42.

 電車を降りて改札口を出ると、外の景色が雨のカーテンで遮られていた。
今日は雨の予報は出ていなかったのに…空は時として気まぐれだ。
改札口の付近には傘を持たない人たちの姿がたくさんあった。 濡れる覚悟で外へ飛び出すにしても、今日の雨はひどすぎたのだ。
どしゃ降りの雨は休む事なく地面を叩きつけていた。スッと小さく息を吸うと、濡れたアスファルトの香りがした。
目を細めて雨のカーテンの向こうを見つめても、外を歩く人の姿はまったく見当たらなかった。
「ねぇ、駅まで迎えに来て。ひどい雨で困ってるの」
雨音に混じって背後からそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはセーラー服を着た若い女の子がいた。
彼女は券売機の横に立って携帯電話を耳に当てていた。 その様子を見た時、僕の上着のポケットにも携帯電話が入っている事を思い出した。
パパに電話して彼女と同じ事を言えば、彼はきっとすぐに迎えに来てくれる。でも僕はそれが分かっただけで満足していた。
僕はパパに電話をして迎えに来てくれるのを待つのがもどかしかった。
駅から自宅のマンションまでは走れば5分もかからない。だったら今すぐどしゃ降りの雨の中を駆け出したいと思った。 いつもの時間に家に帰り、いつもの時間にパパと愛し合いたかったからだ。
背中の後ろには強い雨の音が響いていた。湿気が多くて気温が高いため、なんとなく肌がベトついていた。
雨の日のこの肌を、パパの手で今すぐ愛撫してほしい。そんな思いが頭をよぎると、体の一部分が硬くなってきた。

 どしゃ降りの雨は更に威力を増したように思えた。透明だった雨のカーテンは、すでに白くなりつつあった。
僕は覚悟を決めて外へ飛び出すつもりだった。だけどその時、突然白いカーテンの向こうに輝く光が見えたのだ。
僕はもう一度目を細めてその光をじっと見つめた。眩しい光は、僕を真っ直ぐに照らしていた。
緩めのティーシャツと、白いコットンパンツ。光の中にその姿を見た時、僕は泣きたいぐらい嬉しくなった。
「雅巳くん、間に合ってよかった…」
パパは息を切らして僕のところへ駆け寄ってきた。
茶色の髪から雫が滴り落ち、緩めのティーシャツはわずかに濡れて肌に貼り付いていた。 そしてコットンパンツの裾には薄く泥が跳ねていた。
僕はもう周りの人なんかちっとも目に入らなくなった。パパの顔を見上げると、その輝きに目を奪われてしまったのだ。
「さぁ、帰ろう。車で迎えに来てるから、何も心配いらないよ」
パパは髪を濡らす雫を振り払いながら優しい目をしてそう言った。
パパはどしゃ降りの雨の中から現れて、たった1人で立ち尽くす僕に救いの手を差し伸べたのだ。
彼は初めて会った時にも同じ事をしてくれたのだった。
彼と出会う前の僕は、いつも雨のカーテンを見つめているようなものだった。
傘もなく、迎えに来る人もいない。たった1つの選択肢は、雨に濡れて歩くだけ。
ずっとずっとそんなふうだったのに、パパはある時突然現れて僕に傘を手渡してくれた。 そして傘のない時には濡れながら一緒に歩いてくれたのだ。
人が大勢いる所で手をつないでもらうと、本当に嬉しくて涙が出そうになった。
彼に手を引かれて外へ駆け出し、見慣れたRV車に乗り込むまで、僕たちはたしかに同じ雨を浴びていた。


 パパは家に帰るまで決して僕の手を離そうとはしなかった。
湿った手と手が触れ合った瞬間から、僕たちの時間は始まっていたのだ。
車を降りてマンションへ駆け込み、高速エレベーターに乗って最上階へ向かう。
玄関の重厚なドアを開けた後、パパは僕に靴を脱ぐ時間さえ与えない。
僕は彼に手を引かれて狭く薄暗い廊下を真っ直ぐに進んだ。パパはこの長すぎる廊下がお気に召さないようだった。
僕は廊下の先にあるリビングへ辿り着くまでに両足に付きまとうスニーカーを蹴ってそのへんに投げ飛ばす。 そして2枚目のドアが目前に迫ると、いつも重い鞄をあっさりと手放すのだ。
パパの左手が素早く2枚目のドアを開ける。すると、僕の目に再び白いカーテンが映し出された。
全面ガラス張りのリビングの壁の向こうには、雨のカーテンが引かれていたのだった。
ドアの横に掛けられたスクリーンと、天井からぶら下がるプロジェクター。そして部屋の奥には幅の広い真っ白なソファー。
廊下とリビングの床は段差のないバリアフリーで、白いタイルの床は廊下からずっと続いていた。
リビングには雨音が大きく響いていた。
パパは相変わらず僕の手を引いて、足音もたてずに目の前を歩いていた。

