「先生。エロビデオ貸して。それかDVD。コピーでもいいから」
「…は?」
8月31日、午後一時半。20日ぶりに会った司の第一声に、隆也は思わずどうしようもなく間抜けな声をあげた。
もっとこう、感動的なというか、恋人同士らしい再会を期待していたのだが。
ズカズカと遠慮なくあがりこんできた司は、そのままベッド周辺を探索し始める。
「いやおい、ちょっと待て。何だいきなり…」
慌てて近寄る隆也に、司は至極簡単な説明。
「昨日みんなで宿題やっててさ、終ったからカラオケ行ったんだけど、
そこで修学旅行に一人一本持ち寄ろうって話になって。俺持ってないし。兄ちゃんのも全部持ってかれたし」
そう言えば、男子高校生モードの司はこんなもんだった。
会えない間に思い出していたのは可愛らしい司ばかりだったので、すっかり忘れていた。
「持ち寄ろうってお前…」
「大丈夫。鑑賞会の前にトンズラするから。それよりなんかマニアックなのない?熟女モンとかスカとか」
言うことにも少女の恥じらいというものがまったくない。というか、自分を何だと思っているのだろう。
「おいおいちょっと待て。お前は聖職者たる教師の家にそんなもんがあると思ってるのか?」
「うん」
しばしの沈黙。
「…あ、ひょっとしてそこにある?」
司が指差したのは、デスクトップのパソコン。ノート型は仕事で使っているので、こちらは完全に私用だ。
というか、図星だ。
「ファイルあるんならそれ焼いて。ノーパソ持って来るって言ってたし」
さっさと起動させようとしている司はなんだかとっても恐ろしい子に見えます。
そのブラックボックスの中身は未成年が見ちゃいけないものがいっぱいだよ?
「ま、待てって。ソレより何よりお前、言うことがあるだろ?」
肩を掴んで止めようとすると、するりと逃げられる。逃げて、そのまま抱きついてくる。
「…会いたかった」
言う声のトーンは今までとは打って変わってしおらしいもので、どうやらスイッチが切り替わったらしい。
ここからは隆也が主導権を握れる…はずだ。
「…うん、会いたかった…」
抱きしめる腕に力がこもる。この細い肩を、抱きしめたくて仕方がなかった。
司の体調が悪かったり、隆也が急遽地元の祭りに引っ張り出されたり、そのまま地元の友人と飲み歩いていたり
ここ一週間は司が学生の本分を片付けなければならなかったりで、ずっと会えなかった。
「…会いたかった……司……」
愛しさを込めて呼んで、顔を寄せる。
「…先生」
唇を塞ぐ。その柔らかな感触をしばらく味わって、ようやく唇を動かす。
下唇を挟み、角度を変えて何度も啄ばみ、舌を差し入れて歯茎をなぞり、舌をつつき、根元から絡めとる。
いつまでもこうしていたいと思わせる快感が体中を満たす。
「んふ……ん……む……」
控えめながら舌を絡ませてくる司の、伏せられた目をじっと見る。長い睫毛が影を落としている。
目の綺麗な少女だ。意志の強そうな眉と目が、色々な表情を作ることを隆也は知っている。
「…ん…は……は……せんせ……」
甘い声が呼ぶ。もっと声が聞きたい。
頭を撫でる。この短い黒髪をシーツの上に散らしたい。
背に回された腕が服を掴む。その腕を首に絡ませて、喘がせたい。
「…なんか……我慢できそうに、ないな……」
湧き上がる衝動はどうしようもなくて、照れも隠しきれずに苦笑する。
「……だから先に、用事済ませようと思ったのに……」
むくれた司の頭を撫でる。たしかにこう可愛らしくなってしまった司では、なかなか言い出しにくいだろう。
「ん…そうか。でも別に今日じゃなくてもいいだろ?修学旅行まであと一ヶ月以上あるんだし…」
「いや、どうせならネタを厳選してカブらないようにしたい」
唐突にスイッチが切り替わる。というか、発言が芸人なのはどうしたものか。
「いや、ネタってな、お前……」
「先生、一介の男子高校生たるものこのくらいのことはしないと。つうかついでに先生の趣味も探らないと」
腕の中から抜け出した司はさらりと恐ろしいことを言う。
