16.

 ホテルの部屋で圭太を待つのは久しぶりだった。約1ヵ月半ぶりだ。
俺は彼が会ってくれないんじゃないかと思っていたけど、そんな事はなかった。 でも本当はもう俺になんか会いたくないのかもしれない。ただ、彼の方は客を選ぶ事ができないだけなのかもしれない。
俺は狭い部屋の中を落ち着きなくウロつき、悪い方向へ悪い方向へ物事を考えていた。
彼の泣き顔とさよなら…と言った声を思い出すと、どうしてもそんな事ばかり考えてしまう。裕也が言ったように、 俺は圭太以上に自分に自信がないのかもしれない。
今夜はあまりいい部屋は取らなかった。ベッドはでかいけど部屋はすごく狭くて、窓の外の景色は最低だ。 窓から顔を出してみても、夜空も星も何も見えやしない。しかも、床に敷かれたカーペットには所々にシミが付いていた。

 俺がカーペットのシミを見つめていた時、部屋の中にインターフォンが鳴り響いた。
いつもならすぐにドアへ駆け寄って彼を部屋へ入れるのに、今日はなんだか足取りが重い。
でも、ここを乗り越えなければ何も始まらない。もしも乗り越えられなかったとしても、きっと裕也が慰めてくれるだろう。
俺は自分にそう言い聞かせ、静かにカーペットの上を歩いてドアへと近づいた。
緊張して、心臓がドキドキして、本当はここから逃げ出したい。でもそれ以上に…早く圭太に会いたい。
銀色の取っ手をつかんで白いドアを押すと、そこには変身を遂げた圭太の姿があった。
俺はその姿にかなり驚き、しばらく取っ手をつかんだままドアを半開きにして廊下に立っている彼を見つめていた。
圭太は少し会わないうちにだいぶ垢抜けていた。肩にかかるぐらいの長さに切った髪は淡い茶色に染まり、質のいい革のハーフコートを 着て…とにかく、彼の印象は以前とはガラッと変わっていた。
今時の若者。圭太は大人がよくそういう言い方をする 都会的な少年に変身していた。
だけど俺は彼の顔の一部であるフレームの細いメガネを見て安心した。そして彼の足元を見てもっと安心した。 小奇麗な洋服を着ている彼の靴は、相変わらず薄汚れたあの靴だった。ずっと彼と共に歩んできた、あの革靴だ。
「…入って」
圭太はずっと俯き加減だった。ちょっと遠慮がちに部屋へ入る仕草は、以前とまったく変わっていなかった。
「はい、これ」
俺はドアの前に立つ彼にいつも通り3万円を手渡した。すると彼は軽く頭を下げてそれを受け取り、いつものようにすぐコートの ポケットに金をねじ込んだ。
「もっとよく顔を見せて」
俺はそう言って彼を促したけど、彼は俯いてばかりいた。そして茶色に染めた髪をしきりに気にしているようだった。
「よく似合うよ」
俺がそう言ってやると、圭太は少し頬を染めながらやっと顔を上げた。その純朴な雰囲気はそのままで、 俺は彼が本当は何も変わっていないという事を実感した。
「今夜一晩、一緒にいたいんだ」
俺はまず最初にこれを彼に伝えようと思っていた。彼にはきっと、次に待っている客がいると思っていたからだ。
案の定、圭太は軽く首を振った。だけど俺はどうしても今夜だけは彼を独り占めしたいと思っていた。
「マネージャーに電話して、後の客はキャンセルしてもらってくれないかな。金をいつもの倍払うから。ダメなら、3倍でもいいし」
圭太は俺の言い草にかなり驚いたようで、その目は 本気なのか?と言っていた。
俺はジャケットの内ポケットから革の財布を取り出し、その中からとりあえず20万を取り出して彼の手に握らせた。 これだけ払えば、彼も納得してくれるはずだ。
「早くマネージャーに電話して。お願いだから」
圭太は右手に札束を握り締めたまま俺をじっと見つめていた。やがて彼はやっと俺の本気を感じ取ったようで、何も言わずに マネージャーに電話をかけて後の客を全部キャンセルしてくれた。

