「・い・・お・・い、お〜い、居るんでしょ?居るんだったら早く開けてよ。今日11時に家に行くって約束したじゃんか〜。早く開けてよ、こんな暑い中立ちっぱなしだったら死んじゃうって、ねぇ、ねぇ!」
蝉が鳴き、近所の悪ガキ達の遊ぶ声が聞こえてくるそんな夏の昼。俺は、安普請のアパートのドアを突き破りそうな、ノックの音で目が覚めた。
ふと時計をみると、11時半。国民の半分はまだ寝ている時間だ。「約束ぅ?約束は破るためにあんだろうが・・・」
そう不機嫌そうに一人呟きながらも、「もう少し待ってろ!今入れてやるから!」と、とりあえず怒鳴って返事をする。ふと隣を見ると、女が裸で寝ていた。
・・・そうだ、昨日ナンパした子家に連れ込んで、夜中中ヤりまくってたんだっけ。道理で体がダルいはずだわ。・・・
少し待ってろと言われ20分が経った。この部屋の中の時間は狂っているらしい。すっかり茹で上がってしまった頭で、そんなことを考えていると、やっとドアが開いた。
「遅すぎるんだよ、ボケェ!殺すきか!」
そう言いながら僕が部屋に入ると、まだ奴は女の子と楽しそうに喋くっていた。
「いや〜、昨日は楽しかったよ。体が疼いたらまた来いよ」
「んじゃ、明日また来る〜」
「まったく、君はHだなぁ〜」
「やめてよねぇ〜、そういうこと言うの・・・・嬉しくなっちゃうじゃない!」
僕の存在を、二人はまったく認識していないらしい。しかしこれ以上このド低脳な会話を聞いてると、こっちの頭までイかれてくるので、わざとせきをしてやると、女の子は、やっと気づいたようだ。顔を赤くしながら奴に「じゃあ、またね」と言うとそそくさと帰っていった。
「いや〜、久しぶりだけど相変わらずのプレイボーイっぷりだね〜。いやプレイガールと呼んだほうが正しいかな?」
「うっせ〜な〜、ったくお前のせいでせっかくの上玉を帰さなくちゃいけなくなったじゃねぇか、これからあんなことやこんなことするのを楽しみにしてたのにぃ〜」
と髪の長さは、ショートカット、目元は気の強さを表すかのように、きりっとした女性・神無月響はそういって、さっきまで死にそうな顔をしていた男・瀬戸涼の顔を恨めしそうににらめ付けた。
そう俺・神無月響はこんな姿、言葉使いをしてはいるが女なのだ。ちなみに周りには俺が女だってばれると面倒だから、龍二と名前を偽っている。中学の終わり頃から男装をするようになり、男の子ではなく女の子が好きになっていった。
んで高校生活は完全に男として過ごし今に至る。
涼二は昔住んでいた家の隣に住んでいた幼馴染で、中学の終わり頃から男装をするようになったせいで、周りから人が離れていった中、
普通に接してくれた稀有な存在。まあ姉一人しか居ない俺にとっては弟のようなもの。
「え、僕との約束は?」と涼が聞いてくる。
「んなの、オラシラネ」
「はぁ〜ぁ、んであの子はどこで捕まえてきたの?」
「いや〜、昨日クラブに行ったらいかにも『ナンパ待ってますよ~』てな感じで一人でいたから、家に連れてきてさ、
んでナニするとき俺が女だってわかったら、最初は嫌がっていたけど、三回くらいイかせてやったら向こうから求めるようになったわ。」
「怠惰な生活ここに極まれりですな、ってまたラッキーストライクなんて吸ってる〜!仮にも女の子なんだからそんなの吸ってちゃ駄目でしょ」
「いいじゃん、別に〜。ジョニー・サンダースもフランク・ザッパも吸ってるし、カッコいい男の基本だよ、ラッキーは。つーかなに?お前は、俺に説教しにきたの?」
そういうと、涼はいきなり座っていたソファーから立ち上がり、近くに来て「いや大事な事を頼みに来たんだ」と真顔で言った。
「響姉ぇ、サックス相当上手いよね?」
「う、うん。まあね。」
「聴いてる音楽の趣味、僕とかなり似てるよね?」
「う、うん。つーか俺がお前にCD色々かしてやったんだし・・・」
「んじゃあ、大丈夫かな〜、でも断られそうだしな〜。」と涼がブツブツ言い始めた。
「なんだよ、言いたいことあったら言わなきゃだめだぞ」
「んじゃ言うね、ひ、響姉ぇ僕のバンドに入らない?・・・じ、時間がなかったりしたらいいんだよ、別に無「やるぞ」」
「へ、今なんと?」
「二度も言わせるなよ、やると言ってるんだ。ちょうど最近暇だったし。」
「ホントにやってくれるの?」
「ホントだ。」
「ホントのホントに?」
「ホントのホントのホントにだ!いい加減しつこいぞ!」
途端に、涼は、嬉しそうに、顔をニンマリとほころばせた。
「マジで!?決まりだよ!いまさらなしっつても駄目だかんね〜」と言いながらまるで子犬のようにハシャギ回る涼。
「つーか何でそんなに嬉しがっているんだ。俺なんかに頼らなくても、他に候補は沢山居たろ?」
「いやね、僕達のバンドこれまで4人でやってきたんだけど、音楽性の変化からサックスを取り入れることにしたんだ。
でもまったく人が見つからなくてさ。んでそういえば、響姉ぇがサックス上手かったし、趣味も合うなって思い出して、駄目モトであたってみたわけ。
いや〜よかった、よかった〜!」と言い涼は、俺の手を握り嬉しそうに、振り回す。
「んじゃ、僕もう帰るよ」
「なんだ、もう帰るのか?」
「うん、他のメンバーに早く伝えなきゃいけないしね。ん?響姉ぇ、もしかしてさみしいの?}
「うっせーな、早く帰れよ」と言いながら、涼を玄関まで見送る。
「んじゃ、響姉ぇ、今日はありがとね。明後日空いてる?みんなに響姉ぇ、会わせて、スタジオにも入りたいんだけど・・・」
「うん、空いてるぞ。」
「んじゃ、明後日の11時に迎えに来るから、約束忘れないでね!」
「俺は約束は守るほうだぞ」
「信じられないなぁ〜、んじゃ、こーゆー時昔からしてたアレやろ」
「あぁ」
そう言い、俺たちは小指と小指を合わせ、指切りをし始めた。
『ゆ〜びき〜りげんまん、う〜そついたらはり千本の〜ます、ゆ〜び切った』
「それじゃあ、明後日ね!」と言い涼はアパートの階段の手摺りを滑り降り、ゴキゲンに鼻歌を歌いながら帰っていった。
その後ろ姿を見ながら俺は、あふれ出る喜びを抑え切れなかった。こんな変な性癖がある女、普通なら避けるものだが、響姉ぇ、響姉ぇと懐いてきてくれ、バンドにまで誘ってくれた!
今夜は一人パーティーだな、キムチ鍋でもしようか。などと考えながら俺もゴキゲンに鼻歌歌いながら部屋に戻って行った。