NO WAY OUT

 普段窮屈な職責に縛られている反動だろうか、堅い職業に就いている者ほど、こういった宴席ではつい羽目を外しがちになる。それは警察官といえども決して例外ではない。しかし今回は親族が警察の高官ということもあってか、悪酔いして暴れたりふざけたりする者も出ず、終始和やかなムードで披露宴は終わった。
 出席者が口々に「いいお式だった」と言いながら、会場を出ていく。薪もまっすぐタクシー乗り場に向かった。ぐずぐずしていると、誰かに掴まって面倒なことになりかねない。
 披露宴の終盤、彼は妙齢の女性達からしきりに声をかけられた。彼女らは薪の左手を一瞥した後、自己紹介もそこそこに、この後の二次会に出席するかどうかを尋ねてきた。恐らく警察関係の人間ではないのだろう。薪剛という人間を少しでも知っていれば、そんな気軽に誘いをかけられるわけがなかった。
 当然二次会に出席するつもりはない。もらった招待状への義務はすでに果たした。将来有望な女婿をお披露目して顔繋ぎができたのだから、向こうもさぞ満足したことだろう。これ以上の長居は無用である。
 タクシー乗り場にはすでに長い列ができていたが、回転が早いので、順番はすぐに回ってきた。タクシーがロータリーの縁石に寄せられ、扉が開く。薪が中に乗り込もうとしたときだった。
 不意に誰かが腕を掴んだ。

「良かった……間に合って」

 薪を引き留めたのは彼だった。
「なんだ、お前も一緒に乗っていくか?」
「いえ、結構です」
 青木は申し出を断り、一つ後ろに並んでいた年配の夫婦に話しかけた。
「あの、よろしければお先にどうぞ」
 彼の言葉を聞いて、薪は目を丸くする。何を勝手なことを言っているのだと青木を睨むが、彼はこちらに気づかず、にこやかに愛想を振りまいている。
「本当によろしいんですか?」
「はい、遠慮なさらず。ちょっと予定が変わって、タクシーは使わなくなったんですよ」
「そうですか。どうもありがとうございます」
 夫妻は会釈してタクシーに乗り込んだ。扉が目の前で閉められ、タクシーが発車する。そして乗り場に次のタクシーがやってきた。
「さ、行きましょう。後ろがつかえちゃいます」
 薪は青木に追い立てられるようにして列を離れた。
「一体なんなんだ」
「それはこっちの台詞ですよ。後で時間をくださいって言ったじゃないですか。なんで黙って行っちゃうんです」
「別に一緒に行動しなくてもいいだろう。とりあえず駅まで移動して、後で待ち合わせればいいだけの話だろうが」
「いえ、それがあまり時間がなくて、ここを出たらまっすぐ空港に向かわなければいけないんです。だからできたらここで話したいんですけど、いいですか?」
 薪はため息をついた。それほど余裕がないというのなら、また次の機会にすればいいのに。それとも今日中に済ませてしまいたいということなのだろうか。
「話ができるような場所はあるのか?」
「はい。用意したんで、こちらにいらしてください」
 青木には何かプランがあるらしい。薪は仕方なく彼の後をついていった。

 青木は披露宴会場のあった建物の中に入らず、その横手を通って、中庭を進んで行く。途中には、ここが個人の邸宅であった頃の名残であろう、プールがあった。白いビーチチェアに、大理石のバーカウンターまである。参加者が少人数の場合であれば、ここでガーテンパーティーも開けるのだろう。
 やがて青木が足を止めたのは、最初に挙式を行ったチャペルの前だった。青木が無造作に扉に手をかける。
「おい、勝手に入っていいのか?」
「大丈夫です。スタッフの人には話を通してありますから」
 エスコートするように扉を開けられ、薪は渋々チャペルの中に入った。

