「・・・・はぁ。」
巽が家に来なくなってから1週間が経過しようとしている。その間、辰斗の頭の中から
巽のことが消えることは無かった。
家に帰り冷蔵庫を開ける。中にめぼしい物はほとんど無く、
巽と一緒に豪勢な食事をしていた日々を思い返す毎日だった。
「俺は・・・」
その間一向に答えが出ない問題があった。なぜ『巽を家に入れたか』である。
「(男だと思ってたんだ、やましい事は考えてなかった。でも・・・・)」
純粋に自分が巽をどう思っていたかと言うことに明確な答えが出せずにいた。
グゥゥゥ〜・・
辰斗の腹の虫が大きく鳴り響いた。
「・・なんか買ってこよう。」
気だるい身体に鞭打って辰斗は部屋から出て行った。
「そういえばアイツにあったのもこんな日だったな。」
買出しを終えてスーパーの買い物袋を片手に帰宅の途に付く辰斗。
一月前の今頃、やはり買出しに出ていた辰斗。巽に会ったのはその帰りだった。
「(よく考えると俺って巽のこと全然知らないんだよな・・・。)」
家に頻繁に顔を出し、住み着いていると言っても過言ではなかった巽。しかし、巽の
家庭の事やどこに住んでいるか、それら一切を辰斗は知らなかった。
「(今更だけど・・・よくそんな奴家に上げてたよな・・・本当に今更だけど・・・)」
何処からとも無く笑いがこみ上げてくる。
「辰斗?」
「ん?」
ふと名前を呼ばれて振り返る。そこには・・・
「・・・巽。」
巽が初めて会った時と同じ格好で立っていた。
「(また家出でもしたのか?)」
辰斗の脳裏に家出をして自分の部屋の前でうずくまっていた少年の姿を思い出す。
「お買い物?」
「ん?ああ。」
「そう。」
辰斗も巽もギクシャクした会話を繰り返す。
「俺・・・帰るから。」
いづらい空気に耐えかねた辰斗は踵課をかえす。
「あっ!!」
巽が何か言おうとする前に辰斗は走り去っていった。
「辰斗・・・。」
消えて行く辰斗の後姿を見ながら巽は涙を流した。
「なにやってんだろ俺。」
自分に悪態をつく辰斗。部屋に駆け込んだときには腹を空かせていた事もすっかり忘れていた。
「巽・・・。」
さっき会った巽の姿が頭から離れない。小さい仔犬のように周りに怯えて
それでも助けを求めようとしない姿。
そのまま放っておけば消えてしまいそうなその姿を思い出すたびに辰斗の心が痛んだ。
(今夜も冷えるって言ってたな・・・・巽大丈夫かな?)
(家には帰ってるのかな?・・・・飯はちゃんと食ってるのか?)
寒さにうずくまる巽の姿が離れない。
「(巽・・・俺は・・・お前を・・・)」
「はっ!!」
急に目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったらしい。
「巽・・・。」
クシュン!!
「!!」
玄関の前からくしゃみが聞こえた。しかもこの声は聞き覚えがある。
辰斗は玄関へと走った。
「巽!!」
勢いよく扉を開ける。
「辰斗・・・。」
初めて会った時とまったく同じ姿でうずくまっている巽の姿がそこにはあった。
「巽・・・・。」
「えと・・・その・・・ごめんなさい・・・。」
そういって巽は俯いた。もう来るなと言われたのに来た事に対する謝罪だろうか。
そっと、巽へ手を伸ばす。
「やっ!!」
辰斗の手が巽の頬に触れようとした瞬間、巽が身を強張らせる。
「(そうか・・・俺はこの手で・・・)」
巽を叩いた。
呵責からくる痛みが辰斗の心を疼かせる。自分に怯える巽の姿ほど今の自分に
堪えるものは無い。
「(でも俺は・・・)」
そのまま巽の背後に回り込むと辰斗はスッポリと包み込み抱きしめた。
「辰斗・・・・・」
「今晩は冷えるってさ・・・明日の朝、家の前に凍死体は勘弁だ。」
「辰斗!!!」
振り返り辰斗に抱きつく巽。
「お願い辰斗・・・一人にしないで・・。」
「巽・・・。」
巽を抱きしめる力を強める辰斗。
「(俺は巽を暖めてやりたかったんだ。)」
答えを見つけた二人の影が月明かりに照らされて揺れていた。