1年前の2月14日。 俺は失意の元に靴箱を開ける。 分かってる。何も入っているわけがないんだ。 当然、靴箱の中に入っていたのは俺の靴だけだった。 そんな俺とは対照的に靴箱の前に戸惑っている七雄。 贅沢な悩みである。 よく見るとロッカーに入りきらずに外に散らばっているチョコまである。 他の人の出してまで自分のものを入れたのだろうか? だとすると薄ら寒いものがある。 そして七雄はその靴箱の前で立ち往生していた。 「開けたら雪崩のように崩れるんじゃないか?」 「やめて。冗談になってへん。」 しばらくこれの扱いを考える二人。 これも毎年のことだ。 「俺にいい考えがある。開けろ。俺が袋を持っててやるから。」 「分かった。開けるで?」 「「せーの!!」」 ドサドサ ドサドサ と雪崩のように崩れ落ちるチョコレートの山。 毎年のことながらあまりの量に顔を見合わせる二人。 見つめ合うこと30秒くらい。 「なんかこうして見つめ合ってると恋人みたいやな……。あいたっ!!」 俺は七雄にチョップを食らわせる。 「あぁ〜。あんたは照れ屋なんやな。なんならキス……するか?」 急に色っぽい表情をする七雄。 顔が中性的なのも手伝ってなんだか微妙な気分になってくる。 まったく、男相手だというのに何か感じてしまったじゃないか。 「やめろ。気色悪い。次やったら後ろからケツを掘るぞ。」 「はいはい。あっ、うち用事を思い出したから先行ってるで。」 「あぁ。」 こうして袋を担いだ七雄が走っていった。 忙しいやつだなぁ。 そう思っていると、途中でクラスの泣きながら男子の一人がチョコレートを抱えていた。 いったい何があったんだろうか? そう不審に思う俺。 そしてその奇妙な現象は教室に近づくにつれてまた起こっていた。
もう、10人くらいの男子がチョコレートを抱えて泣いていた。 何があったんだ? と、思ってあたりを見回すとその現象の中心にいたのは一人の女の子だった。 目はぱっちりとしていて、胸もかなり大きい、かなりの美少女である。 しかし、俺のクラスにはこんな子はいない。 たぶん、別のクラスだろう。そう思っていると、 その子がなんとチョコレートを配っていたのである。 そんな彼女の近くで話をする男子が二人いる。 バレンタインとは縁が遠そうな二人組みであった。 「今日は何の日か知ってるか?」 「あぁ、知ってるぜ。バレンタイン卿が拷問された挙句に果てた日だろ。 爪とか剥がされたり焼けた鉄をつけられたりして。」 「こりゃ通りで普通の人には暗いはずだぜ。」 と笑いあっていた。 この二人の意見は、日ごろ女性から縁遠い俺にも分からなくはない話だ。 「この日がめでたいのは拷問する側だな。」 「人が殺されたってのにいい気分だ。人としての品格を疑うね。」 「しかもただ死んだだけじゃない。拷問された末に死んだんだ。天性のサディストに違いない。」 「よしっ。魂を鎮めるために葬式でもやるか。バレンタイン卿の。」 「いいな、それ。やっぱり葬式なら仏教系だろ、早速、仲間を……。」 と好き勝手を言っている。でもこっちの方が俺の性分には合っていそうだ。 俺も葬式に混ぜてもらおうかな? と、思ったところで、謎の美少女は男二人に話しかけた。 その彼女の声は慈愛に満ちていた。 「そんな辛気臭いお葬式をバレンタイン卿は望んでいません。 そんな事より、チョコレートはいかがですか?お二人にも。日ごろの感謝を込めて」 「……。」 「……。」 突然の出来事に唖然とする男二人。 そんな彼らを他所に美少女は最後に付け加えた。 「今日、一日があなたちにとっても楽しい一日でありますように。」 と微笑んで。 「ありがとうございます。」 「大切に食べさせていただきます。」 とまた二人、泣きながら走っていった。 あれが発信源か。しかし可愛い子もいたもんだな、 と思いながら俺は教室に入った。
そして放課後 毎年のことであるが俺はモテる七雄と引き換えに、一つも貰えなかった。 「いっしょにかえろ〜。」 「あぁ。構わないけど七雄。あの袋、いったいどうやって処理するんだ?」 俺は朝の袋のことを思い出していった。 「あぁ、あれな。あれは去年と同じやり方で処分することにした。 ということで今日、うちにきぃへん?チョコレートケーキ、作ったるで。」 「それ……しかないか。楽しみにしてるぜ。」 「期待しとってや。」 「あぁ。期待してる。」 さて、付き合いの長い俺と七雄の奇妙な風習の一つに 毎年、七雄は貰いすぎて食べきれないチョコレートをケーキにして俺に振舞ってくれる。 というのがある。毎年、一つも貰えない俺への慰めとあてつけである。 また、七雄も使い切るのに必死なのである。 「あれで消費しきれるのか?」 「それが案外、使うんやって。」 「そうか……。」 こうして俺は七雄の家に上がりこむ。 例年通り、七雄のチョコレートケーキは美味しかった。 こいつ、下手な女の子よりもよほど料理ができるのである。 「ごちそうさまでした。」 「どや?美味しかったか。」 「あぁ。来年も頼むぜ。」 「まかせとき。」 褒められて喜ぶ七雄。やはり誰が相手でも作ったもので喜んで貰うのはうれしいのだろう。 こうして去年のバレンタインは幕を閉じたのであった。 そして次の日 「なぁ、七雄。バレンタインの聖女って知ってるか?」 「なんやそれ?初耳やな。」 「なんでもクラス中の男子に微笑みとともにチョコレートを配ってたっていう とびきりの美少女だそうだ。」 「へぇ。面白い話があるもんやなぁ。」 とにやける七雄。 「お前、貰ったのか?」 「いや。初耳やで?」 「そうか。」 と納得する俺。しかし、本当に謎の多い親友だ。 それに謎といえばあの大量のチョコレート、どうやって処理したんだろうか? あのケーキだけじゃどうやっても使い切れないよなぁ……。 その日の夜のこと。 「静流、バレンタイン、楽しかった?」 「はい。いろいろな男の人にチョコレートを配れてとても楽しかったです。」 「本当は、うちが貰っちゃいけないもんやさかいな。 うちが女やったらいろいろな人に配ってあげられるのに……。」 とうつむく七雄。 「その……、七雄様。来年もいただけないでしょうか?」 「ええで。うちはできるだけいっぱいの人にこの日を楽しんで欲しいさかいな。」 「ふふっ。」 こうして去年のバレンタインは過ぎていったのであった。