 「おいでよ」
俺は電話を終えても尚ドアの前に突っ立っている彼の手を引いて、ベッドへ連れて行った。
それから彼のコートを脱がせてやり、彼と並んで硬いベッドに腰かけた。 本当はすぐにでも彼を抱きたかったけど、あんなふうに別れた後だったから、いきなり彼をベッドへ押し倒すのは気が引けた。 圭太は相変わらずシャイで、その時は下を向いてばかりいた。
彼はざっくりした白いセーターを着ていて、それがすごくよく似合っていた。彼はとても痩せているから、どちらかといえば セーターに着られているような感じだった。
「かわいいよ」
俺がそう言って彼の肩を抱いてやると、彼は体の力を抜いて俺に身を任せた。するとその時、彼がかけているフレームの細いメガネが カタ、と小さく音を上げた。俺は圭太の小さな頭が肩に寄り掛かるこの感触を、何よりも愛していた。
「もう…会ってくれないかと思ってた」
圭太のかすれた声が小さくそう言った。俺は彼も自分と同じ事を考えていたという事実がすごく嬉しかった。
俺は部屋の明かりを少し落とし、彼のセーターを脱がせて床の上に投げ捨てた。するとその時、 メガネも一緒になって床の上に落ちてしまった。本当はもっと紳士的に時間を掛けてそうしたかったけど、 彼に触れるとすぐに抱きたくてたまらなくなった。
圭太はいつものように俺のネクタイを外し、ワイシャツを脱がせ、それらをどんどん床の上に投げ出した。
俺たちはあっという間に裸になり、ベッドの上へ倒れこんだ。だけど俺が彼の上になってキスをしかけた時…突然圭太が 待ったを掛けた。
「ねぇ、待って」
圭太は白い枕に頭を乗せ、俺を見上げて小さくそう言った。その目には少し戸惑いの色が見え、頬はピンク色だった。
「久しぶりで…緊張する」
彼は俺から目を逸らし、そう言って枕に顔を埋めてしまった。俺はそんな彼がとてもかわいくて、すぐに彼の隣へ移動し、 その細い体を抱きしめてやった。

 1つの枕を2人で使い、俺たちは見つめあった。圭太の頬に手をやると、彼はやっと少し笑ってくれた。
「ずっと…会いたかったよ」
「僕も」
彼は短くそう言って声を詰まらせた。彼の潤んだ目には、俺だけが映し出されていた。
彼をきつく抱きしめると、もう二度と離したくないと思った。俺はそのつもりで今夜彼と会ったけど、今その思いが確信に変わった。
「俺…お前が好きなんだ。お前の事が、ずっと忘れられなかったんだ」
少し前の俺なら、こんな事はなかなか口に出せなかった。でも、裕也が俺にそうする勇気を与えてくれた。 これがうまくいかなくても…きっと裕也は俺と一緒に泣いてくれる。
「ダメ…そんな事言わないで」
やっぱりそう簡単にはいかなかった。道は険しかった。圭太はそう言って俺に背を向けてしまった。
俺は背中から彼を抱きしめ、何度も何度も好きだと言った。でも圭太はそのうち泣き出してしまい…俺の腕に彼の涙がいくつも 零れ落ちた。
「そんな事言わないで。僕、ちゃんと分かってるんだ。和希はあの人が好きなんでしょう?」
あの人。彼が言うあの人とは、間違いなく裕也の事だった。俺は…ちゃんと裕也との事を彼に話そうと思った。
「裕也は俺の親友なんだ。だから、彼の事はもちろん大好きだよ。しばらく離れてた間はすごく淋しかった。 でも今はまたそばにいてくれるようになったから、すごく嬉しいと思ってるよ」
「だったら…どうして僕を呼んだりしたの?もう僕は必要ないはずだよ」
彼はもうその時ひどい涙声で、しゃくり上げて泣いていた。俺はそんな彼を見て、手ごたえを感じていた。
「裕也は親友だから、一生付き合っていきたいと思ってる。彼にはなんでも話したいと思ってる。 だから俺…お前の事をちゃんと彼に打ち明けたんだ」
そう言った時、圭太が突然振り返って俺の顔をじっと見つめた。彼は相変わらずしゃくり上げて泣いていたけど、 それでもひどい涙声で話し続けた。
「僕の事…あの人に話したの?」
「うん」
「なんて?」
「圭太の事が好きだって」
「あの人の反応は?」
「今度、圭太を紹介してくれって言ってたよ」
彼はその話をにわかには信じられないようだった。でも彼は察しがいいから、きっとすぐに俺の話が嘘じゃない事を悟ったはずだ。

