Index(X) / Menu(M) / /

R.m.G.-リディ失踪事件- 1

◆.Xo1qLEnC.氏

あれから、一ヵ月ぐらいだろうか。
親父の友人の子供だという少年、クリスとリドの魔物退治に付き合った。

しかしリドは、追っ手の目を惑わすため、男装していた女の子だった。
リド、いや、リディとは勢いでヤッちまったが、結構本気で惚れて
しまったようで…
しかし、コトの後では言い出しにくく、結局何も言わずに別れてしまった。

素の彼らと過ごした時間は、短かかった。
それでも、また会いたい気持ちは消える事無く、こっちから会いに
行く口実やタイミングをずっと考えてた。
しかし、再会の時は突然やってきたのだった…

* * *
イロイロ考える事もあって、最近は本業の盗掘に精を出してる。
今日も、2週間程かけて隣国までチョロリと仕事に行って帰ったトコだ。

日が傾きかけた頃、家に着く。
「ふぃ〜…たぁだいまっ…とぉ」
「おっかえりー。稼げた?」
トテトテとローズが出迎えに走って来る。
「ん、まあまあ。明日にでも換金してくる。」
ローズの頭を、ガシガシと撫で留守番の労をねぎらい、旅の荷物は
放置したまま部屋へ向かった。
「もー…」
ブツクサ言う声と、荷物を引きずる音を聞きながら、階段を昇る。

んな厄介な遺跡ではなかったが、場所が遠くて行って帰るだけで疲れた。
ベッドに身を投げ出し、窓から覗く空を見上げる。
月は欠け、また満ち始めた。
俺の部屋は今夜辺り、リディを抱いたあの夜のような光景に
近づいているだろう。
そんな部屋に一人で居るのは虚しそうだ。
一眠りしたら、呑みにでも行こうか…

半分眠りながら、そんな事を考えていた。

その時、いきなり異様な気配を感じる。
驚いて目を開けると、風景が歪んでいた。
「な、なんだ!?」
前にもこんな事あったよーな…

―ドサッ

「ぐはっ」
身を起こすより早く、記憶を引きずりだすより先に、何かが俺の
上に降ってくる。
蜂蜜みたいな金髪の少年、クリスだ。
そういや、前にこいつの魔術で移動した時も、あんなふうに景色が
歪んでた。
「く、クリス!…久しぶりだなー。親父さん達、無事だったって?」
や、呑気に挨拶してる場面でもないな。
「ホーク!リディは!?リディ、来てるでしょ!?」
「へ?」
「僕は連れ戻しに来た訳じゃないんだ。匿っても意味ないからね!?」
襟首を掴まれ、すごい勢いで迫られるが…そんな嬉しい現実、俺は知らん。
「待て、落ち着け!俺は何も知らん!説明しろ!」


「何騒いでるの?…あ、クリスちゃんだ!」
ローズがひょっこり顔を出す。
「ローズ、リディどこ!?」
「どしたの?リディちゃん?何が?」
俺に乗っかったまま噛み付く、クリスの勢いも物ともしない声が聞こえる。
「本当に、知らないの?」
俺とローズを交互に睨む気迫は中々だが、知らんモノは知らん。
「取り敢えず落ち着いて、そこをどけ」
いくら女みたいな顔してても、野郎に乗っかられるのは楽しくない。
クリスは憮然としたまま床に下りた。

居間に移動し、ローズが煎れた茶で一息付く。
クリスは相変わらず、ムスッとしたまま対面のソファで、ブツブツ
呟いている。
「魔術でここまで来たみたいだが、体調は?大丈夫なのか?」
前はこの術使った後、ぶっ倒れてたが…
「ん?ああ、道具さえ使えば、けっこー楽なもんだよ。大丈夫」
口調からすると、少し落ち着いたようだ。
「そんならいーや。で、何が起きた?」
クリスは茶を啜り、溜息をつく。
「リディが…帰ってこないんだ…」
その顔は少し青ざめ、疲労が見えた。

* * *
リディがノーア氏に遣わされ、セッタの町にある、氏の友人宅に
出発したのは一週間以上は前になる。
同行した者達の話によれば、その帰り道に「別の用事がある」と、
リディは一人で姿を消したらしい。

