「はい、もしもし。なんだお前か。え? 今から会う? なんでまた。なんでも
いいから来いって? ……しょうがねえ、どうせ暇だし、行ってやるよ」
「……寒い。ったく、なんだよあいつ、呼び出しておいて遅れるとかありえねー」
「ごめんごめん、待たせたかな?」
「ああ、待ったと、もぉぉぉぉぅ!?」
「何をそんなに驚いてるんだい?」
「驚くわっ!? ななななななな、なんでお前がスカート履いてんだっ!?」
「そりゃ、僕だって女の子なわけだし、スカートくらい履くさ」
「いや、お前のスカート姿見たのって、幼稚園の時以来なんだが」
「そうかい? まあ、君が見たのが、という事ならそうかもしれないね」
「……っていうか、お前、何というか、その……」
「なんだい?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや、なんでもないなんでもないなんでも
ないったらなんでもないから気にするな。気にしないでくれ」
「変な奴だな」
「お前には負けるが。っていつもと逆っ!?」
「あはは、そうだね。じゃあ、行こうか」
「行こうかって……どこへ?」
「今日が何の日かは、流石の君も知ってるだろ?」
「そりゃ……クリスマスイブ、だよな?」
「クリスマスイブに、男の子と女の子が二人で行く所と行ったら?」
「……ラブホ?」
「君は本当に馬鹿だな」
「その姿だと余計に情け容赦なく聞こえるっ!?」
「そこは最後だ」
「そうだよな……って、え!?」
「……というのは冗談だけど」
「性質が悪い冗談はやめろよ……びびった」
「……最終的には冗談じゃなくなればいいんだけどなぁ」
「あ? なんか言ったか?」
「何も。そうだね、まずは、軽く街を散策しよう。そういえば、最近駅前に
ゲームセンターが出来たそうだけど、まだ行った事がないんだよ。丁度
いい機会だ。久しぶりに君のクレーンゲームの腕前を見せてもらいたいな。
頼めるかい?」
「ああ、いいけど……クリスマスイブに、俺みたいな男と二人でゲーセンって、
お前ホントに男っ気まるでないのな」
「そういう君こそ、僕からの電話に『どうせ暇だし』と答える辺り、少しは見栄を
張ろうとは思わなかったのかい?」
「そんなもん、お前相手に今更張っても仕方ないだろ」
「それはそうだね。そうだけど……僕の方は、少しは逆に考えて貰いたかった
りもするんだけどね……」
「逆?」
「……まあいいよ。じゃあ、行こう」
「なんか……お前、怒ってる?」
「別に。何か怒られるような事をした心当たりでもあるのかな?」
「それは無いけど……何か、怒ってるように見えたからさ」
「大丈夫だよ。怒ってない。安心してくれ。僕は至って平常心さ」
「そうかー?」
「そうだとも。とりあえず、今日の君のノルマはぬいぐるみ十個だ」
「多っ!? やっぱり怒ってるじゃねえか!?」
「ふふふ……さあ、ガンガン獲ってもらうから覚悟しておくんだね」
「……まあ、いいけどよ。んじゃま、気合入れていくかっ!」
「……持ちきれない程獲るとは」
「へっ、日本で五十二本の指に入るのクレーンマスターの名は
伊達じゃないぜ!」
「その異名はいつ聞いても微妙だと思うけど……久しぶりに見せて
もらったが、腕は衰えていないようで何よりだ。とりあえず、店員さんに
袋貰ってきてくれないかな。これじゃ、満足に歩けもしないしね」
「おっけー。じゃ、ちょっと行ってくる」
「うん。………………これは……僕の為に獲ってくれたと、そう思っても
いいのかな。そう思っても……許されるのかな?」
「何ブツブツ言ってんだ?」
「!? あ、ああ、早かったね」
「ほいよ、袋」
「ありがとう」
「クレーンゲームにも飽きたし、軽く格ゲーでもやらね? スト4出たばっか
だし、お前も好きだろ?」
「そうだな……格闘ゲームもいいけど、このぬいぐるみのお礼を、まずは
させてもらえないかな?」
「礼なんていらねえって。……と言いたい所だけど、何してくれるんだ?」
「口付けだ」
「………………」
「固まるな。冗談だ」
「だから性質の悪い冗談はやめろって言ってんだろー」
「……性質が悪いのはどっちなのか……」
「あ?」