 室内はすでに清掃が済んでいるようだった。ベンチの縁に飾られていた花も、赤い絨毯も、新郎新婦を送り出した時に振りまかれた花弁も、今はもうなくなっている。
「どうやって入らせてもらえることになったんだ?」
「普通に頼んだんです。式の後見学させてもらえませんかって。そしたら三十分だけならってことで話がついて。スタッフの手が空かないので、生憎ご案内はできませんがって言われたんですけど、内心ガッツポーズでした」
「よく当日に許可がもらえたな」
「ほら、俺挙式の方には参加しなかったじゃないですか。だから自分の時の参考にしたいって言ったんです」
「自分の時の参考? そんな予定があったのか。知らなかったな」
 薪は何気ない風に返し、真ん中の通路を通って、祭壇の前まで行った。そしてステンドグラスを見上げる。
 ステンドグラスは青を基調として、四季の折々を描いたものだった。宗教色はほとんどない。各人の宗教に関係なく式に参加できるようにと配慮されているのだろう。青の濃淡がグラデーションになって、徐々に黄色に変化する部分が特に美しい。
 客席の最後尾からは、こんなにはっきりと模様を眺めることができなかった。今日の式に関しては何の興味も引き起こされなかった薪だが、このステンドグラスを間近で見られたことは少しだけ良かったと言えるかもしれない。
「実を言うと、作戦があったんです」
「作戦?」
 青木の口調は悪戯に成功した子供のように楽しげだった。薪が振り返ると、彼はポケットから何かを取り出した。それを手のひらに置いて、薪に見せる。
「これを見せたら一発でした」
 それは立方体の形をした、小さなケースだった。表面に深い紺色の天鵞絨が貼られていて、それが中身が何であるかを言外に知らせている。
 薪が驚いて青木を見つめ返すと、彼はしどろもどろに言い訳を始めた。
「すいません、薪さんがこういうの好きじゃないって、分かってたんですけど……たいした意味合いはないんで、軽い気持ちで受け取ってもらえたらと……。別にこれを受け取ったからどうこうとか、そういうつもりは全くありませんので」
 薪は彼の下に歩み寄り、ケースの蓋を開けた。そこには、予想通り銀色のリングが座していた。
「話というのは、これのことか?」
「はい」
 青木の答えを聞いて、薪はどっと体の力が抜けるのを感じた。
「式の最中にお前がつけていたのも、同じものか?」
「あっ……ばれてたんですか?」
 薪が頷くと、青木は赤面した。「しまったなあ」と言って、恥ずかしそうに頭の後ろをかいている。
「ほら、最近結婚式が立て続いてるって言ったじゃないですか。それでまあ色々あって」
「色々?」
「親戚の結婚式に出席した時のことなんですけど、二次会で知り合った人が、その……すごく積極的な人だったんです。その場はなんとか逃げたんですけど、後日人を介して連絡を取ろうとされて、遠回しに断ってたら、とうとう職場にまで電話がかかってきちゃって」
 その時のことを思いだしてか、青木はげっそりした表情になった。つい先ほど同じ攻勢を受けたばかりの薪には、身に染みて理解できる話だった。
「それでまあ、こういう場に出る時は必要かなと思って購入することにしたんです。普通のファッションリングというわけには行きませんから、それなりの店に行って選んだんですけど、ペアリングを見ていたらつい薪さんの分も欲しくなって、気が付いたら買っちゃってました」
 まるでコンビニでガムでも買ったような口ぶりで青木は言う。しかし指輪の輝きを見る限り、うっかり買ってしまうような額ではなさそうで、薪は呆れて彼を見上げた。
 つい数分前まで、薪が別れ話を切り出されることを覚悟していたことも知らないで、目の前の男はにこにこと指輪を差し出している。

 ──全く、こいつは。

 薪は手を伸ばして、蓋を閉めた。そのままケースを覆うようにして、彼の手に自分の両手を重ねる。
「薪さん」
 受け取ってもらえると思ったのだろう、青木は嬉しそうにこちらを見つめている。居たたまれなくなって、薪は顔を俯かせた。
 そして彼は言った。

「別れよう、青木」

コメント

kahoriさん

ここで終わるんですか!!という非常に気になるところで終わっているので
続きをまた書かれるのでしたら是非読みたいです。青木君不憫…がんばって!

