その日、大名同士の結婚が行われた。当然というか俗に言う政略結婚である。そのせいか新郎新婦は浮かない顔をしている。
しかし、この時代の大名身分のものが政略結婚するのはむしろ当たり前のことである。政略結婚が原因なのかはわからないが
とにかく二人は顔を下に向け、お互いの顔をろくに見ようとはしない。そんな二人とは裏腹に
周囲は松浦家と窪田家両家の縁組に浮かれ盛大に祝っている。二人にとって返ってそれが複雑な様だった。
花婿の松浦和海は十七歳。花嫁の窪田頼子は十九歳。
一見、今の二人には本人達の気持ちとは別に祝福の念のみが与えられてる様に見えるが
一角だけ別の激しい情念が渦まいていた。その主は和海の正妻、定子からだった。
和海はこの正妻の子ではない。和海の母はすでに亡くなっていた。彼女は元々松浦家の使用人だったが
和海の父、兵部に見初められ側室になった。その子の和海も非常に可愛がっていた。
そのことが女として、そして母として嫉妬や憎悪を芽生えさせた。定子の隣には彼女の息子、正澄がいる。
母によく似た長身痩躯の少年で十八歳なので和海の異母兄に当たる。兄で、正妻の子だが兵部はこの息子に冷たく、
家督の相続権も正澄にではなく和海に譲るのではと城内で噂になっていた。定子は狡猾な女で
とにかく自分の子が松浦家の長になることを野望にしていた。正澄は凡庸ではない。頭がよく勉強好きで
特に音楽や絵などの芸術面に優れていた。ただ、母に似たのか人当たりが悪く家中での評判はあまりよろしくない。
その点和海は明るく人当たりのいい性格で、しかも正澄同様優秀であった。
家督を譲られる点で正澄が有利なのは母が存命で、しかも正妻だからという点のみと言っていいだろう。
兵部は世間体を気にする、あまり器の広いとは言えない男だったので正妻の扱いをないがしろにできない。
しかし本当に気に入ってるのは溺愛した側室から生まれた和海だった為、彼の立場を大きくする為この縁談を決めたのである。
和海の立場が大きくなることで正澄の立場がなくなってしまう、定子はそのことで怒り、憤ってたのである。
そんな母の隣に座る正澄。母とは違い、憎悪や怒りの念は出しておらず、ただ淡々と宴を見つめている。
そんな定子の邪念に気付いていた者もいた。まず、頼子の妹、真子(まさこ)。
姉と仲のいい彼女は従者代わりに付いてきた。姉との仲のよさ以外にも深い理由はあるが。
穏やかな雰囲気の姉とは違い、凛々しく美形だが、背が高くて中性的な娘だった。聡明な彼女は定子の禍々しい邪念を感じ、
内心ぞっとしていた。この女は要注意だ、そう警戒していた。
真子以外には二人、和海の従者の竹彦と千里(せんり)。二人とも新参の従者で松彦も千里も身寄りはなく、
流れついてきたのだとか。竹彦は一年前、千里はその約二、三ヶ月後に窪田家に来た。
二人ともあまり自分の事情は話さないが、和海とも仲良くまた、お互い武芸の好敵手として、よき友としてよい関係を築いていた。
二人とも見目がよく城内ではちょっとした人気者だった。そんな二人は真子とは違い、定子の邪念には慣れていた。
今日の結婚式の定子の様子を見てもああやはり、と思ったが本日はひとしお強力だった。
今までも定子の様子に警戒し、和海を守ってきたが、これからは更なる注意が必要だろうと二人の従者は考えていた。
この晴れやかな様でそれに相応しくない考えが蠢く式は酉の刻(夕方五時ごろ)終了し、終始浮かぬ顔の新郎新婦は
二人っきりで夫婦の部屋へと向かった。