おれ――じゃなくて、ぼくがあの人の従者になったのは十四の春。まだ少し肌
寒い日だった。
聖アレゥ教会所属聖騎士団。アレクースト大陸全土をまもる、至強の守護騎士
団。
領地も持たぬ弱小貴族の末弟だというぼくは、捨てるに近い形で騎士団に預け
られたと知ったのは十の頃。ようやく、腰につるした剣を鞘から抜けるだけの筋
力がついた頃。だからかぼくは両親の顔も知らず、どこにいるかも不明確。
悲しい悲しい孤児は、せめて立身出世をして実家を見返そうと心に決め。足に
血豆、手に剣ダコをつぶしての修行生活。
それをアラゥ神様が見ていたかは知らないが、ぼくは十二の時にファイエス教
国首都防衛部隊の一つに小姓として預けられ。隠居してから語りたいような苦労
や、語りたくないような苦労を経て、ぼくはとうとう従者として先輩騎士に従く
こととなったのだ。
ウワハハハ、これで先輩騎士から帯剣許可さえ降りれば、剣を吊ったまま町中
を歩けるぜ。
しかし、その人が誰なのか。第一、従者を任される場合。親戚筋から、という
のが妥当な筋立てで。親の顔すら知らぬぼくは、従者にしてくれそうな先輩騎士
に心当たりなどなかった。一体どんな人だろう
……その答えを聞いて自分の人生を呪いたくなった。
毎年、聖都で行われるトーナメントの準優勝者。
小姓だとか、従者だとかの壁などみず、実力だけで騎士号を与えられた。
嫌になる、ああまったく。
腕っ節が強いだけで騎士になり。しかも眉目秀麗、女にすら嫉妬される美しさ。
やんなるね。天は二物を与えず、ってのは嘘なのかよ、不公平しないでくれよア
レゥ神様よぉ。しかも
「馬にはおまえが乗れ」
遠征からの帰り道、与えられた屋敷へと戻る最中。
歩き詰めで前後不覚に陥りかけたぼくに、そんなことを提案してきたのだ。
無論、従者の身分でそんなことができる訳なく。「大丈夫です」と風前の灯火
すら消せない語力でいうと。
「いや、そうじゃなくて。歩くのも鍛錬の内だが、姫から頂いたこの駿馬は、背
中に重さを感じていたほうが歩きやすいそうだ。だから、おまえが重石になって
くれないか」
なんて爽やかに言いやがる――じゃない。
なんて、恐悦至極な言葉を言われ。
ただ、その言葉通りに馬に乗れば。怠け者な従者と見られてしまう可能性も、
無きにしもあらず。立身出世を腹に抱えた身としては
「では、わたしも」としか答えようがない
しかし、そう言うと。
「そうか」と楽しげに笑う。
二人と一頭並んで屋敷まで帰った。
腕は強く、美麗な容貌、ちょっと文字に弱いが、それに性格も爽やか過ぎるが
悪くない。仕えるにたる人物といってもいい。
ぼくは、そんな先輩騎士――カリス・ホークの元で、小さな戦すら起こらない
平和な日常を過ごしていた。
そんなある日。
朝食前の日課である、庭での素振りをおこない。刃が削られて丸くなった訓練
用の剣で、三本ほど試合い。ぼくがボロ雑巾になった頃ようやく、
「汗を流したら朝食にしよう」となる。
いつもとなんら変わらない朝――しかし、カリス様が落とされた長い金髪をま
とめるための、地味だが高そうな髪留めを拾い。
なくては汗を流した後に困るであろうと思い、それを届けるため。屋敷の室内
に設けられた、カリス様用の水浴び場へ向かい。
木造の扉を開け――目を疑った。
「きゃっ」
短い悲鳴。
流れる光のような金の髪。
体を動かした後だからだろうか、白磁のような肌には朱みが差し、ほんのり白
桃色に染まっている。
使い込まれた剣のように、均整が取れ研ぎ澄まされた筋肉だが。女性的なライ
ンを崩すことなく引き締められていて、本来なら小振りと言うべきツンとした乳
房も、実際の大きさよりも強調されてみえる――胸?