セッタからここ、ヒュージリアまでは馬で飛ばせば半日程度。
なので、クリスは俺の所にリディはいると狙いを定めたらしいが…

「私、ずっと家に居たけど誰も来なかったよ」
ローズに予想を突き崩されたクリスは、頭を抱えてしまう。
「実際に姿を消したのは、何日前なんだ?」
「今から5日前…。もしかしたらすぐ戻って来るかも、って様子
見てたんだけど、連絡すら無い」
「リディが家を出るような心当たりは?」
この質問には、少し間が空き…
「父様ね、命は助かったけど、今でも寝込んだままなんだ」
少し呆れたような顔になり、続ける。
「それで、母様がすっかり保守的になっちゃってさぁ。早いうちに
身を固めるべきだ、とか言って、リディにしつこくお見合いを勧めて
たんだよね」
「見合いぃっ!?」
待て。見合いってアレだよな。結婚が前提になってる…
「写真も見ないで断り続けてたよ」
「そ、そうか…」
し、心臓に悪い…
ついでにお子様達から向けられる、生温い視線が居心地悪い。
「でも、母さまも強情でさ。見舞いに来た父さまの友人と、その
息子まで家に泊めたりするから、リディには寝る時も剣は離さないよう、
言ってたんだよ」
溜息混じりで吐き出された言葉に、少し動揺する。
「…それは、何か?お前の母親は、強行手段に出たという事か?」
「まさか、母さまがそこまでするとは思いたくないけど…。
そのくらいの勢いだった」
「はぁ…」


一瞬、静寂が落ち、クリスがボヤく。
「リディが逃げ込むなら、ホークの所だって思ってたんだけどな…」
「……なにゆえ?」
あ、思わず言葉が変になった。
なんだ?その物言い、期待すんぞコノヤロー。
「僕に、男女のココロのキビなんてモノは理解出来ないけど、リディの
考えてる事は解る。つまり、そーゆー事」
「はあ」
クリスはそれ以上何も言わず、楽しげに笑うだけ。
俺に都合良い方に、受け取っていいのか?
クリスだけでなく、ローズまで愉しげなのが、居心地悪い。

…リディが考えてる事は本人に会ってから聞けばいいさ。
話題を戻そう。
「話がそれたな。…えーと、リディが姿を消したのは5日前。
もしかすると、見合いを嫌がり、家出したのかも…という事だな」
「そーゆー事」

女の一人旅となれば、人身売買目的の人さらいやら、野盗の恰好の的。
リディの容姿も、そういった輩に狙われるに充分だ。
「馬と剣は?」
「少人数だったから、馬車じゃなくて馬で行ったよ。それに、村を
出る時は、護身用に剣は離さないはず」
…彼女の剣と馬術なら、複数に囲まれたとしても逃げるのは容易いはずだ。
だが、それもよっぽどヤバい連中に狙われなければ…だ。
「他に心当たりは?」
「少しでも可能性のある所は、僕の使い魔に見張らせてる。音沙汰無し」
うーん…

ローズを横目で見やると、ニコニコと笑い返してくる。
…こーゆーのは、本当はローズの得意分野なんだが。
この様子だと、自分達でなんとかしろ、という事らしい。
ローズが何も言わないなら、取り敢えずリディは無事なのだろう。
こっちの狼狽ぶりを、ただ楽しんでるだけって気もするけど…。

やれやれ。
俺は立ち上がって伸びをする。
「んじゃ、出掛けるとするか」
「どこに?」
不思議そうな顔を向けたクリスに、笑ってみせる。
「情報収集しかないっしょ」

* * *
クリスは白い小さな石を取り出し、変な発音の言葉を呟いた。
すると、石は青白い炎に包まれ床に落ちる。
炎はそのまま広がり、複雑な魔法陣となった。
例の歪みが視界を覆い、俺達三人はヒュージリアの裏通りへと移動していた。