 彼はどうやっても抵抗できないほど強い力で僕をソファーへ押し倒す。
胸に覆いかぶさる彼の体はとても軽い。なのにどれほどがんばってもその体を突き飛ばす事はできないのだった。
パパはひょろっと背が高く、病的に色白な事も手伝って一見とても華奢な印象を人に与えた。
細く長い首や緩やかな肩の流れや子供のように細い腕がすべての人にそう感じさせるのだ。
なのに、その体のいったいどこにこんな力が潜んでいるのだろう。
フカフカなソファーに身を沈めてゆっくり目を閉じると、僕はすぐに唇を塞がれた。
僕はその瞬間に強い快感を覚える。僕の感度がいい時は、思わずキスだけでいってしまいそうになる。
だけどパパの舌は今日に限ってあまり積極的な動きを見せなかった。 それどころか、温かい舌は一旦僕の口の中へ入り込んだ後すぐにピタッと止まっていた。
すべてを理解した僕には、もうすでにその訳がちゃんと分かっていた。
パパはすぐに僕の唇を解放し、冷たい目で僕を見下ろした。眼光鋭い彼の目が、銃口のように僕に向けられた。
「甘じょっぱい味がする」
掠れた声が、大きな雨音と重なった。
僕はパパの白い頬に手を伸ばし、それからしっとりと濡れた茶色の髪を撫でた。
雨のカーテンに包まれ、明るさの失われた部屋で彼と触れ合うと、なんだかいつも以上に興奮してきた。
「今日、若葉とたこ焼きを食べたんだ」
「…」
「他の友達にも遊びに誘われたけど、パパに会いたいからすぐ帰ってきたんだよ」
パパはちゃんと僕の声を聞いていた。そして輝く目は僕のすべてを観察していた。
その目はアンテナの役割を果たしていて、どんなに小さな僕の変化も見逃さない。 一時アンテナが鈍っていた時期はあったけど、それはもうちゃんと修復されているはずだった。
パパは渇いた唇でもう一度僕の口を塞いだ。目を閉じると、降りしきる雨の音が小さくなっていくような気がした。
彼の舌はもう決して遠慮しなかった。彼のアンテナは、僕の言葉に嘘がない事をしっかりと感じ取ったのだ。
頬の粘膜を舐め回され、舌の先を何度も強く噛まれた。すごく気持ちがよくなって、少しずつ少しずつ意識が遠のいていった。
僕は彼とのキスに溺れてしまい、パパの手がどうやって僕の学ランを脱がせるのか記憶に残す事ができなかった。

 ベトつく肌はいつの間にか湿気の多い空気に晒されていた。
乳首を指でつままれた時、僕の意識がやっとそこへ戻ってきた。
キスが済むと、パパの唇が胸元へ移動した。鎖骨の下あたりを強く吸われた時、上ずった声が雨音をかき消した。
「あぁ…!」
今度は乳首を歯で噛まれ、それと同時にパパの指が僕の硬いものを捉えた。 その先端がしっとりと濡れているのは、決して雨の影響ではなかった。
2つの性感帯を同時に刺激されると、震えるような快感が全身に襲い掛かった。
乳首を強く噛まれるたびに体が痙攣し、硬いものをいじくられるたびに先端から生温かいものが溢れ出した。
もっとゆっくりかわいがってほしいのに、パパはすごく先を急いでいた。
先端の割れ目に爪が入り込むと、また大きく体が痙攣した。
「あっ、あっ、いや…!」
僕はパパの背中に爪を立てた。
これは2人の秘密だけど、僕の胸にはキスマークがいっぱい付いていた。 そしてパパの背中には僕の爪あとが色濃く刻まれているのだった。

