Index(X) / Menu(M) / /

司0 (1)

◆aPPPu8oul.氏

手帳に、彼の名前は意外と少ない。
司の手元には、日記代わりにその日何をしたのかをつけている手帳がある。
誰と遊びに行った、何を買った、体調が悪かったなど、日によってはびっしりと書き込まれ、
また日によってはほとんど空欄の場合もある。
つけ始めたのは高校に入ってからだ。
男としての生活は楽しかったが、同時に緊張するものでもあった。
慣れないうちは、毎日ため息とともに一日を終えていた。
べたべたした友人関係を好まない司は、内心のもやもやをこの手帳に書きとどめることで消化してきたのだ。
「六月……」
それでも二ヶ月もすると、流石にだいぶ慣れてきた。
友人とカラオケに行ったとか、夏服でもバレなくてほっとしたとか、そんなことが書いてある。
ここでちらちらと名前が出てくるのが、司の親友の田宮健だ。
『6月×日 健と昼飯を食っていたら知らない女の子に声をかけられた。これで二回目だ。散々からかわれた。
 6月△日 健の家に遊びに行く。犬が可愛い。マジやばい。』
「…くだらねーこと書いてるな、俺」
知らず苦笑する。
もともと席が近かったことから話すようになったのだが、
お互いが会話のかみ合う楽しい奴だとわかるのに時間はかからなかった。
ズケズケとものを言える間柄というのは、心地よい。
それが一種の油断になってしまったのは、大きな誤算だったが。

+++++

「は?誕生日?」
やきそばパンをほおばりながら、司が健に聞き返す。
「あぁ。この歳にもなって家族に祝ってもらうのもなんだしな。かといって…」
コーヒー牛乳をすする健に、容赦のないツッコミ。
「祝ってくれる彼女もいねーしな」
「うるせー。……まぁそんなわけだから、誰かと暇潰そうと思ってよ。空いてるか?」
健が言っているのはちょうど今週の週末の話だ。司にこれといった予定はない。
どうせ暇ならうまいものを食って騒いだ方が楽しいのは当たり前。


「空いてるけど、何するんだ?誕生日パーティー?」
「うん。てゆーかその取り合わせはないだろ。」
やきそばパンに苺牛乳という司のメニューにつっこみつつ、健は少々考え込む。
「そーだな……うちならとりあえず何か食うもん作ってくれるし。金かかんないだろ」
「それもそーか…他には誰か来るのか?」
実を言えば、司にはコレが一番問題なのだ。いい奴であってもやたらと体を触りたがる奴がいると気が抜けない。
逆に言うと、嫌な奴でも距離さえ保ってくれれば安心できる。
「あぁ、声はかけてみる。マサとカズやんあたりかな」
健の出した名前はいつもつるんでいる友人だ。まぁ大丈夫だろう、と司は苺牛乳を流し込む。
「ところでよ」
「うん?」
健が苺牛乳のパッケージを指差す。
「このコチニール色素って虫でできてるらしいぜ」
「マジで?」

+++++

「…こんなことまで良く覚えてるな、俺」
苦笑しつつ手帳をめくる。この次の週から、健の名前は少なくなる。いや、全体に主語が書かれなくなっている。
『6月××日 ゲーセンで半日潰す。
 6月×○日 泊まりに行く。酒はなし。』
「……」

+++++
 
「健の誕生日なんだからいいだろ?」
コンビニに集まった友人がカゴに酒を入れているのを見て、思わず聞いた司への返答がこれだった。
「ま、いいけどさ。お前ら今日中に帰るんだろ?」
友人二人はそれぞれ翌日の部活と家の事情で途中で帰ることになっている。
司だけが泊まることになったのだが、健の家族が在宅ということもあって、たいした危機感は抱いていなかった。
「へーきへーき。俺んち近いし」
「俺飲まないし」
「……飲まないやつが買うなよ。金ねーんだから」
ごちる司も缶をカゴに放り込む。まともに酒を飲むのは初めてだ。
どうみても成人というかオッサンな友人がいなければこうはいかなかっただろう。
そんな友人とともに、高校生らしく自転車で健の家に向かい、お菓子で隠した酒を持ち込んだ。
「よ。何持ってきた?」


