明日は用事があるから無理』とやんわりと断りのメールを打ち、
それを素早く送信した。
その時、突然電車が大きく揺れた。俺も座ったままで体が左に大きく揺れた。
つり革につかまって半分寝ていたサラリーマンがパッと目を開き、
更にきつくつり革をつかんで踏ん張っている。近くにつかまる物のない人たちは
大きくよろめき、「キャー」という女の悲鳴がそこいら中に響いた。
俺はその時、携帯を手にしたままで頭が真っ白になっていた。
信じたくはないけど、これは現実だ。皆には分からなくても、俺にはちゃんとその自覚があった。
股間のあたりが変に生温かい……
俺は今の衝撃で漏らしてしまったんだ。帰宅ラッシュで人がひしめく満員電車の中で。