23.
木曜日の午後11時。僕は今、珍しく机に向かっている。それはどうしても明日までにやらなければならない宿題があったからだ。
机の上に広げているのは、400字詰の作文用紙だ。
時々指でシャーペンを回しながら、少しずつそのマスを埋めていく。
これほど楽しい宿題は、きっと生まれて初めてだった。
「なぁ、俺のどこが好き?」
さっき電話で、つかさにそう聞かれた。その時僕は、とても一口では答えられなかった。
「じゃあ明日までに、その答えを400字以内にまとめてこい」
それがつかさの出した宿題だった。そして僕は、ウキウキしながら机に向かったのだった。
ところがこれが、案外難しい。それが分かったのは、机に向かって30分が過ぎた時の事だ。
つかさの好きなところは、いっぱいある。
笑うと垂れ下がる目。そしてその笑顔。
キスが上手なところ。口が達者なところ。
僕を大切にしてくれるところ。
僕の話をちゃんと聞いてくれるところ。
ぎゅっと抱きしめてくれるところ。
何度も好きだと言ってくれるところ。
それだけじゃない。他にも彼の好きなところは、もっともっといっぱいある。
しかしそれを400字でまとめるのは至難の業だった。
箇条書きにしても、そうじゃなくても、どうしても400字を越えてしまうんだ。
宿題はなかなかうまくいかず、何枚もの作文用紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
するとあっという間に、ゴミ箱がいっぱいになってしまった。
「あぁ、もう!」
10枚目の作文用紙をクシャッと丸めて、力任せに床に叩きつける。
気付くとすでに、日付が変わろうとしていた。家の中がやけに静かなのは、きっと両親が眠ってしまったからだ。
今この家で電気が点いているのは、恐らく僕の部屋だけだろう。
それから僕は、机に突っ伏して考えた。
これが英語や数学の宿題なら、別に放り出しても構わない。明日学校へ行って、友達にノートを借りればそれで済む。
だけどこれだけはそうはいかない。人にノートを借りたところで、何の参考にもならない。
僕は何とかしてこの宿題をやり遂げたかった。たくさんの文字で埋まった作文用紙を見せて、彼を喜ばせたかったんだ。
この際400字にはこだわらず、何枚にも渡ってつかさの好きなところを書いてみようか……
一瞬そう思ったけれど、その考えはすぐに打ち消した。
もしもそれを始めたら、作文用紙が何枚あっても足りない。それにきっと、朝になっても宿題は終わらない。
つかさは僕が何を書いて持っていくか、楽しみにしているだろう。
どうしよう。どうやったら彼に満点をもらえるだろう。
僕はつかさが好きだ。たまらなく好きだ。
でも国語の成績は2だから、その思いをうまく言葉で表現する事ができない。
じゃあ仕方がないから、1番好きなところを書いてみようか。
つかさの1番好きなところはどこだろう。
真ん丸な笑顔か、それとも優しいところか。いや、そうじゃなくて、僕を大切にしてくれるところだろうか。
やっぱりダメだ。絶対1つには決められない。
だって全部が好きだから。僕はつかさのすべてが好きだから。だから、とても1つになんか決められない。
こんな宿題は、最初から無理だったのかもしれない。
つかさの好きなところはいっぱいありすぎて、絶対400字になんかまとまるはずがないんだ。
そこまで考えた時に、やっと閃いた。
そうだ。今の僕の思いを、素直に書けばいいんだ。
その答えは完璧に思えた。ちゃんと400字以内にまとまるし、これなら彼もはなまるを付けてくれるだろう。
結局僕が作文用紙に書いたのは、たったのこれだけだった。
『つかさの好きなところは、400字では書ききれないよ』