「色々。とりあえず酒な。あとケーキ」
健の部屋にあがって飲み食いし、ケーキ(駄菓子屋で30円+いやがらせのようなロウソク16本)を食べ、
酒を飲んだり騒いだりすること三時間。
「さて。俺らはそろそろ行くな。ほれカズやん立てって」
オヤジ顔のカズやんは顔に似合わず酒に弱いらしく、ゴミの散らかる床に寝そべっている。
「カズやん起きてるかー?」
司がぺちぺちと頬を叩くと、がしっと腕を掴まれる。
「うぉ!?」
「司〜……なんで俺はモテないんだ〜」
「知るかよ!」
一刀両断。ごつんと額を殴る司の突っ込みを、健は笑ってみている。
「ほんっと司は容赦ねーよな。カズやん、こういう男はダメだ。モテてもダメだ」
「そーだぞカズやん、男は顔じゃない。中身だ、中身で勝負だ!」
健とマサのやたらと熱いトークに、カズやんも涙を流して同意する。
「そうだよな、そうだよな!」
「吠えてなさい負け犬ども。男の嫉妬は醜いな」
そしてまた一刀両断。酒の入った司の毒舌はとどまるところを知らない。
「くー、ほんっとなんでこんな奴がモテるんだろーな…やっぱ顔か?」
「マサ、それを言ったらお終いだ」
「顔なのか!?男はしょせん顔なのか!?」
オヤジ顔で暑苦しく泣くカズやんを立たせ、マサは一番飲んだにも関わらず涼しい顔で部屋を出る。
「じゃーな、カズやんはしっかり送ってくから安心して飲んだくれろ」
「おう。じゃーな」
「またな〜」
「顔なのか〜!」
最後まで暑苦しく管を巻いたカズやんを送っていくマサの背中は男気が溢れているかもしれない。
思わず司が呟く。
「……でもマサは男前だよな。中身が」
「ん?珍しいな、司が人を褒めるなんて」
下戸と酒豪を見送った二人は、ちょうどいい感じに酔っている。
散らかった床に並んで腰を下ろし、四本目の缶に口をつける。
「失礼な。俺だって他人のいいとこくらい認めるさ……実際、お前らに彼女がいないのが不思議だよ、俺は」
「それをカズやんに言ってやれ……お前が言っても厭味に聞こえるけどな」
照れたように視線を泳がせた健の余計な一言に、思わず言い返す。
「うっせ。本心で言ってんのにそう取るほうがひねくれてんだよ」
「はは。そりゃどーも。お前こそモテるのに彼女いねーよな。なんだ、ソッチの気でもあんのか?」
一瞬ぎくりとするが、ごまかすように缶を空ける。


「ねーって。あったらお前がマズイぞ、この状況」
「それもそーか。やばいな俺、貞操の危機だ」
笑う健に言い返そうと顔を向ける。
「だからそういう趣味はねーって言って……」
言葉途中で、ぐらりと頭の中が揺れた。前のめりに倒れそうになった体を、健が支える。
「おっと。なんだ、もう酔ったのか?」
熱い肌が触れ合って、心臓が忙しく活動し始める。
「…あ、あぁ……」
「しっかりしてくれよ。祝ってもらうのは俺なんだから……と」
司の体を押し返そうとした健の体が、そのまま倒れこむ。司の胸に手をついて。
「悪い。俺も酔ったみたい……だ?」
起き上がろうとした健の手が司の胸の感触に違和感を覚える。
「…い、いや、いいから早くどけって……」
声がうわずる。心臓の音がうるさい。酒のせいだけではない、床についた背の熱さが恥ずかしい。
首を上げようとして、健の動作に固まる。
「なんだ?お前中になんか着てんのか?」
なんの遠慮もなく、健の手は司のシャツをまくりあげる。
「や、やめ―!」
ろ、という前に、シャツは胸の上までまくり上げられた。
健の視線は男らしからぬ細い腰から上に移動する。肋骨のあたりから、白い布が巻かれていた。
その布に、胸が押しつぶされている。
「……サラシ?……胸……?」
健の呟きが聞こえて、司は顔を背ける。見ていられなかった。声もでなかった。
顔が熱くて、できることならこのまま消えてしまいたかった。
「司……お前、まさか……」
それでも聞かれれば答えないわけにはいかない。意外と早かったな、と頭のどこかで冷静に考える。
「……女なんだ、俺。ごめん、黙ってて」
健の顔を見る勇気はなかった。これでこの関係も終りだろう。
体が離れたのを感じて、上体を起こす。
「マジかよ……お前が女なんて……なんでだ?なんで男のかっこなんてしてんだよ?」
健の声から酔いは完全にぬけている。それはそうだろう。司はいたたまれない思いで口を開く。
「……別に何でってわけじゃない……女の子やってるより、こっちのほうが自分に合ってるからさ」
「男になりたい、ってことか?」
そうなんだろうか。いや。きっと違う。司には、自分が女として生きていく勇気がないだけだとわかっている。
けれどそれを口にすることはできない。
「いや……なんて言ったらいいのか、俺にもよくわかんないけど…女の子らしく生きるのが嫌だから、
 楽な方を選んだらこうなった……って感じかな」