 薄闇の中に、しばらく圭太の泣く声が響き渡っていた。俺は黙って彼を抱きしめてやる事ぐらいしかできなかった。
彼の細い肩が、俺の腕の中で小刻みに震えていた。俺はずっと、彼を守っていきたいと思った。
「もうこんな事は…やめにしたい」
俺はそう言って彼の上になり、その小さな唇を奪った。すると彼は俺の肩に手を回し、何度も何度もキスをねだった。
久しぶりに感じる彼の体温が、俺を興奮させた。口の中で絡み合う舌が、俺の体を紅潮させた。 右手を下の方へ滑らせると、もう彼のものは熱くなっていた。
俺はすぐに彼の中へ入り、腰を振って大きなベッドを何度も揺らした。
「あ…あぁ」
圭太はもう泣くのも忘れ、気持ち良さそうな声を上げた。
腰を振りながら彼の熱いものに触れると、彼は更に大きく声を上げた。
「あ…あぁ!ダメ!」
薄闇の中に響くのは、ベッドの軋む音とかすれた彼の声だけだった。彼の両足を大きく開かせてもっと奥を攻めると、 彼は射精を堪えるためにきつく目を閉じて奥歯を噛み締めた。
俺は、彼の熱いものを激しく愛撫しながらそんな彼をじっと見つめていた。 彼の額に光る汗や、茶色に染めた髪が微かに揺れるのを、ただじっと見つめていた。
きっとすぐに限界はやってくる。でも、もう少し今を楽しみたい。俺は彼と同じように奥歯を噛み締め、体の中からこみ上げてくるものを 必死に堪えていた。
もう圭太が裕也に見えるような事はない。圭太は圭太でしかない。俺が好きなのは、シャイで泣き虫な圭太だけだ。
やがて、圭太が枕に頭を乗せたまま薄っすらと目を開けて俺を見上げた。
彼の息は荒く、その激しい息遣いが俺を更に興奮させていた。
「和希が好き…」
その時、彼が初めてそう言ってくれた。初めて俺の事を好きだとはっきり言ってくれた。
でも…このセリフは前にも聞いた事がある。あれはいつだっけ?彼はいつ、俺を好きだと言ってくれたんだっけ?
その時の事を思い出した時、体の中から込み上げてきたものが全部吐き出された。
俺が吐き出した体液は、彼の尻を伝って白いシーツの上に大量に溢れた。
それを感じ取った彼は、その後すぐにいってしまった。へこんだお腹の上に彼の体液が溢れ出す。 ふと彼の顔を見つめると、圭太は満足そうに微笑みながらその瞬間を楽しんでいた。

 「嬉しかった」
行為が終わると、圭太は俺に寄りそって弾むような声を出した。
俺はここへ来るまでの緊張感と絶頂を迎えた後の疲労で、もうクタクタになっていた。
なのに彼はご機嫌で、仰向けに寝ている俺の胸に顔を埋め、時々乳首にキスをしながらニコニコと微笑んでいた。 久しぶりに胸に味わう尖った顎の感触が、とても心地よかった。
「和希を初めて先にいかせたから…すごく嬉しかった」
「恥ずかしいよ」
俺は彼の髪をなでながら、夢の中で彼と愛し合った時の事を思い出していた。 この年になって夢精するなんて…思い出すと、本当に恥ずかしかった。
「僕の事が好き?」
圭太の息が胸を刺激して、また彼が欲しくなってしまう。でも時間はたっぷりあるから、もっとゆっくり楽しみたい。
「圭太、もうこの仕事はやめてくれ。俺と一緒に暮らそう」
彼は一瞬体の動きを止め、そしてすぐに俺を見上げた。その目は、本気なのか?と言っていた。
「あまり贅沢はさせてやれないけど、ちゃんとメシが食えるぐらいは稼いでるし、お前1人養うぐらいなんとかなる。 だから…俺のところへ来てくれないか?」
「本気なの?」
圭太は真剣な目をして俺をじっと見つめていた。俺が本気である事ぐらい、もう彼には分かっていたはずだ。
「明日マネージャーに会って仕事を辞めると言ってくれ。俺は明日女に会ってちゃんとケリをつけてくるから」
圭太は何も言わずに俺を離れ、仰向けになって天井を見つめながらしばらく何かを考えていた。彼はものを考える時、いつもこうする癖があるようだ。
何も言わない彼に少し不安を感じ、布団の下でそっと手を伸ばすと、彼は俺の手をぎゅっと握り締めてくれた。 それから彼はその手を握ったまま布団の中へ潜り込んでいった。
「圭太?」
俺が呼ぶと、彼は一瞬布団の中から顔を出してにっこり微笑んだ。それはまだあどけない、子供の笑顔だった。
「これからは僕が目覚まし時計になってあげる。毎朝こうして起こしてあげるから、ちゃんとその感覚を覚えてね」
彼はそれだけ言い残すと再び布団に潜ってしまった。
その後すぐに、下腹部の方に彼の手の温もりを感じた。すると次の瞬間射精したばかりで萎えきっている俺のものに 柔らかい彼の舌が触れた。
「ちょっと…ダメだよ。後にして。圭太、お願いだから」
俺はそう言ったけど…自分のものがすぐ反応を示した事に驚いていた。
俺はしばらく忘れていた。ベッドの上の彼は、普段のシャイな少年ではない事を。
彼の舌が1番敏感な部分を何度も刺激し、あっという間に快感が体中へ広がった。俺は布団の上から彼の頭をなで、きつく目を閉じて体の中から込み上げて くるものを堪えた。
毎朝こうして目を覚ます事ができたなら…俺はすごく幸せだ。
この快感が、ずっと忘れられなかった。忘れたフリをしていたけど、本当はずっとずっと忘れられなかった。
これから毎日こうして愛してほしい。もう彼の温もりを忘れる暇もないほどに…

終わり