右手の誘惑
1.
すげぇ気持ちいい……
そう思ったのも束の間 俺は自分の股間にぶら下がる男のシンボルがしぼんでいくのを見た瞬間、すぐに後悔というか罪悪感というか、その両方というか……自分でもよく分からない嫌な気分にさいなまれた。
トイレのドアには俺が射精した白い液体が飛び散り、それがゆっくりとした速度で白いラインを描き、下へ流れ落ちていった。
俺は銭湯のトイレの便座に腰掛けたままで頭を抱えた。
とうとうやっちまった。ずっと我慢していたのに……とうとうやっちまった。
目線を上げると自分の発射した白い液体と目が合ってしまう。
だから俺はずっと視線を床の上に泳がせていた。それなのに、無情にも白い液体は俺の視界へ紛れ込んできた。ドアの上を縦に滑り落ちた精液は、俺が見ているタイルの床の上にポタリと落ちた。
ほんの少し前まで俺の体内にあった白い液体。
それを体に留めておく事もできたはずなのに、俺は自らの手でそれを外へ追い出した。
1ヶ月前から、俺の心は揺れていた。
それは最近銭湯でよく会う色の白い少年のせいだった。
彼とは今までに何度も銭湯で鉢合わせをした。彼の存在は、古めかしい銭湯ではかなり浮いていた。
最初に彼と会った時は温泉マニアかと思ったけれど、定期的に通って来る所を見るとそういうわけでもなさそうだ。
俺は今時6畳一間の風呂なしアパートに住んでいる貧乏人だ。
俺が銭湯へ通うのは、生活の一部としてそうしているだけだ。部屋に風呂が付いていないんだから、そうするより他ない。
だけど近所には意外にそういう人たちも多く、俺が銭湯で顔見知りになった連中は家に風呂のない奴らばかりだった。
でも、彼だけはどう見てもそんな人種じゃない。
バランスの取れた体つき。柔らかい物腰。シミ一つない透き通るような白い肌。
要するに彼は、銭湯の客にしては美しすぎた。
男の俺が惚れ惚れするほどに……美しすぎたんだ。
彼はいつも、夜の8時頃になると銭湯へやってくる。そして俺もいつの間にか彼と時間を合わせるようになっていた。
でもほとんど毎日彼と出くわしているにも関わらず、俺はまだ彼と一度も話した事がない。
なんというか、ドキドキしちまうんだ。
別に普通に「いつも会うな」なんて話しかければ、きっと彼だって挨拶くらいはしてくれるはずなのに……それなのに、彼を目の前にするとどうしても心臓の鼓動が早くなって、何も言い出せなくなる。
俺はとりあえず、しぼんだ物の先に残っている白い液体と目の前のドアに飛び散った同じ液体をトイレットペーパーでそっと拭き取った。
でも、まだ立ち上がる事が出来ない。立ち直る事もできない。
俺は自分のした事がすごくショックだった。
いつかこんな日が来るような予感はずっと前からあったけれど、それでも理性の方が勝つと信じていた部分も多かった。
俺は、おかしくなったんだろうか。
今まで男に惚れた事なんかないのに……いつだってセックスの相手は女だったし、マスターベーションをする時だって、頭に浮かぶのはグラマーな美人ときまっていたのに……
そう。俺は今、生まれて初めて男をオカズにしてマスをかいた。
ずっと我慢してきたけど、もう限界だったんだ。
俺は彼の隣で体を洗う時、いつも興奮していた。
彼がシャンプーをしている様子や体をこすっている様子を見るだけで、もうシンボルが爆発しそうだった。
石鹸を泡立てて股間を洗う時、いつも射精しそうになるのをぐっと堪えた。
風呂のタイルの上を俺の使ったお湯と彼の使ったお湯が一緒になって流れていくのを見ては、すごく興奮した。
泡を伴って混じり合い、排水口に流されていく2種類のお湯を見ていると俺の体と彼の体が触れ合ったような錯覚を覚えた。
だって、俺の体を洗ったお湯と彼の体を洗ったお湯が合体するんだから。
でも……やっぱりショックだ。
男の体を見て性欲をかき立てられるなんて、そんな事は絶対にあり得ないはずだった。
なのに俺はついさっき、頭の中で彼とやりたい事を全部実現してしまった。
薄く柔らかい唇にキスをして、首から順番に舌を這わせ、最後に彼のシンボルへキスをする。
それから俺は、石鹸の泡がいっぱいの右手を使って彼の体を愛撫する。
すると彼は、すぐに喜びの声を上げる。
興奮した彼は、今度は自分の右手に泡をいっぱいつけて俺の体を愛撫してくれた。
そしてほんのちょっとだけ……彼の手がほんのちょっとだけ俺のシンボルに触れた瞬間、夢から醒めてしまった。
結果 俺の目の前には飛び散った精液としぼんだシンボルという現実だけが残された。