そんな理由で欺かれていたと知ったら、きっと悲しむだろう。怒るだろう。司は健の表情を伺う。
「じゃあ…男が嫌いでそんな格好してるんじゃないんだな?」
健は真剣だった。そこに怒りや落胆の色は見えない。安堵のため息を漏らす。
「あぁ。そういうんじゃない。女の子を好きになったことはないよ」
司の返答を聞き、健がじっと司の目を見つめる。
「…お前さ、自分のこと中途半端だって思ってないか?」
その一言が、胸に刺さる。そうだ。今の自分はとても中途半端だ。
酔いのせいだろうか。気弱な言葉が口をつく。
「そうかもしれない…女としての自分に自信ないし……」
言って、胸に熱いものがこみ上げてくるのに気付いて、慌てて話題を変える。
「なぁ、やっぱ……今までどおり付き合うことって出来ない…よな」
「……」
健は黙り込む。返答を待つのが怖い。
「……正直、無理だと、思う。」
当然の返答だが、それがひどく辛い。そっか、と声を絞り出そうとした司より先に、健が言葉を続ける。
「お前が女だってわかった瞬間……お前のこと、可愛いって思っちまったんだぜ、俺はよ」
司は目を大きく見開く。
「かわ、いいって……ほんとに?」
「バッカ野郎、嘘いってどうすんだよ。お前は充分可愛いよ。そりゃ口は悪いけど、それだってお前だろうしよ」
言ってデコピンをかまして、自分の台詞に照れて頭を抱える。
健に女として褒められたことが、不思議なほど嬉しい。それが声ににじむ。
「ばかって……いや……なんかすげー、嬉しい……ありがと……」
「お、お前から礼を言われるなんてな……」
そっぽを向いた健の耳が赤い。
こいつなら、と司の中である感情が湧き上がる。それをゆっくりと口にする。
「あ、あの……さ……俺と……」
「ん?まだなんかあるのか?」
「俺のこと、可愛いって思ってくれるんなら、さ……」
言ったら引き返せない。それでも、今目の前にいる男に言いたい。
「抱いて、くんない?」
固い決意を秘めた司の台詞に、健は目を見開く。
「お、お前…」
言葉が続かない。ごくりと唾を飲んで、横に座る司の肩に手を置いて、確かめる。
「その、いいのか?俺で……」
見詰め合った司の目が、恥ずかしそうに逃げる。
「……俺だって相手ぐらい選ぶさ……」
「そっか……なんか、お前にそういわれると嬉しいな……その、どうなっても知らないぞ?」