「へ……?」
おかしい。ぼくは、あるべき物を探すため視線を走らせる。
「ない……」
髪と同色の薄い陰毛に隠されているわけはなく、脚は肩幅に開かれているため
挟んで隠すことなどできるわけはない。
つまり
「おんな」
嵐のような腕力で首を掴まれ、引き寄せられる。薄い着衣がありがたい、服越
しに感じる胸の弾力に背中がよろこぶ。
「みたな」耳元で脅迫。しかし迫力はない。
ぼくが頷くと、カリス様は小さく舌打ちし。
「……頼みがある」
「頼み?」
「黙っていてくれないか、このことを」抱きしめが強くなり、女性的な臭いが微
かに鼻腔をくすぐる。
「おまえが、教会からの見張りとして私についているのは知っている」
「……ん?」
「だが、無理を承知で頼みたい。このことを教会へは報告しないでくれ。頼む」
なるほど。
ぼくはスパイだと思われていたわけか。
そんな馬鹿なと否定することもできたが、ぼくは
「いいですよ――」
「本当かっ」
「――ただし。条件があるのですが」
ぼくの言葉にもカリス様は安心しきった様子で「なんだ?」と訊いた。笑顔な
呼気が耳にくすぐったい。
ぼくはニヤリと邪悪な笑いを浮かべて、
「女である証拠を確かめさせてください」
なんて冗談のつもりで言ったのだが。
カリス様はまじめすぎる性格が災いしてか、ぼくの冗談にも、真面目に。
「いいだろう」
そういって腕を解いてくれ、直立不動のまま、顔だけはぼくから逸らし。
「は、はやくみろっ」
そう言われたので、道に金貨でも転がっていたように、遠慮なくみようとした
が、下からのぞき込むのでは見にくいため。
「寝転がって、脚を開いてください」言うと。
「調子に乗るなっ」と怒鳴ったが。
ぼくがバラすと言うだけで黙り、一瞬視線が下へと向けられた後。
ゆっくりと頷いた。
「……少しだけだからな」
腰を降ろし、仰向けに寝る。それだけの動きでも様になる。無駄な脂肪などつ
いていない脚は、のろのろと開かれていく。
ソコには確かに男性の象徴はなく、綺麗な秘唇が深い溝を刻んでいるだけ。
使用された形跡のない肉土手。指で触れたい衝動を押さえながらも、ぼくは
「なんで、こんな」喉に唾が絡まる「男装なんてことしてるんです? 余所の宗
教なら、それだけで死罪ですよ。虚偽は」
カリス様は「答える義務はない」とそっぽを向く。それが少し愛らしかった。
ぼくは答えやすくするために、優しくカリス様のクレバスを指の腹で撫でてさ
しあげた。
「――アっ」かすれるような呻き。さわった感触は弾力に富んでいて、顔を埋め
たくなってしまう。
「や、やめろッ……そこは、ン――まだ、汚いから」
「汚いから、なんですか?」ぼくは優しく微笑み、顔を秘唇へと近づける。鼻い
っぱいにカリス様の臭いを吸い込み、重ねるようにして、キスする。
「やめっ……やめろ。ダメだ、そこはダメなんだ」
身をよじらせて必死に喘ぐカリス様に「なら、答えてください。こんなに美し
いのに、なぜ男装などしているのか」
「そっ、それは……」
まだ言い淀む。
「言わない限り、やめませんよ」
ぼくは僅かに苛立ち、舌先で割れ目をなぞってさしあげた。
カリス様の体が大きく揺れる。
顔を両手で隠し、いやいやと首を振っている。裸になっただけでこうも性格が
変わるとは……ちょっと楽しい、かも。
謹厳実直で爽やかなる騎士、カリス・ホーク。
乙女のようなカリス・ホーク嬢。
結びつかないイメージ、それらを結びつけるのは、
「兄様たちに、実家の兄様たちの鼻をあかすにはこうする他」という思い。
「騎士として出世して、お兄さんたちに認められたい、ってことですか」
なんだ、ぼくと同じじゃないか。
ぼくはいじわるをやめると、体を離し。水浴び場から退室しようとした。
しかし、
「まってくれ」
呼び止められた。「なんですか。食事の用意を手伝わないと、ニナに叱られるのは僕なんですけど」
「いや、その……」カリス様がごくりと唾を飲むのが、ハッキリと聞こえた。
「このまま、その、しないで、いいのか」愛眼するような瞳――違う、そうじゃ
ないだろ。ぼくはふっと笑う。
「ぼくは出世するために騎士団にはいったんです。だから、貴方にはしっかりし
ていてもらわなければならない」
突然の話題転換にきょとんとするカリス様。
「ですから。姦す、裸になれ。くらいのことを言ってみてくださいよ」
ぼくは笑った。