俺が、デッドマンに入ってから、ちょうど一ヶ月が過ぎていた。ようやく皆のことが、少しづつだが、わかってきた気がする。
みんないい人達ばかりだ。この前飲みに行ったとき、右京君が電柱によじ登り始めたのは、さすがにびっくりしたけど……
彼はどうやら酒を飲むと性格が一変するらしい。でも、…でもそんなのまったく気にならないくらい、皆純粋で…、信頼できる人達だ。
俺は、このバンドで久しぶりに、安心できる居場所を見つけられた気がする。
だけど…最近やたら涼のことが、気になる。どうしてなのか、まったくわからない。でも、気付くと涼のことばかり考えているんだ…。
そして涼の声や、顔を見るだけで、とっても幸せな気分になれる。…俺は、この気持ちがなんだか、うすうす気付いている。
でもこの気持ちを涼に伝えることはないだろう。こんな俺には涼にそんなことを、伝える資格なんてないし、涼だって俺みたいなのに
そんなこと言われたら嫌だろう。それに変なことを言って気まずくなるなら、いつか終わると、わかっている…
でも今までの姉弟のような関係でいたほうがいい。
……だけど、その関係のままでいるには、涼の笑顔は眩しすぎる……
そんなある日、俺は神奈ちゃんに呼び出された。相談事があるらしい。待ち合わせの喫茶店に着くと,
彼女は窓際の席で紅茶を飲みながら、ちょこんと座っていた。
「あっ、響さ〜ん!こっち、こっち〜!」俺を見つけると、彼女は子犬が尻尾を振るみたいに手を振った。
「あっ、待たせた?」
「ううん、私も今来たとこですよ」彼女のコーヒーの量を見ると、15分ぐらい先には来ていたのだろう。
俺を気遣って、今来たところだと言ったのだ。こういう時、ほんとに神菜ちゃんがかわいくなる。
「んで、どうしたの、相談事って?」俺はウェイターに、コーヒーをブラックで頼むとそう切り出した。
だけど彼女は「そ、それがですねぇ〜」とか言いながら恥ずかしがって喋ろうとしない。
このままじゃ、らちがあかないので冗談半分で、俺はこう言ってみた。
「ねぇ、もしかして恋の相談?」
「そっ、そんなことは!」……どうやら図星みたいだった。顔が林檎みたいに真っ赤になってる。
(神奈ちゃん、ウブで可愛いな〜)……俺は少しイタズラしてみることにした。
「ねぇ、相手は誰なの?」
「そっ、そんな!言えませんよ、そんなこと…」
「んなこと言ったって、言わなきゃ始まらないよ〜」
「うぅ〜……」神奈ちゃんの顔が、ますます赤くなっていく。
「ほら、ほら」
「………です」
「んん〜、聞こえないな〜。」
「…ょうです」
「えっ〜?」
「右京です!!!」…少しからかいすぎたらしい。彼女が立ち上がって、
大声で叫んだので、店中の人が、どうしたのかとこっちを見ている。
神奈ちゃんは周りの視線に気付くと、爆発しそうなくらい赤くなっていた顔を、
さらに赤くしさっと席に座り込み、ぽつりぽつりと喋り始めた。
「私達、家が隣同士で家族ぐるみで付き合いが、昔からあるんですよ。だから右京とも、ほんとにちっちゃい頃から遊んでて……
でも!その頃は異性として好きとか、そういうのはまったくなくて…。
血のつながっていない仲のいい弟ぐらいにしか思っていなかったんたんです…。
でも高校に入って、それまで物凄い頼りなかったのに、急に逞しくなって…、
それに一緒にバンドやるようになって、右京が歌っているところ見たら、
どんなアイドルよりもカッコよくて…、そしたら……そしたら急に右京のこと、好きで、好きで、好きで、好きでたまらなくなって……」
「告白しようとはしなかったの?右京君に」
「しました、何回も、何回も、何回も、何回も!
