それはとある12月――……
例年通り、大嘘つきの天気予報のとーり、雪は全く降ってこないものの、
確かに通り過ぎる冷たくて凍える季節――吐いた息は全て白く空に舞う冬の寒空の中で
一人の青年になりかけている少年は――
――不思議な出会いをしたのだった
少年……というにはいささか大きすぎる学蘭の男が、冷たさゆえに耳まで赤くさせて
そこにある冷たい空気を切り裂くかのように走っていた……
茶色に色落ちしたサビとコケだらけのボロボロの校門をさっさと見送って、
俺はその先、校門を出てすぐのところにある歩道橋をカマイタチのように素早く駆け抜けた。
はっ、はっ、と自分の吐く規則正しい息が白い霧となるも次々に空に溶けていく。
どこか哀愁というヤツを感じさせるような光景だったが、今の俺にはそんなことはどーでもよかった。
段数の少ない階段は気が付いたらのぼり終わっており、
さらにそこから伸びる向こうへとつながるコンクリートの道をそれまでより少しペースを上げて走る。
ハッキリ言って、体育でやる意味のイマイチ分からんマラソンの授業の時よりも今の俺は飛ばしている。
そりゃあもう、箱根駅伝とかにでても一位が取れるかもしれねぇ……いや、そりゃ言いすぎかな?
もう充分にご理解いただけるであろーが俺は今、めちゃめちゃ急いでいる。かなり焦っている。
――それも、非常にだ…………
と、突然で申し訳ねぇが、自己紹介しとこう。
俺の名前は『山内 康介』。読み方は『やまうち こうすけ』
……なんて捻りのねぇ名前だ、自分で言うのもなんだがこいつぁ些かふつー過ぎるぜ。
まぁ、俺はその名前の通り普通の人間、一般人だ。
成績は学年で中の中、力は人十倍あるが、そのせいか足がやたらと遅ぇ。
休みの日にゃー、ふつーに友達とカラオケ行ったりボウリングしたりする、
上背が190近い事を除きゃー“(出来れば年上の)彼女募集中”のいたって平凡な高校二年生(17成り立て)だ。
『※↑これ重要』
さて、では何でそんな普通人の俺が、こんなにも一生懸命に冷たい風を切り裂いて走り抜けているのかと言うと、
別に何てこと無い、至極単純で明快な理由だ。
俺はこの歩道橋を渡ったすぐ隣に建っている、青い看板が目印の『コンビニ』に行きたい、
……もっと正確に言ゃあ、コンビニで今日発売されている週刊誌を立ち読みしたいのと、このコンビニで売ってる
一日限定100個の『ゲキウマぴりぴりから揚げ(一ヶ80円)』を食いたいからだ。ただ、それだけだ。
あっという間にくだりの階段へとさしかかった俺の目に、
手すりのさらに奥に取り付けてある透明なカベ越しにコンビニの青々とした屋根が見えてきた。
「おっ!」
瞬間、俺はそれが少し嬉しくって、俺の胸が知らず知らずのうちにワクワクうるさい期待を増幅させた。
気分が右肩上がりでぐんぐん良くなった俺は、一度に降りる段数を一段から二段に増やし、
更なる速度をもってコンビニへの道を跳ね進んだ。
――そして、このときの俺はそんなハタから見ると「キモッ!」と一言で切り捨てられそうな考えに脳を溶かせ、
最高に間の抜けたアホヅラで、コンビニばっかに目がいってたから気が付かなかったんだ――……
「おうっ……うおあぁ!!?」
るんるん気分で最後の二段を跳び、カラフルなアスファルトタイルに10点満点の着地をしてやろう、
などと馬鹿なことを考えて自分でクスリと笑った時、まさに俺が両足をそろえてかっこよく降り立とうとした
場所に、その場所を覆いかぶさるかのごとく、一人の子供が躍り出たのだ。
その事実は頭中の意識の半分以上が別世界にワープしかけていた俺を、しっかりとこの世界に呼び戻してくれた。
――さあ、こっからどうしよう?
そう思って、とりあえず脳内で目に見える現状を確認してみた。
一つ、俺は既に空中に放りだされた鉛よろしく今のところ宙にいる。
一つ、その目と鼻の少し先に子供の後頭部がある。
一つ、一向にこっちを振り向かねぇ様子から、多分俺には気付いてない。
一つ、このままじゃ、確実に俺はこの子の頭を踏み潰してしまう。
……何とかして避けなくては!
と、そこまでは僅か0,1秒で行き着いた。問題はこのあと、つまり避ける方法。
一つ、空宙移動で避ける…………飛んで俺はスーパーマンでも鶴仙流でもねぇから空を飛べん。無理!
一つ、カベ蹴りによる落下軌道の変更…………たった今、俺をあざ笑うかのようにカベがナナメ後ろに移動した。無理!
一つ、叫んで、気が付いた子供に避けてもらう…………この距離じゃ叫んだ瞬間にアウト! 無理!
くそったれぇ! と心の奥底で叫んでやったが、それで状況が良くなることなんてありえるはずもなく、
とうとう俺は手足を引っ込めた亀みたいに丸まってた子供の上に、覆いかぶさるように倒れこんでしまった。
「イッッ……! ってオイ! 大丈夫か?」
俺は念のために、つっかえとしてた両腕に力を込めるとすぐさま身体を起こし、
冷たいであろう地面にうつ伏せになってぺチャリとつぶれている子供の隣にかがみこんだ。
軽く肩を揺さぶってやるが、一向に力の入らない小さな命を感じて
俺は途端に体中から恐怖と不安をごちゃごちゃに織り交ぜたような強力な電気が
身体の芯を貫いたことを実感した。
膝が笑い出し、マユがハの字に動いて眉間にいくつかのシワをつくる、
正直、今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
……が、そんな轢き逃げ見たいなマネ、俺には実行する勇気が無かった。
ふと、子供を仰向けにして顔を見ようと思い、恐る恐る、小刻みに震える腕の中で子供を転がした。
ごろり、とやはり抵抗の力が一切無く、子供は簡単に向きを変えられた。
「――――――――ッ!!」
子供の顔を見て、俺はなにか言葉らしきものがのどにつっかえた。