「なんでもない。じゃあ、丁度いい所に筐体があるし、あれで一踊り見せて
あげるっていうのはどうかな?」
「おお、ダンレボか。最近見かけなくなったよな。お前上手かったっけ?」
「まあ、とくとご覧あれ、と言った所かな」
「じゃあ、荷物持ってるから、見せてくれよ」
「わかった。しっかり見ていてくれよ」
「……すげーな、お前」
「はははっ……そう褒められると少し照れるね」
「なんだ、あのステップ。普通じゃねえ。お前の運動神経がいいってのは
知ってたけど、プロ並じゃねえか、ほとんど」
「そこまで褒めると褒めすぎだよ」
「いやあ、あのダンス見せてくれりゃ、こんだけぬいぐるみ獲った甲斐が
あるってもんだよ。ありがとな」
「だから褒めすぎだって」
「だってホントに凄かったからさ」
「……ありがとう。そう言ってくれると、凄く嬉しい」
「また、その内見せてくれよな」
「ああ、君が見たくなったらいつでも言ってくれ」
「おう」
「さて……この後、どうする?」
「ちょっと休憩するか? それとも、荷物適当なコインロッカーに入れて、
店でも見て回るか?」
「そうだね……ちょっと休憩して、それから歩いて回ろうか」
「おっけー」
「この先、少し行った所に、美味しいコーヒーを飲める店があるんだ」
「へえ。よく知ってるな」
「今も潰れてなければ、あるはずだよ」
「不況だからなー」
「ま、とにかく行ってみよう」
「……ふぅ」
「美味いな、これ。コーヒーってこんなに美味いもんだったのか」
「ちゃんと入れたコーヒーは、缶コーヒーやインスタントとは比べ物に
ならないだろう?」
「おお。もう缶のは飲めないな」
「喜んで貰えて何よりだ」
「ここ、よく来るのか?」
「たまにね。静かだし、コーヒーは美味しいし」
「確かに静かだよな。街中にあるとは思えない」
「何か考えたい時や、心が疲れてしまった時は、ここによく来るね」
「お前にもあるんだ、心が疲れるとか」
「心外だな。君は僕を何だと思ってるんだい?」
「完璧超人」
「一人クロスボンバー喰らわすよ?」
「勘弁してください……ってな冗談はともかく、なんかお前が思い
悩んでる姿って想像できないんだよな」
「……今この瞬間も悩んでいる所なんだけどね」
「何に?」
「それは秘密だ」
「また秘密かよー」
「女の子には秘密が多いのさ」
「女の子って柄かよ……っていつもなら言えるんだけどな。今日は確かに
女の子だよな、お前のその格好」
「……あ、あまり人を無断でジロジロ見るものじゃないと思うよ?」
「ジロジロ見てもいいか?」
「断ったらいいというものでもない」
「だって……その、さ……今日のお前、何か……」
「……何か?」
「……こういう事、俺が言うとなんか変な誤解されたり、キモいとか思われ
そうで今まで言わないでいたんだけど、何かどうしても言いたくて我慢が
できそうにないから今から言うけど……」
「別に何を言われても僕は動じないよ。気にせず言えばいい」
「そう言ってもらえると助かるな……じゃあ、言うぞ?」
「う……うん」
「今日のお前……何か、すげえ可愛いし、綺麗だ」
「……!」
「いつも男がするような格好ばっかりしてたから気づかなかったけど、
お前結構、っていうかかなり、っていうか物凄く可愛かったんだな……。
さっきのダンレボの時思ったんだけど……今目の前にいるの見ても、
やっぱりそう思う」
「……っし!」
「何ガッツポーズしてんだ? ……俺がそんな事思ってるの、やっぱ
気持ち悪かったりするか?」
「全然全く欠片もこれっぽちもそんな事は無いよ!」
「そこまで力強く断言されると逆に気になるんだが……」
「ははっ、ちょっと嬉しくて、つい。なにぶん、そういう事を言われたのは
初めてなものでね」
「お前男っ気無いもんなぁ」
「……訂正。君から言われたのは初めてなものでね」
「あれ、そうだったっけか? ……って、そうか。そういう事になるよな。
……………………あれ?」
「気づいたかい?」
「っていう事は、俺以外の奴からは、言われた事あるって事か?」
「そっちに行くか!?」
「……何か、腹立つな」
「え?」
「だって、お前が可愛いって、そいつは俺より早く気づいてたって事だろ?