目的地はレッドムーン。
俺がリディ達と初めて会った場所。
ゴツいオカマのママがいる飯屋だ。

リディがこの周辺で姿を消したのなら、ここにいる可能性は十二分にあるし、
ママは情報屋。なんらかの手掛かりくらいは掴めると踏んで、ここに来た。

が、店内が何やら騒がしい。
この時間なら、酒も振る舞われてるはず。酔っ払いのケンカだろうか。
俺は、先に店に入り様子を伺う。


* * *
やはり、店内では酔っ払い同士がケンカをおっ始たとこだった。
「テメェ!もう一度言ってみやがれ!」
立ち上がり、睨み合うガタイの良い男が二人。
あー、コイツら毎回ケンカしてる常連だ。
一触即発なそこに、小柄な長髪のウェイターが乱入する。
酔っ払いの一人は、ウェイターが手にする、モップの柄で鳩尾を
突かれて撃沈。もう一人は、喉元にモップを突き付けられ、壁に
貼り付けられた。
それは一瞬の出来事。
客からは歓声が上がり、当の本人達は呆然としている。
随分と玄人染みた動きだが…この店にママとメイさん以外に、従業員
なんて居たか…?
「お客さん、喧嘩なら外でお願いしますよ」
「なっ…」
思わず声を上げる。
押し殺したような、掠れた声。
少年なら、声変わり前のようなその声に、聞き覚えがあったからだ。
「あっ…!」
向こうもこちらに気付き、絶句する。
そう。その、ウェイターは『リド』だった。

ワイシャツにストリングタイ、腰にはエプロン。
束ねられた黒髪が、サラサラと動きに合わせて揺れる。
完全にウェイターと化したリディは、今は少年として振る舞っていた。

「リドちゃん、おひさ〜!」
外で待たせてたはずのローズが、平然と俺の横を通り過ぎ、奥に席を取る。
振り向くと、クリスが固まっていた。

席に着く俺達に、リディが水を持ってくる。
「こんなトコで何やってるのさ」
「出稼ぎ」
睨みつけるクリスの勢いをかわし、彼女はさらっと答える。
「お金だったら、僕の面倒見役として貰ってるでしょ!?」
「じゃあ、社会勉強?」
「何で!」
クリスはかなり、イラついてるようだ。
「クリスの面倒見て貰うお金なんて、お小遣いと同じじゃない…」
リディは視線を逸らし、小さな声で呟く。
その声も言葉遣いも女性のものだったが、次の瞬間には無愛想な
少年へと戻る。
「今は仕事中だから、後で話す。それと、店内では男って事になってるから」
リディは小声でそれだけ伝え、逃げるように去って行く。
それと入れ代わりにママがやってきた。
「皆サマ、お・ひ・さ。あら、男性陣は怖い顔ね〜」
語尾に音譜が付いてそうなくらい、上機嫌だ。
そんな態度に、蓄まった疲れが一気に吹き出て、ついママに当たってしまう。
「ママ…どうなってんだよ!」
「なかなか似合ってるでしょ?本当はフリルのエプロンとか着てほしいけど、
この通りは、女の子には物騒だものねぇ」
うむ。胸の辺りを強調気味のヒラヒラエプロン、ミニスカにニーソで
生足がチラリと…って、今はそこじゃねぇっ!
「それに、リドちゃんくらいの腕があれば、さっきみたいなのにも
対応してもらえるしネ」
先程の酔っ払い達は、酒を前に毒気を抜かれたように座っている。
「ねえ、ママ。リド、働きたい理由、何か言ってなかった?」
クリスが聞く。
確かに、社会勉強目的なら、黙って出てくる理由も無い。
「何か事情はありそうだったけど、聞いてないわ」


「そう…」
頬杖を付いてクリスが落胆する。
その様子にママは何かを察し、気を効かせてくれた。
「今日はもう上げてあげるから、ゆっくり話しなさいヨ。さ、
注文は何にする?」
そういや、腹ぁ減ったな。
クリスは沈黙してしまったので、ローズと適当に注文を選んだ。

* * *
「どうしたんだ?」
すっかり考え込んでしまったクリスに話し掛ける。
「ん〜?…こんな近くに居たのに、なんでホークのトコ行って
なかったのかなーって」
テーブルに肘をついたクリスの視線の先では、リディが最後の
料理を運び終り、ママとメイさんに挨拶をしている所だった。
その姿は、働くのが楽しくて仕方ないといった感じ。
や、働くのが目的、結構じゃないか。
べ、別に、会いに着てくれなかった事なんか気にしてないぞ。
留守だったからな。
この際、ママ達に知らせておいた旅程から、帰りが2日程遅れた、
なんて決定的な現実は忘れる。