司が男だと信じて疑わなかった頃なら、笑って付き合ってやったかもしれないが、今はそうもいかない。
すでに起動音がして、パスワードの入力画面になっている。念のため設定しておいてよかった。
「…まぁアレだ、俺の許可なく開けられるもんじゃないんだから。落ち着いて俺の話を聞け」
余裕を取り戻してベッドに腰を下ろした隆也には目もくれず、司はパスワードを当てようとやっきになっている。
「いや、話聞いてたら貸してくれなさそうだから聞かない」
「……まぁそれも正論だけどな……」
多分開けられないだろうという余裕も、やけに真剣にパソコンに向かう司の表情を見ているとちょっと揺らぐ。
「先生誕生日いつだっけ?」
まぁその辺から攻めるだろう。しかし浅はかだ。人生経験10年の差は大きい。
「………ノーコメント」
口元に余裕を浮べる隆也の反応を見た司は、むっとした表情でディスプレイに向きなおる。
その顔をこっちに向けたまま、笑ってくれればもう少し優しくもしてやるのだけれど。
意地になった司をどうすれば止められるのか、残念ながらまだその辺は把握していない。
汗のにじんだ男物のシャツの中には細くて滑らかな背中と細い腰が潜んでいて、
そこに巻かれたサラシを解けば柔らかな丸みが姿を現して…それを、久々に見たい。
「……司。いい加減諦めろって。それよりもう少しこの時間を有効に使お……」
「解けた」
嘘をつけ、と言おうと思って腰を上げると、本当に解けている。
三国志のお気に入りの武将三人の名前を盛り込んでいた隆也はまさか解けるはずがないと思っていたのだが、
前回司はこの部屋で三国志を読んでいる。人生経験10年の差は漫画三国志で埋まってしまったらしい。
これはちょっと、いや本気で、マズイ。
「ま、待て待て待て!いいからちょっと待て!」
隆也は慌ててマウスとキーボードを取り上げようとするが、どうにもキツイ目つきでにらまれる。
「よくない。待たない。何?俺に見られちゃ困るモンでも入ってるの?」
「お前がっつーかそもそもエロ動画なんで未成年が見るもんじゃ……」
珍しく隆也の方が正論を持ち出すが、司は間髪入れずに反撃してくる。
「嘘つき。俺が男なら何だかんだ言っても見せたでしょ」
ぐうの音も出ない。
その間に司は着々とフォルダを開いていく。
流石に主電源を落としたりするのは大人気ないだろう。そこまで必死になるのもみっともないし。
しかし画像や動画の入っている重いフォルダだけ開いていくあたり、けっこう慣れているようだ。
このままではすぐに見つかる。ここは人生経験10年の差を活かさねば。
とはいえ隆也は急所を突かれている身、焦りは実力を半減させる。というか、まとまった考えが出てこない。
「……司」
結局強硬手段にでることにした。後ろから司を抱きしめて、耳を噛む。
ぴくん、と体を跳ねさせた司の手が一瞬止まる。たたみかけるようにもう一度。
「……司が欲しい」
「……俺も、先生が欲しい、けど」
司の手が動く。
「こういうのは卑怯です」
開いたフォルダには動画ファイルの山。題名は微妙にカモフラージュしてあるが、司は迷わず一つを開く。
よりによって女子高生モノか。あぁそうか。巨乳の可愛い女子高生が半裸でアンアン言い始めましたよ。
「…………」
司を抱きしめていた手が力なく解かれて、諦めと恥ずかしさと情けなさをないまぜにした視線が送られる。
何と言われるだろう。モノがモノだけに、怒るのを通り越して呆れられたりするのかもしれない。
思わず少し距離を置いた隆也の気分などおかまいなしに、司は冷淡な一言を口にする。
「……没。無難すぎる」
「な……ぶ、無難ってお前……」
抱きしめられていたときは頬を染めていたくせに、エロ動画を見ても表情一つ変えない。
この精神構造はいったいどうなっているのだろう。
「だからネタがカブらないようにしたいんですってば。俺に見られるのが嫌なら自分で開いてください」
「いや……そもそもお前の期待に沿えるようなモンはないぞ……」
「えー…。なんか無いんですか?
