15.
俺たちは見事に酔っ払い、その後卒業式の日と同じ道のりを歩んだ。
あの日と同じ川辺を歩くと、あの日と同じく暗闇の中に川の流れるサワサワという音が響き、
すぐ隣を歩く裕也の足音と二重奏になっていた。
「涼しい…」
裕也は向かい風を受けてそう言い、あの日と同じようにフフフ…と小さな笑い声をたてながら歩いていた。
そして俺は相変わらず足元がフラつき、芝生に足を取られてひっくり返るんじゃないかと思っていた。
川辺の外灯には相変わらずほとんど光がなく、あの日と同じように薄暗かった。
それでも裕也はひどく陽気で、急に駆け出したり、また戻ってきたり、時々大きな声で笑ったり、最後には歌を歌い始めたり…
その様子を見たところ、彼は俺よりもひどく酔っ払っていた。
「元気ないね、和希」
彼は途中で歌うのをやめ、隣を歩く俺の顔を覗き込んでそう言った。その声は、呂律が回っていなかった。
「何か…話したい事があるんでしょう?」
俺はそう言われ、メガネのなくなった裕也の顔を見上げた。
彼はたしかに酔っていたけど、俺の顔色を読む力は衰えていないようだった。
「なんでも話してよ。言ってくれなきゃ淋しいじゃん」
裕也はそう言いながら白い歯を見せて笑い、風に乱れる黒い髪を右手で整えた。
俺はその時、彼と一緒にいた時を本当に取り戻したような気がしていた。
俺はいつも本当に話したい事は彼にさえなかなか言い出せなかった。
でも裕也は俺が何か言いたげな事をすぐに察知してくれるから、彼の前で素直になれただけなんだ。
どうしよう…言ってしまおうか。
俺は彼と同じ風を感じながら、しばらく迷い続けた。
ただ、この時を逃すと彼に話す機会を永遠に失うという事は自分が1番よく分かっていた。
裕也は俺が話したがらない事を何度もつついて聞き出そうとするような人ではない。
彼がこう言ってくれているうちに話さないと、俺は本当に話す機会を失う。
圭太の面影に似た彼のシルエットを見つめると、少しだけ涙がこみ上げてきた。
俺は圭太と会って裕也の面影を感じたように、裕也といる限り圭太の面影をきっと忘れられないだろう。
「裕也…」
「ん?」
この感じ。とても心地いいこの感じ。
彼は俺が言いずらそうな話をする時、決して俺の目を見ない。今だって彼は目に見えない風を見つめ、俺の歩く速度に
合わせてすぐ隣にいてくれる。
「俺…好きな人がいるんだ」
「へぇ。そうなんだ」
「すごく…すごく好きなんだ」
どうしてだろう。たったそれだけ言うと、自然に涙が出てきた。
俺はたったこれだけの事を言うまでに随分悩み、随分苦しんだ。そんな今までの事が全部涙という形になって現れたのかもしれない。
もう足元がフラつき、心も体もバランスが取れなくなった。俺はあの日と同じように、裕也に体を支えられた。
俺の両腕はあの日と同じように彼の肩に回り、顔は彼の胸の上にあった。
「大丈夫?」
裕也はあの日と同じ声で、同じ言葉を口にした。彼の腕に抱かれると、すごく安心してとめどなく涙が溢れた。
裕也はしばらく何も言わず、黙って俺を抱きしめてくれていた。こんな時何も言わない彼が…すごく好きだった。
俺が少し落ち着くと、俺たち2人は芝生の上に座って話をした。
目の前には川があって、サワサワと水の流れる音がした。風は幾分おとなしくなり、それでも時々俺たちの髪を揺らした。
「和希の好きな人は…どんな人?」
緩やかな風に乗って小さく囁く裕也の声が耳に届いた。
俺は川の水の上に圭太の顔を思い浮かべながら、素直な思いを彼に打ち明けた。
「ちょっとだけ…裕也に似てる」
「え?」
裕也は足元の雑草を手で抜きながら、少し笑った。
「僕に似てるなら、きっとかわいい子なんだよね?」
彼は冗談めかしてそう言ったけど、俺はすごくマジメにこう答えた。
「すごくかわいいよ」
「やっぱりね」
裕也はそう言って、引き抜いた雑草を風の中へ放り投げた。すると短く切れた草が風に乗ってどこかへ飛んでいった。
「その子…圭太っていうんだ」
俺はそれを言う瞬間、やっぱりドキドキした。裕也がどんな反応を示すか、すごく心配だった。
だけど裕也は特別おかしなリアクションもせず、ただ目の前に流れる川を見つめていた。
本当は最初からこうなる事が分かっていた。俺はその時、やっとその事に気がついた。
「和希の好きな人に会ってみたいな。今度、紹介してよ」
彼はそう言って、俺の顔を覗きこんだ。彼が笑顔でいてくれたから、俺もやっと笑顔になれた。
「でも俺…その子に嫌われたかもしれない。だから、振られるかも…」
「そんな事ないよ」
俺の言葉を遮って、裕也がそう言った。
「大丈夫だよ。和希はもっと自分に自信を持った方がいいよ」
俺は裕也に励まされ、もう一度圭太に会ってみようと思った。本当はもう諦めかけていたけど…もう会ってもらえないんじゃないかと
思っていたけど…それでも、もう一度がんばってみようと思った。
裕也は瞼に強い力を込めて幾度か瞬きを繰り返した。
彼はコンタクトレンズに変えてからよく目が渇くようで、瞬きの回数が多くなった。
俺はその時、ふと自分が隠し持っている彼のメガネの事を思い出した。
「裕也は…キスがヘタクソだな」
俺がそうつぶやくと、彼はマヌケな顔をして俺を見つめた。その顔は口が半開きで、酔っているせいか頬が少し赤かった。
「なんでもないよ」
俺は彼にそう言った後、声を殺してしばらく笑い続けた。