…傷ついてなんかないって…

「…僕は、リディの枷でしか無いのかな」
ほとんどテーブルに伏せたような姿勢から、か細い声が聞こえる。
「クリス?」
「僕の探しそうな所を避けて…これじゃまるで、家から逃げ出そうと
してるみたいじゃないか!」
起き上がり、テーブルの上を見据える顔は、拗ねた子供の顔だった。
「でもよー…」
「クリスちゃんは、まだまだガキねっ!」
俺を遮り、突然ローズが叫ぶ。
ガキがガキをガキ扱いしてどーする。

「ローズ…?」
ぽかんと見返すクリスに、ローズは朗々と続けた。
「いーい?自分でお金稼いで生活しようってのは自立よ、じ・り・つ!
家族にでもなんにでも、保護されてるって自覚がなければ、自立
なんて考えない!」
クリスは、ローズに人差し指を突き付けられたまま、唖然としている。
「…そう、いうもの?」
「そう!黙って家を出るってのは、褒められた事じゃ無いけど、
何か事情があったのかも、とか…少なくとも、リディちゃんが
クリスちゃん達を大好きだって、信じられないの?」
しばらくローズを見つめていたクリスは、戸惑いはまだ消えない
ものの、微かに笑った。
「……そうだよね。僕、リディの話、まだ何にも聞いてないのにね…」
「クリスちゃんみたいに、家を継ぐってレール敷かれてるのも大変だと
思うけど、何のレールも無い人生ってのも、考えなきゃいけない事
いーっぱいで、大変なんだから」
愚痴でも吐くかのように、ローズが言う。
…俺も、コイツが一人で生きていけるよう、考えてやらんとなぁ…



その時、店の奥の扉が開き、リディが出てくるのが見えた。
「本人登場、だな」
緊張の面持ちで歩いてくるリディ。
ジーンズにブラウス、と以前のような少年の服装だが、帽子が無い。

「お、お待たせしました…」
ガチガチに固まって挨拶される。
「そんな緊張しないでよ」
「クリス…」
クリスの柔らかい笑顔に迎えられ、安堵したようにリディの力が抜ける。
「聞きたい事はイロイロあるけど、一つだけ」
しかし、そう前置きするクリスには、何故かまた困惑の色が見え始めている。
「…もしかして、父様は全部知ってた?」
「うん。…え?えぇっ!?何も聞いてないの!?」
「あぁ〜やっぱりぃ〜…」
いきなり動揺し始めるクリスとリディ。
俺とローズは流れに着いて行けず、ただ見守るのみ。
「リ…ドが連れてるの、父さまの使い魔だよね…。あー、もう!
何にも知らないとか言いくさって、あの万年発情馬親父がーっ」
待て、クリス。キャラ壊れてる壊れてる。

「えーと、話が見えないんだが…」
やっと、口を挟める隙が出来た。
「あ、ごめん。ホーク、ローズ、久しぶりだね」
リディは我に返ると、改めて挨拶する。
「お、おう、久しぶり」
「お久しぶり〜っ」
なんか、バタバタしてた割に、のんびりとした再開だ。
「取り敢えず座れよ。話すならゆっくり話そうぜ」

丁度、料理も運ばれてきた。
リディは仕事の上がりがけに注文を済ませたらしく、人数分の料理が並ぶ。

皿を並べ終わると、ママが言う。
「リドちゃん。明日から三日間お休み上げるから、遊んできなさいよ」
「三日もですか?」
「ここに来てから働き詰めでショ?見る所の少ない町だけど、
勿体ないわよぉ〜」
「は、はぁ…」
なんかテンション高いママはフフンと鼻を鳴らし、突拍子も無い
事を言ってくれる。
「きっと、ホークちゃんが案内してくれるワ」
「「えぇっ!?」」
二人して同時に声を上げる。
お、俺的にはやぶさかではない、ってーか願っても無い事なんだが。
いや、そのイキナリ…