でも…もし右京は、私のことを、ただの姉のようなものぐらいにしか考えていなくて、
それで……、振られでもしたらって考えると、堪らなく怖くなって……」
彼女は、まるで迷子の子犬のように心細そうに見えた。
「そっか……。ねぇ、ちょっと一服吸っていい?」
「タバコですか?いいですよ」
俺はタバコを一本取り出すと、口にくわえ、火をつけた。
ラッキーストライクの、毒々しい煙が広がる。そしてゆっくり大きくタバコを吸い、そしてまたゆっくり大きく煙を吐き出す。
「……神奈ちゃんは、右京君のことを大好きなんだよね?だったら、すぐに伝えるべきだよ、その気持ちをね。
俺はね、神奈ちゃん、誰も未来のことなんか、わからないし、もしかしたら明日死んでしまうかもしれない……。
だからこそ、人は、自分の気持ちに素直で、そして純粋に生きていかなきゃならないと思っているんだ。
もし神奈ちゃんが、ここで傷つくことを恐れて、右京くんに告白しなかったら、神奈ちゃんは一生後悔し続けると思うんだ。それにね……」
「『それに……』なんですか?」
「神奈ちゃんみたいな可愛い子だったら、右京君も気にしてないはずないよ。」
途端に神奈ちゃんの顔が、また赤くなる。
「かっ、からかわないでください!」
「い〜や、からかってなんかいないよ。もしも神奈ちゃんが右京君を好きじゃなかったら、俺が食べちゃいたいくらいだもん。」
「た、たたたた食べちゃいたいって!そんなバカなこというんじゃねぇですよ!」
「……やっと、いつもの神奈ちゃんに戻ったね。」
「ふぇ?」
「神奈ちゃんは、そうやって明るくないとらしくないってことだよ。
大丈夫だよ、いつもの夏の向日葵みたいな笑顔を使って告白したら、右京君なんてイチコロさ。」
「……本当ですか?」
「本当さ」
「本当に、本当ですか?」
「本当に本当さ」
「……わかりました。私頑張ります!!」
「そうこなくっちゃ!よっし、今日はタイミングよく土曜日なんだから、晩御飯でも誘って告白しちゃいな」
「きょ、今日ですか?!ちょっと急すぎません?」
「いいんだよ。こういうことは、勢いがあるうちにやらなくちゃ」
「そうですね…」
「ほらほら、そうと決まったら行った行った〜」
「響さんは、まだここに残るんですか?」
「うん、ここのコーヒー結構うまいから、あと一杯飲んでいくわ。」
「そうですか。……響さん。今日は、本当に、本当にありがとうございました。
私、きっと響さんに相談してなかったら、告白なんてできなかったと思います。」
「いいよ、そんなこと。……神奈ちゃん、頑張ってね」
「はい!!」
神奈ちゃんはそう元気よく返事すると、ふかぶかとお辞儀して勢いよく喫茶店を飛び出して行った。
……きっと神奈ちゃんの恋は実るだろうし、右京くんとはお互いを想い合う、いいカップルになるだろう。
(それにしても……)俺はさっき言った事を思い出す。
(『人は、自分の気持ちに素直で、そして純粋に生きていかなきゃならないと思っているんだ。』か……。)この言葉を思い出すと、
俺は笑いが止まらなかった。面白いからなんかじゃない。
俺が、…たった今、自分に嘘をついているこの俺が、こんなことを言ったかと思うと、滑稽で堪らなかったからだ。
(俺はまるでピエロだな)そう考えると俺は、また笑いだした。
周りの客や店員が変な目で俺を見ている。それでも俺のこの笑いは止まらない。
少しして笑いが収まると、俺はタバコを大きく吸い、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干すとその場をあとにした。
俺はこの日、気持ちを落ち着かせるため何本も、何本もタバコを吸った.
けど結局自分を嘲る気持ちを抑えることはとうとう出来なかった。