宇宙人に監禁されてーとか着ぐるみでーとか、笑っちゃうようなのでもいいんですけど」
どうも司は諦めてくれないらしい。期待に添えないのは本当なのでどうにか諦めさせなければならないのだが。
言いながら司は二本目、三本目を開いている。
二本目も女子高生モノで、三本目は綺麗なお姉さんがバイブで喘がされている。音量が小さめで良かった。
しかしなんだか持ち主のほうが恥ずかしくなってしまうのはどうしたものか。
「…じゃあどっかで拾ってきて焼いてやるから、とりあえず今日は諦めてくれないか?」
「んー……じゃあ、妥協します。キッツイSMモノでも焼いてください」
ほとんど無表情でディスプレイを見つめていた司が、またさらりと言い放って顔をこちらに向ける。
「……わかった。もう何も言うな……こっち、こい」
ベッドに腰掛けた隆也が力なく答えて膝を叩くと、さっさとフォルダを閉じて足の間に腰を下ろす。
どうにも手がかかる。思いながらしっかりと抱きしめると、甘えた声がかかる。
「……せんせ」
現金な話だが、こういう司が手の中にいると、それだけで表情が緩む。
「うん?」
「……会いたかったよ」
さっき一度確認したはずだが、それでも足りないらしい。それは隆也も同じだ。
「うん。俺も会いたかった。会いたくて会いたくて……電話しようとも思ったんだけどな」
「うん…俺も、しようと思ったけど……先生実家だったしね。でも、夏休みが終わったら
次はいつ来れるかわかんないし…だからわざわざ、昨日のうちに皆集めて、宿題終らせたんだよ」
自分たちの面倒な関係を再確認するのは少しせつないが、それでもお互いを想いあっているのがわかると、
なんともいえず優しくて温かな気分になれる。
首筋に口付けて、司が待っているだろう言葉をかける。
「そうか。ありがとうな……学校始まっても、暇だったら来いよ。どうせ俺も暇だしな」
「……だめだよ。ウチの親も怪しむし。週に一回来れたらいいかなぁ」
それもそうだ。司には保護者がいて、しかも自分は堂々と会いにいける立場ではない。
そもそも、こうして家に上げて、あれやこれやをしているなど、社会から見たら犯罪に近いだろう。
「……それでも、できるだけ。俺はこうしたいな」
すっかり腕になじんでしまったこの体を、この20日間どれだけ待ち望んだことか。
それを思うと、たまにはこちらが我侭を言いたくなる。
「俺も、だけど…いいじゃん、毎日会えるんだし。俺はそれでも嬉しいよ。前は……辛かったけど」
そのせつなさが自分に向けられていた数ヶ月間を思うと、どうしようもなく愛しさが募る。
「そうか。そうだな……それでもこうしたい、っていうのは俺の我侭か?」
耳たぶを甘く噛んで、そのまま首筋に舌を這わせる。
「…っ……せん、せ……」
高い声。この声を聞きたかった。服の中に手をしのばせながら、初めて司を抱いた日のことを思い出す。
「……たまには、先生の我侭もきいてあげるよ」
笑ってしまうのは仕方がないだろう。司とこんな会話をするようになるとは、思ってもいなかった。
「それは光栄の至り……待ってるぞ。司の好きなチョコでも用意してさ」
「うん……」
やっぱり顔が見たい。ここしばらくの欲求を満たすには、声も表情も、すべてを自分の物にしなければ。