 パパの温もりが一旦胸を離れた。彼は僕の足を軽く開かせ、その間に座り込んだようだった。
それからすぐに、拷問のような快感が全身に襲い掛かってきた。
どうしようもなく濡れた先端を爪で刺激され、同時に体の中にパパの指が2本入り込んだ。 2本の指は僕の中で折れ曲がり、奥へ入ったり出口へ向かったりするのを何度も繰り返した。
それと同じリズムで先端に刺激を受けた時、そこから大量の体液が溢れ出した。生温かい体液はどんどん流れ落ちて僕の腹部を濡らしていた。
パパの指が動くたびに、体に電気が走った。
爪が割れ目の奥にぶち当たる時、一瞬鋭い痛みを感じた。その後先端を撫でられると、その痛みが快感へと変わるのだ。
僕は体の奥から込み上げてくるものを必死に堪えていた。挿入前にいってしまうのは、顔から火が出るほど恥ずかしかったからだ。
全身が痺れ、感覚が麻痺して自分の体が自分のものじゃないように思えてきた。
でもきっとそれは正しい。僕の体は僕のものであって僕のものではない。 僕のすべてはパパのものだ。僕はとっくの昔に彼にすべてを捧げているのだから。
「あぁ…あぁ…」
拷問のような快感に耐える事はすごくつらかった。僕は小さく喘いで湿った髪をかきむしった。
今日のパパはちょっと意地悪だった。 いつもならもうセックスを始めているはずなのに、彼自身が僕の中へ入ってくる気配はまだ感じられなかった。
僕にはちゃんと分かっていた。彼はきっと、僕の口からこのセリフを言わせたかったのだ。
「パパ、入れて」
計算通りにそのセリフを言わせると、彼は指の動きを緩めながらクスッと笑った。 パパだって本当は僕が欲しいくせに、余裕があるフリをして小さく笑ったのだ。
散々彼にもてあそばれて、どうしようもなく下腹部が濡れていた。 パパがその様子をしっかり見ているのかと思うと、強い羞恥心が込み上げてきた。
「今日の事、そのまま小説にしてもいい?」
自分で打診しておきながら、パパは返事を待たなかった。 望みが叶って硬い肉片を受け入れると、僕は返事をする間もなく叫んでしまうのだ。
「あ…あぁ!」
腰に伝わる圧迫感と、これまで以上の快感が僕の身を包み込んだ。
2本の指じゃ物足りなかった。パパと1つになって、2人で頂点へ上り詰めたかった。
僕は尻に力を入れて硬い肉片をぎゅっと締め付けた。するとパパは息を呑んで僕の胸に倒れ込んだ。
「ん…」
雨音にかき消されそうな喘ぎ声がすぐそばで聞こえた。パパは僕の先端に指を這わせ、それと同時に大きく腰を振った。
僕は両手でパパの尻を引き寄せた。すると硬い肉片が更に奥まで入り込んだ。
僕は何度も身をよじって拷問のような快感に耐えた。
気持ちいい。すごく気持ちいい。ずっとずっとこうしていたい。
もう学校へなんか行かず、1日中こうしてパパと体を重ねていたい…
強くそう思った時、急に体温が上昇を始めた。そして喉がカラカラに渇いた。 しっかりと閉じた瞼の向こうに、キラキラ光る星のようなものが見えた。


 僕はパパの事が大好きだった。誰よりも、何よりも、彼の事が大好きだった。
若葉や神崎は昔の僕を知らない。孤独と闘い、暗い目をしていた僕の姿を、彼らは一度も見ていない。
でもパパだけは違う。パパはあの頃の僕を好きになってくれた唯一の人だった。
誰にも相手にされない時代の僕を愛してくれたのは、パパしかいなかったのだ。
僕はそんな彼を決して裏切ったりはしない。裏切るどころか、もっともっとパパを愛してあげたいと思っていた。
できれば24時間そばにいて、なんでもパパの言う事を聞いてあげたい。 パパにはなんでもしてあげたい。彼が望むすべての事を、僕が全部してあげたい。
その思いが強くなると、僕は危険な事を考えるようになった。
時々悪魔が耳に囁くのだ。一度でいいからパパを裏切ってしまえ、と悪魔が何度も囁くのだ。
もしも本当にパパを裏切ったら、彼は僕をどうするだろう。
ある時パパが口にしたように、僕は鎖につながれてこの部屋に幽閉されるのだろうか。
その様子を想像すると、僕はいつも興奮した。その暮らしが実に魅力的に思えたからだ。
この手を鎖で縛られる時、僕はパパに深く愛されている事を実感するだろう。 僕を自分のものにするために縛り付けるなんて、あまりに素敵すぎる。
今でも僕は十分彼に縛られている。
いつもパパの目が光っているから。彼はきっと、いつもどこかで僕を見つめているから。
でもまだ足りないのだ。僕はもっともっとパパに愛されている事を感じていたいのだ。 そして僕がどれほどパパを愛しているか、彼に知ってほしいのだ。
パパに命令されて、彼の肉片を口にくわえる。
小さな尻を差し出して、パパにお仕置きをしてもらう。
罪人となった僕は、彼の要求をなんでも受け入れる。それが僕のパパに対する愛の証しだから。
僕がパパを裏切る時は、彼を愛する故にそうするのだ。

 それともパパは、罪を犯した僕を殺してしまうだろうか。
それはますます魅力的だ。
人は必ず一度は死ぬ。孤独な人にも、美しい人にも、死というものだけは平等に訪れる。
だったらパパに撃たれて死にたい。彼が持っている心の銃で、体を粉々にされてしまいたい。
僕たちの物語は、その瞬間に終止符が打たれる。
僕たちの物語を完結させるのはパパしかいない。それはきっと、最高に素晴らしいラストシーンになる。
たとえ心臓が砕け散っても、パパが書いた僕たちの物語はこの世界に残るのだ。 僕たちの愛の記録は、僕が死んでも決して失われる事がないのだ。
それはなんて素敵な事だろう。そんな事を想像すると、あまりにも興奮して頭が狂いそうになる。

 彼はどんな時でも目の輝きを失わない。その目はアンテナの役割を果たしていて、どんなに小さな僕の変化も見逃さない。
いつか僕がパパに背を向ける時がきたら、その目はすぐ僕の裏切りに気付くだろう。
その時彼はいったい僕をどうするのだろうか。僕は時々無性にそれが知りたくなる。
縛られてもいい。
殺されてもいい。
とにかく僕は、永遠に彼の愛を感じていたいのだ。

終わり