これは一年前の話。
俺に恋人がいなかった頃の話だ。
今日の昼飯は握り飯が1つ。なんとも侘しい食事だ。
親が弁当を作り忘れたうえに金欠のコンボが見事に決まってる。
「七雄様っ、私、七雄様のために弁当をつくってきたんです。」
「あっ、ずるいっ!!私もっ!!」
「私のをもらうんです!!」
「あははは、みんなありがとな……。」
その惨めな俺を他所に親友にして恋愛帝国の独裁者七雄様。
いろいろな女の子からお弁当を貰ってくれといわれている。
くそっ。そのうち一つでも分けてくれればいいのに。
しかし、あれだけあって七雄は弁当を一つも貰わないのである。
「七雄。あんなにあるんだったら一つ位分けてくれればいいのに。」
すると七雄は不機嫌そうに言う。なんで不機嫌なんだよ。
「貰うと後が面倒やさかいな。」
「けっ。」
すると俺達に近づいてくる少女がいた。
なに。珍しいことじゃない。どうせ七雄が目当てだ。
と、思っていると七雄が席を外す。
そしてその少女は俺に話しかけてきたのである。
想定外の事態だった。そして、その少女は俺に言った。
「その…、お腹すいてそうですし、余ったお弁当を貰っていただけないでしょうか?」
「へっ?」
少女の言動に一瞬、戸惑う俺。まさか俺に春が来たとか?
しかしその幻想は素早く打ち砕かれる。
「私も七雄さんにお弁当を渡そうとしたのですが断られてしまいました。
捨てるのも勿体無いですしあなたに差し上げようと思いまして。」
また七雄か。腹の立った俺はその弁当を断った。
さすがに俺にもプライドというものがある。
「そうですよね。すみませんでした……、失礼しま……。」
ここまではよかった。しかし人の体とは自分の自由に出来ないものだったらしい。
情けないことに腹の音が鳴ってしまったのである。
やはり無理があったのだ。
「本当にいいのですか?」
「すまん。やっぱり貰うわ。」
くそっ、情けねぇ。
「後で箱は返していただけますか?」
「あぁ。」
こうしてプライドと引き換えに少女の手作り弁当を得た俺。
本当に情けない。
しかし、その自分の感情とは裏腹にそのお弁当は心がこもってて美味しかった。
そしてそれが七雄に向いていると思うととても腹立たしかった。
「なんや。あんたも弁当もらえたんか。春の到来やなっ。」
ふざけて俺を腕の中に抱きかかえるようにする七雄。
男同士、日常茶飯事だ。
「うるさい。お前の余り物を貰ったんだよ。」
「せか。でも美味しかったんやろ?」
「まぁな。後で箱、返しにいかないとな。」
こうして俺はその少女の席まで箱を返しに行く。
後ろでは七雄がにやにやとしていた。気色の悪いやつめ。
「美味しかった。ありがと。」
「それはよかったです。次は七雄さんに食べていただけるように努力します。」
「その意気だ。で、あんた名前は?」
「私ですか?静瑠といいます。」
「そっか、がんばれよ。静瑠さん。」
「はい。」
そんなことがあったなぁ。俺は昼近くになってそんな事を思い出していた。
静瑠さん、奈緒のこと知らないんだろうなぁ。
そんなことを考えていた時である。
待てよ。静瑠!?もしかして?
これだけだったらただのおこぼれを貰っただけの情けない話である。
だが、静瑠さんは七雄が奈緒だと知っている人間だ。
そして俺は一つの結論に至る。
奈緒と静瑠さんなら平気でやりかねない事だった。
昼になって俺は七雄と昼食をとる。
実は七雄の正体は奈緒という女の子なのであった。
最近、女であることを言えるようになったのである。
今までずっと隠していたことを考えると心中察するに余りある。
本当に可愛いやつめ。俺は奈緒に言った。
「一年前の静瑠さんの弁当、美味しかったなぁ。」
「せか?」
嬉しそうに聞き返す奈緒。
器用なんだか不器用なんだか分からん奴だな。
「あぁ。また貰えるといいな。」
「分かった。作らせたる。」
「作らせる、ねぇ。」
「作らせるんや!!」
「分かったって。」
また一つ、奈緒が俺の事を愛していたという事実が分かったのであったとさ。
そして次の日。
俺は静瑠さんから手作りのお弁当を貰った。
今日のお昼が楽しみだ。