ウフフと、キモい笑いを残し去っていくママを、俺とリディは
半ば呆然としながら見送った。


「…あー、えっと、皆を巻き込んじゃったし、最初から話すよ…」
あのー、今のママのセリフ、無い事になってない?ねえ?
気を取り直し、リディは話し始めた。

事の発端は、やはり例の見合い話。
断り続けるリディと、諦めないノーア夫人の口論は日常となりつつあった。
そんなある日、夫人の放った言葉が起爆剤となる。
「もしこの家が無くなったら、あなただけでは生きていけない」
それはノーア邸が襲撃され、邸の主人が生死の境を彷徨った件から来る、
夫人の気弱さが言わせた言葉なのだろう。
だが、リディにとっては、自分の無力さを突かれる形となったようだ。

「確かにオレは、この歳になっても仕事らしい仕事をした事が無い。
村の外の事もほとんど知らない。…そう思ったら悔しかった。
だから、家を離れて、クリスの手も借りないで、一人で何かやって
みたかったんだ」
「別に農家や剣術家でじゅーぶんじゃん?」
「そうじゃなくって…ッ!」
クリスの入れた茶々に、リディは素の声で何かを言いかけ、赤面して止まる。
その瞬間、クリスとローズの目が笑っていた事に、俺は気付かずにいた…
「とにかくっ…それをおじ様に愚痴ってたら、じゃあ実際に
やってみるかっておっしゃって、この計画を出してきたんだ。
後は任せとけ、って…」
「で、君に使い魔を付けて出掛けさせた、と。あー、もーあの◆ν×£▼…。
リドも、そんなあからさまに怪しい計画、乗らないでよ〜」
えー、一部の表現を規制させて頂きます。
俺が言うのもなんだが、実の父にその言い草はどうよ、クリス君。
頭を抱え込む少年を気にもせず、リディは話を続ける。
「オレ、昔ちょっと放浪癖があったんだ。と言っても、村の周りを
ウロつくだけだけど。それで…」
リディが右手の人差し指を水平に伸ばすと、そこに白い小鳥が
ぼんやり現れる。
「おじ様に、この使い魔を付けられてたんだ。こいつと居ればオレの
居場所も大体特定出来るし、多少の身の危険からも守ってくれる」
「ちなみに姿を消してても、魔術士ならちょっと注意すれば存在に
気付くよ。今回はちょっと動揺して、遅れたけど…」
悔しそうなクリスの補足が入ると、鳥は音もなく消えていった。

「つまり、リドは身の安全を保障された状態で出歩いていて、
クリスは親父さんに、見事に振り回されただけ、と」
こーゆーオチか。
「また迷惑かけちゃったね…ごめん」
「いーのよ、どうせ退屈してたし」
肩を落とすリディに、ローズが能天気に返す。
「俺も構わねえよ。暇だったしな」
リディに会いたかったから、好きで巻き込まれたんだ。
そう、言ってしまえれば…。せめてチビ共、キエロ。

「僕、疲れた…。ローズ、ちょっと集合」
「はーい」
クリスは突然立ち上がり、皿を持ってフラフラとカウンター席に
移動していく。
ローズはそれを追い掛け…
俺とリディは、いきなり二人きりにされてしまった。


* * *
…いや、確かにさっき願ったけどよ。まさか、本当になるなんて思わねーよ!

互いに、目線を合わせられないまま向かい合う。
こうしてると、あの夜を意識してしまうワケで…
彼女はあのコトを後悔してて、俺には会いたくなかったんじゃなかろうか、
と変に後向きになってしまう…。

「「あのっ…」」
気まずくなって、言葉を発せばキレイに重なる。
なんだ。このお約束展開は。めっちゃくちゃ気恥ずかしいわ!
「あ…ホークから、どうぞ」
微かに頬を染めて笑う彼女に、ホッとする反面、いやに落ち着きが
無くなる。
「え、いや、その…元気だったか?」
「う、うん。元気だったよ」
「そか、良かった…」
話したい事は沢山ある。
それでも、彼女の笑顔に心は浮き立ち、頭ん中はさらに白くなっていく。
「ホークは?」
「お、俺も元気だったぜ〜」
「そう、良かった」
わざとらしいくらい明るく振る舞う。
乾いた笑いが、しぼんで消えた。