そういうお前の顔、俺より早く見てたって事だろ? ずっとお前といて、
それで気づけなかったのに……なんか……それが、腹立つ。イラッとした」
「………………」
「なんだよ、変な顔して」
「君は……ひょっとして、わかっていてわざとやっていたりするのか?」
「何を?」
「……とても嘘をついてるような顔には見えない。という事は、天然か。
天然なのか。天然でここまでありえない鈍さなのか……」
「なんだよ、天然とか鈍いとか……意味わかんねえぞ」
「……本当にわかってない。泣きそうだ」
「え? ええ? なんか俺まずい事言った? なに? 泣かしちゃうような事
言っちまったか!?」
「……以前、聞いたよね。身近に、かわいい女の子がいないのか、って」
「ああ、そんな話したっけ」
「そのうち、わかるって言ったよね?」
「ああ、何か……時がくればわかる、って……一人の女の子が、その小さな
胸に宿った小さな勇気を振り絞る………………ああああああああ!?」
「やっと……やっと気づいて」
「お前、自分で自分の事かわいい女の子とか言ってたのか!」
「今度はそっちかーっ!?」
「え、でも、それって……つまり……え、あ? う? おおお?」
「……流石に、ようやく、わかってくれたよね? ね?」
「え、じゃあ……クリスマスイブに、俺誘って、つまり、これって、デートで、
そんで……えっと、お、う、あ、へ?」
「……とりあえず、コーヒー飲んで落ち着きなよ」
「あ、ああ……ん……ふぅ」
「まったくもう……何かコントみたいじゃないか。せっかくわかってもらえた
って言うのに、感動とかそういうの皆無だよ……はははっ」
「……そういう事、なのか?」
「そういう事って、どういう事だと思ってる?」
「え……それは、その、お前が、俺の事……好き、とか、そういう事?」
「そうだよ。僕は……貴方の事が、好きです」
「………………」
「………………」
「……マジで?」
「大マジで」
「え、だってそんなの……え、ええ!?」
「勇気振り絞ってさ、クリスマスイブにデート誘ってさ、それでごく普通に
遊びに行く感じで来られてさ、せっかくおめかししてきたのにあんまり
反応なかったしさ、そんで綺麗だとか可愛いとか言ってくれたから、そこで
ようやく気づいたかと思ったら、自覚は全然無くてそんで勝手に嫉妬だけは
してくれたりなんかしちゃったりして……本当に、君は馬鹿だよね。凄く馬鹿。
大馬鹿。その上間抜け」
「いや……その、なんつうか……ごめん」
「ふふ……謝らないでいいよ。僕は……嬉しいんだから。やっと気づいて貰えて、
それだけで嬉しいんだから。そんな馬鹿な君でも……それでも、好きなんだから。
……でも、もっと嬉しくなれるどうか、それを、教えてもらえないかな?」
「……俺が、お前の事……どう思ってるか……だよな?」
「……うん」
「未だに、よくわからんのだけど……やっぱり、さっき俺以外の奴が、お前の
事可愛いとか思ってたんだと思うと、凄い腹立ったのは……俺が、お前の
事……独り占めしたいからなんじゃないかと、そう思う」
「……独り占め、したいんだ?」
「うん。だから、さ……俺、お前の事……好きなんだと、思う……多分」
「……多分、かぁ」
「ごめん。ちょっとまだ、自分でもわかんないとこ、あるからさ」
「そうか。それでも……ありがとう……嬉しいよ、僕」
「………………」
「………………」
「クリスマスイブにさ」
「ん?」
「クリスマスイブに、恋人同士で歩いてるの見ても、別に俺は何とも
思ってなかったんだよ。強がりとかじゃなくて」
「僕もだよ。……でも、いつかは、君とこうして歩きたいって……それは
思ってた。ずっと」
「……くっつくなよ」
「いいじゃないか。僕らはこういう風にくっついてもいい、そんな関係に
なったんだから……多分、だけどね」
「……何か恥ずかしいぞ」
「……実は、僕も恥ずかしい」
「………………」
「………………」
「恥ずかしいついでに、もっと恥ずかしい事、しちゃうか?」
「……したいの?」
「……そ、そりゃまあ」
「じゃあ……ん……」
「お、おい! こんな往来のど真ん中でか!?」
「どこでだって誰かしらに見られてるものだよ。それに、お礼にしてあげる
って言ったのは僕だしね。僕がしたい所でしてあげる」
「……あれは、冗談だったんじゃ?」
「だって、そう言ったら君が完全に硬直しちゃうんだから。冗談とでも
言わないと固まったままだったろ?」
「……そりゃ、そう……なのかな?」
「僕に聞かれても知らないよ。……それとも、やっぱり、したくないの?」
「そんな事は無い! 絶対無い! 凄くしたい! じゃなきゃ俺から言わない!」
「そこまで必死になられると、ちょっと引くかも……」
「……す、すまん」
「なーんて、これも冗談。……じゃあ、いいかな?」
「……うわ、何か皆俺達の方を見てる気がする」
「自意識過剰。じゃあ……来て」
「……行くぞ」
「……うん」
「………………ん」
「……ん……んっ……」
「……ぷはっ!」
「……はふう……」
「なんか……すげー良かった」
「……うん、気持ちよかった。キスって……いいものだね」
「……なあ」
「なんだい?」
「俺、お前の事、好きだ」
「……多分、じゃなくて?」
「ああ。絶対に、好きだ」
「……僕も」
クリスマスイブに降ってきた、最高のクリスマスプレゼント。
願わくば、彼と一緒の日々が、永遠に続きますように――