健が頷いてくれただけでよかった。これが恋愛感情ではなく、ただの性的な衝動でも。
女として受け入れてくれるだけで、気が楽になる。
「………」
何を言っていいのかわからないまま、目を閉じて唇を重ねる。
お互いに酒の匂いばかりが鼻をついて、心の中で苦笑する。
ふと、健の唇が動く。下唇を何度か食んで、そっと司の歯を舌がつつく。
「ん……ん……」
戸惑いながらも司も口を開いて、舌を迎える。ぎこちない舌が口内を這いずり回ると、思わず健にしがみつく。
しがみついて、そっと舌を動かしてみる。舌が絡み合うと、健の腕がしっかりと司を抱きしめた。
そのまま、舌を絡めあい、唾液を交換する。つたない動作でも次第に快感が走り力が抜ける。
「んはっ……は、その、司……お前も……」
「ん、はぁっ……は……何?」
薄く口を開いたまま息を整える司の表情に、健は息を飲む。
その顔で見上げられると、嫌でも司が女だと実感する。恥ずかしさに顔を反らし、ぼそぼそと呟く。
「いや…お前も、初めてなのかって……」
「……うん……」
俯いた司の口から漏れた答えに、言い知れぬ喜びが湧き上がる。
司の耳元に顔を寄せる。口をついて出てきた言葉は、健自身予想していなかった。
「あのよ……好きだぜ、司……」
抱きしめた司の体がわずかに震える。
「うん……俺も……」
俯いていた司の頬に唇が触れ、顔を上げるとそのまま深く唇を重ねる。
健の手が背中をなで、おしつぶされた胸をさらしの上から撫でる。
「ん……んぅっ……」
口の中でくぐもった声をあげる司は、しっかりと健の背に手を回している。
「んは……その……ほんとに、して…いいのか?」
「……二回も言わせんな」
赤い頬を隠すように肩口に押し付ける。口調はいつもと変らないのに、どうしようもなく恥ずかしい。
「……だな。うん。……じゃあ……」
健の腕が膝の裏に回る。何を、と言いかけた司の体が揺れる。
「…お………重くない?」
他に言いようがなかった。生まれてのお姫様だっこに、耳まで熱くなる。恥ずかしい。
「うっせー。ンなこと聞くな」
照れくさそうに返す健の顔も赤い。
散らかった床よりはだいぶ綺麗なベッドに体を横たえる。
「……いくぜ……」
ごく、と唾を飲む音が聞こえるような、緊張した表情が目の前にある。


「うん……」
小さな返事を待ってシャツを脱がせる。見ればやはりうなじから鎖骨にかけての滑らかな線や、肋骨の浮く細い
胴がくびれて、多分男物のジーパンの中でまた丸みを帯びているのだろう体は、女のものだ。
しかし興奮と緊張と、ひょっとしたら酒のせいで、その後の手順まで考えていなかった。
「あのよ、これ……どうやって脱がすんだ?」
我ながら間抜けな質問だとは思いつつ、ブラを外したこともない健には荷が重すぎた。
司も思わず間の抜けた声を出す。
「あー、そう、だよな。うん……自分で脱ぐ、から……」
「あ、そうか?」
わかりやすく安堵の声をもらした健は、そのまま司の上に覆いかぶさっている。
「……向こう向いて……お前も脱げよ」
「あ、わ、悪い」
慌てて体を起こした健の下から抜け出して、背を向けてさらしを解く。
ジーパンを脱いで、このあとはどうしようと悩んでいる背に視線を感じて振り返る。
パンツ一枚になった健が、惚けたように司の肌を見つめている。
「ちょ……あんま、見るなって……」
思わず布団をひきよせて、体を隠す。羞恥で肌はほんのり色付いて、それ以上に顔は赤い。
「いや……だってよ……こんな綺麗だなんて……」
声の調子が、それが嘘ではないことを知らせる。それでも、羞恥をぬぐうことはできない。
「う……き、綺麗、とか言うな……」
「いや、ほんとのことだし……隠すなよ、もったいない……」
近寄ってくる健を避ける理由はどこにもない。それでも少し緊張して体を強張らせた司の唇が塞がれる。
「ちょ……んんっ……」
唇を柔らかく食んで舌を絡めると、力が抜ける。その隙に、司の体を隠していた布団を剥ぎ取る。
ピタリと体を寄せて抱きしめて、触れ合う肌の感触に体が熱くなる。


Index(X) / Menu(M) / /