オリキャラ(ですよね?originalsin読んでないので)のドワイトさんもっと見たいです(^ ^)
詮索するドワイトさんをのらりくらりかわす薪さんとのやりとりが面白かったです。
すごい外国人の特徴とらえててウケたのは神戸ビーフです(笑)
本当によく話題に出されるのでツボでした。
講演会会場で蘇我と小池の管区だけ緊張感がないというくだりも爆笑でしたw
沈丁花さんとこの第九メンズ大好きです。
原作でもこうして時々集まってほしいものです。

> 続きをまた書かれるのでしたら是非読みたいです。

予定はもちろんありますよ〜。ただ話の終盤になるにつれて、
一番書きたいテーマに向かっていくことになるので
どうしても書くのが難しくなっていくんですね。
以前は話を完結させるまでは、別の話に移らないようにしてたんですけど
そしたらどんどん更新が停滞して行って、半年サイト放置とかしちゃってたんです。
当然半年前に浮かんでたネタも熱が冷めて忘れちゃったり、書けなくなったりして。
なのでこういう同時平行スタイルでやっていこうと思ってます。
読む側からしたら不親切だとは思いますが、どうぞご容赦ください。

> オリキャラ(ですよね?originalsin読んでないので)のドワイトさんもっと見たいです(^ ^)

気に入ってくれて、ありがとうございます!^^
ドワイトは薪さんのお友達設定なので、ファーストネームで呼び合ってほしくて名前を付けました。
MDIPにいた時、向こうの研究員達が空気読まないアメリカンスタイルで
薪さんの壁をぶち壊してくれてたらいいなあと思います。
休日に家族同伴のBBCパーティーとか呼ばれてそうだなって思うんですが、
これってアメリカ人への偏見ですかね?(笑)

> 講演会会場で蘇我と小池の管区だけ緊張感がないというくだりも爆笑でしたw

いい意味で、ということでお願いします……(笑)。
第九メンバーは全員大好きなので、青木と薪さんだけじゃなく
できるだけたくさんのキャラを書きたいなって思います。
新章でもとうとうメンバー達の同窓会が叶いましたね……!
みんな変わってなくて嬉しかったなー。
まだ登場してない旧レギュラーキャラもこれから出てくれるといいですね。
田城さんとか天下ってるのかしら(笑)。

 

しづさん

「別れよう、青木」
ひええええ!!
ちょっとっ、ここで切る?! 沈丁花さんのいけずっ!
あーも―続き続きー! 読まないと眠れないよー(><)
この引きの強烈なこと。沈丁花さん、プロだなっ!

変なところで終わってしまってすいませんです〜。
続きは休止から復帰後の予定です。待っててください。
読んでくださってありがとうございました!
しづさんの青薪小説も楽しみにしてますね。
コメ返しなのにこんなところからエールしてごめんなさい。

 

なみたろうさん

こんばんは。いつも素敵なお話ありがとうございます。
しばらくお休みされるとのこと、すごく残念ですが、
自分には出来ないストーリーを産み出す作業はきっと大変なんですよね、しかもこのペースで。
おとなしく待ってます。
で、今日更新して下さったお話、良かったよーハッピーエンドにな……らない!?( ;∀;)
軽くパニック起こしております。
薪さんそんなこと言っちゃらめ〜(´;ω;`)アンアン。
ティッシュ抱えて続き待ってます。
あ、他のお話も全裸待機しております。
ああ結局おねだりばかりですいません。
沈丁花さんのファンになってしまったもので。

なみたろうさん、こんにちは! こちらこそ読んで頂いてありがとうございます!
ピクシブだけじゃなくサイトも見てくださってたんですね。わー、嬉しいです。
またバリバリ青木と薪さんをいちゃつかせるために、ちょっとの間休養して充電してきますね。
小説、アレなところで終わっててすいません。
結末はもう決まっているんですが、薪さんが何をどう考えてどういう結論を出すのか、
ちゃんと説明しようと思ってますので、どうか温かく見守ってください。
全裸待機ですか。なみたろうさんにそう言われると、
どうしてもなみたろうさんの描かれる薪さんが全裸でお待ちになっているのを想像してしまいますね。
私はどっちかっつーと半裸の方が好きですが。それとも青木が裸なんでしょか?
はっ、そうか! 全裸の薪さんを前に青木がお預けを食っていると言う状況なんですね?
それは大変だ! なんだったらちょっと焦らしてやろうかって気になりますね!(にっこり)

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可