「…と、取り敢えず飯食おうぜ…」
「…う、うん…」
気まずさを紛らすように、冷め始めた料理をモソモソと食べる。

カウンターには、いつのまにか厨房から出てきたメイさんが立ち、
チビ達とやたら話が弾んでいる。
時折口を挟むママが、困ったような表情なのが気になる…
こっちは、帰ってきたばかりの旅の話や、料理の感想などを適当に
交わしながら、ぎこちない食事を済ませた。
すると、見計らったようにガキ二人が戻ってくる。

二人そろってテーブルの横に立ち、ローズはにこやかに言った。
「ホーク!私、眠くなっちゃったから、今日はここに泊まるね」
…嘘だ。メッチャ元気良さそうだぞ、お前。
なんか不穏な気配がするな、おい。
「泊まるってな〜、お前…」
「母屋の方に泊めるし、お代は気にしないで」
反対しようとしたが、何時の間にか近づいてたメイさんの視線が、
俺に有無を言わせない。
「僕は疲れたから、もう帰るよ。それでね、リド。ホークを送って
あげてくれる?」
「え?」
「はい…?」
爽やかな笑顔で提案される。
「僕の魔術でここまで来たから、ホークは馬が無いでしょ?」
「なら、お前、俺を帰してから帰れよ」
内心、変な焦りが渦巻いているのだが、なるべく平静を装う。
「やだね。もう疲れたんだってば。それに僕、黙って出てきたから
早く戻らないと」
「クリスッ!」
当然の様に無責任発言をする少年に、リディが叱責の色を見せる。
しかし、そんな事を意に介す事無く、クリスは続ける。
「リドはもう暫らく、この町に居るんでしょ?また、様子見にくるよ。
ホーク、疲れてたのに付き合わせてごめん。今日はゆっくり休んで!
じゃ、またね〜」


陽気に店を出ていくクリスは、もんのすっっっごく元気そうだった…

そして、気まずい沈黙りたーん。
「…あ、別に構わないぜ?歩いても帰れるし、ここに泊まるって手も…」
ダメだ。ここに泊まっても、何か企まれてる。メイさんの笑顔が
それを物語っている。
なんかもー、縛り付けられて無理矢理、膳を据えられてるカンジ。
「あ、あの、疲れてるんでしょ?」
リディが心配そうに見上げてくる。
いかん。この目に弱い。
「気にすんなって!大丈夫だから!」
「ううん、送ってく。だって、オレのせいだし…馬、連れてくる!」

リディは走って行ってしまった。
「良い子だねぇ。しっかりやんなよ!」
残された俺の肩を、メイさんが叩く。
「すっごい。クリスちゃんが言った通りの反応…とと」
ローズは呟き、慌てて口をつぐむ。
「何か言ったか、コラ」
「何でもな〜い」
ったく…もう、いーや。

* * *
あれから一ヵ月か…

あの夜と同じ月の照らす草原を、馬は駆ける。
手綱を握るリディからは、髪の甘い香が漂う。
掴まっている肩は、狭くて薄い。
このまま抱き締めたい。

…ともかく、腰が当たらないよう必死だった…

* * *
「はい、着いたよ!」
馬は高く鳴き、我が家の前で止まる。
さて、開き直りのお時間ですよー…
いくらリディが強くったって、夜の一人歩きはさせたくないしな。

馬からは降りず、掴まってた肩を引き寄せる。
「サンキュな。…帰んの?」
耳元で言うと、目の前の耳が赤く染まった。
「ええええーっと…」
「もう、遅いから危ないぞ。少し休んだら送ってくから、寄っていけよ」
「それはダメっ!…ちゃんと休まないと!」
勢いで振り向くリディ。
耳元まで顔を寄せていた俺と唇が触れそうになり、慌てて前を向く。
「お、オレは大丈夫だからっ」
「だーめ。俺は心配なの」
肩に乗せた手に力を入れる。
耳の赤が濃くなってくもんだから、開き直りも楽しくなってきた。
「で、でもっ」
「じゃ、泊まってく?どーせメイさん達は、その腹積りだろーしな…」
俺の言葉に、彼女は動きを止める。
しばらくして、思い立ったように呟く。
「…もしかして、ハメられた?」
鈍い!
「今頃気付いたか。言っとくけど、俺もハメられたクチだからな」
我ながら脱力する現況に、リディの肩に顎を乗せる。
「…なら、仕方ないか」
少しだけ、照れた笑顔が振り向いた。


Index(X) / Menu(M) / /